東京日仏学院19世紀には、写真は考古学に仕えてその手助けをしましたので、おかげで考古学上の分類や索引作りが容易になりました。その上写真は物体を映像に置き換えることで、極めて多くの人々に過去の数々の遺物を眼に見えるものにしてくれました。
しかし、考古学と写真には、こうした繋がりを越えて、双方に共通したところがあって、それはどちらもある全体から断片を引き出すことを作業の方法にしていることです。つまり一方は遺跡のなかに埋もれていた物体を明るみに出すことであり、もう一方は周囲の現実のなかで捕らえられた部分を光のなかに引き出すことです。
考古学も写真も、消え失せた実体の証拠、手がかり、あるいはその痕跡を保存することに専念しているのです。
新村卓之の肖像写真は、一見したところ、まなざしを「輝く未来」へ向けてほほえむ都市に住む人たちを再現しています。しかし、あの半ば消えかけている顔は、まるで消え去った世界へ人をいざなうフレスコ画の名残りのようではありませんか……。
アーチスト新村卓之は、インスタント写真の画像を紙に転写する技術を駆使して、卓抜な対象を私たちに見せてくれます。そして、そうするなかで「考古学」と「写真」を融合させることによって、かれ新村卓之はこれらの肖像写真に、過去が持っているあの独特の震えを与え、私たちを想像的な記憶に結び付けるあの「アウラ」(ヴァルター・ベンヤミン)を纏わせているのです。
(クリスチアン・クゥレージュ:写真家、フランス国立高等装飾美術学校写真・ヴィデオ科主任教授)
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