世界の中の江戸

東京国立博物館

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近世の日本が政治・経済・思想の諸方面で国を閉ざしたこと、そしてそれによってもたらされた状態を「鎖国(さこく)」と呼んでいます。鎖国という用語は、享和(きょうわ)年間(1801~04)にオランダ通詞(つうじ)の志筑忠雄(しづきただお)がケンペルの『日本誌』の一章を『鎖国論』として翻訳した際に初めて使われました。もちろん鎖国の間にも、外国とまったく交渉がなかったわけではありません。中国とオランダについては、長崎を窓口とする管理貿易の体制が成立しました。また、対馬の宗氏を媒介として交流のあった朝鮮や、中国との冊封(さくほう)関係にあった琉球は、徳川将軍に対し使者を派遣する「通信」の国でもありました。こうした日本の外交政策は、東アジア諸国とのネットワークを考える上で重要ですが、政治経済など国内の各方面にも大きな影響を与えたと思われます。では、当時の日本人は、どのようにして外国の情報を入手し、理解しようとしていたのでしょう?今回は、江戸時代の国際交流に関する資料をご紹介します。

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2004年10月13日 ~ 2004年11月21日

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