中里にとって、路地のまちである墨田区の向島地域は、とりわけ重要なフィールドです。向島との関わりは、2000年に開催された「向島ネットワーク」と「向島博覧会2000」という2つの地域アートイベントへの参加に遡ります。なかでも、京島のタイムスリップしたような路地の奥で、ひっそり佇む長屋の一部屋を利用し、地域で撮影した写真をインスタレーションした「向島ネットワーク」での展示は、地域住民に新鮮な驚きをもたらしただけでなく、中里自身の活動にとってもひとつのエポックとなりました。その後も中里は、2004年の「向島Year2004」で、地域の植物をテーマにしたワークショップや写真展などを行なっています。そうした活動の傍ら、向島でのフィールドワークを継続した成果が、軒先の小さな草花に視線をめぐらせながら、向島の路地を夢のように鮮やかな色彩で写し取った『長屋迷路』 (2004)、闇に包まれた夜の向島の路地にカメラを向け、もうひとつの東京の幻に迫ろうと試みた『東亰』(2006)という、ふたつの対照的な作品集として結実しています。
さて、このたびの個展『夜・自然・もうひとつの東京』は、向島地域とドイツ・ハンブルクのオッテンゼン市との間の、長年にわたる草の根国際交流の一環として、今年の5月から7月、オッテンゼン資料館で開かれた中里和人の写真展『Nacht.Natur.Das andere Tokio - der Fotograf Nakazato Katsuhito』を再構成して展示するものです。展覧会の中心となるのは、『東亰』(とうけい)に収められた夜の向島のシリーズです。明治維新を迎え、東京と書き改められた地名に反感を抱いた旧江戸の人々は、一時期「京」の字に横棒を一本加え「東亰」と呼びました。新しく、明るく、巨大な姿を志向する都市と強いコントラストを成す、もうひとつの幻の都市のイメージをこの名に託して、中里は、夜の向島を撮影した写真集に「東亰」というタイトルを与えました。レントゲンのようにまちの骨格を凝視するカメラワークを通し、昭和30年代的な下町ノスタルジーを超えた、もうひとつの東京・向島のイメージを発見してもらう機会となるでしょう。
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