Gallery mestalla(ギャラリーメスタージャ)アーティスト
ワサン・シティケット、チェン・ジン、チョーエイ・ティン、ドゥアン・インメイ、シュー・ヤン、クム・ソニ、劉るーしゃん、李文、田上真知子、川端希満子、荒井真一
今回、紹介する8人の作家は、東アジアの各国で社会、経済、政治、ジェンダーの問題にパフォーマンスアートを通して(も)取り組んできました。そのため日本では「社会派とか政治的」とくくられてしまうような表現だと思います。そして「社会派とか政治的」であることが芸術的価値を貶めるという感想を実際「大東亜共栄軒」(06年に開催)の際に何回か聞きました。政治や社会問題は新聞、テレビで政治家や評論家が語ったり、市民運動がかかわるものだ。またカルスタの学者だけがアカデミックにポストコロニアリズムを語ることができ、フェミニズムについてもしかり(だから芸術家は芸術に専念したほうがよい)というのは確かに「心地よい」でしょう。しかし明治時代、近代的なはずの文学者(芸術家)たちが大逆事件に対して金縛りにあったかのように「無口」になったとき、石川啄木は「時代閉塞の現状」を書きました。「社会派とか政治的」という言葉を聞くとき、私は啄木と同じ閉塞感を感じてしまいます。「パフォーマンスアート」には「サバイバルアート」という別名があることを書き添えておきたいと思います。(荒井真一のコメントより抜粋)
[画像:(c)Chaw Ei Thein ロンドンに亡命中の友人Htein Linと。「ニューヨーク・タイムズ」2007年8月13日号より]
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