東京日仏学院このインスタレーションには、架空の人物エベール氏が登場する。彼は1931年から1968年までポワシーで小学校の教師をしていた。生徒に実施してきた科学の実験が彼に多くの造形的発見をさせ、彼は、特に、デッサンと色彩の面で、芸術のフィールドにシフトしていく。少しずつ芸術に立ち向かうが、彼が描くものやデッサンは学校の実習の域を出ないものであった。日常的に科学分野の図表、断面図、略図、曲線を描きながら、趣味で大きいサイズの図表の可能性を探ることに専念し、エヴェール氏は自分自身の教育という遊びに熱中し、 それをはるかに超えていく。減法混色法、視感度曲線、建築のマケット等が新たに意味を与えられ、様々な形で彼の教室の壁や窓を覆う。閾や指向対象の概念はすでに教育的見地からだけ存在するのではなく、芸術的なレベルのものとして存在する。その辿り着く先は……。
このフィクションを越えて、私のアプローチは10年以上も前から占有の原則に則っている。つまり、場の用途的な観点及びそこから生成する知覚的形態的観点から見た、場の根本的な変容である。
芸術的なものと実験的なものの振り子ゲームが学院を覆う、こうした二項同時的な問題提起により、学院は実験室あるいは作品展示の場となり、観る人はこの二重の姿勢を問うことになる。ここで取り上げられる三つのテーマ(色彩、デッサン、建築)はイマージュとして、そして特にコミュニケーション・プロトコルとしての指向対象の変換原則を明らかにする。広い意味での構築/脱構築のゲームである。
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