創造空間9001 フォローする
アーティスト フランチェスカ・セマーソン、ステファン・セマーソン
フランチェスカ・アンド・ステファン・セマーソン夫妻は、ポーランドアヴァンギャルドと言われる30年代の運動の中心的存在でした。彼らの初めての映像作品“Pharmacy”(薬局)はワルシャワで1930年にナイトクラブ、STARTで上映されました。フランチェスカは22歳の画家、ステファンは建築家を目指す20歳の学生のときでした。1935年には志を同じくする芸術家と、最も初期の映像のグループのひとつ、SAFを設立します。
二人は「トリックテーブル」と名付けた、ものの影を実写のアニメーションのように映す機械を作り上げてそれにより作品を制作しました。それは一こま一こまをつなげて映像にする、動きのあるフォトグラムで、まさにイノベーションでした。ステファンが兵役でフランスの戦いに参加したあと、二人は戦火を逃れて、ロンドンでポーランド政府のために制作を再開します。そこには政治的な作品も含まれています。今回は、戦前にただ一つのこっている作品“The Adventure of Good Citizen”(1937)、ロンドンで制作された”Calling Mr. Smith”(1943)、彼らの最後の映像作品である“The Eye and the Ear”(1945)の3作品を、ロンドンの映像団体LUXの共催により、またポーランドの財団のご好意により上映します。
“The Adventure of Good Citizen”(1937)
この作品は、一時期他の戦前の作品と同じように焼失したと思われていました。しかし偶然良い状態で発見されました。
タイトルの、良き市民の冒険とは、名もなき一般の労働者やすべての人々がヒーローである、という意味です。冒頭に現れる、右、左、右、、の指差しと横顔は、思想を表しているのでしょうか。鏡のついた洋服ダンスを数名の男が運んでゆきます。鏡に映って鳥の動作をするのは飛ぶことへの憧れと、最後には実際に屋根の上に飛んで行く伏線となっています。途中の逆まわしや、デモ行進のプラカードの「天国には穴があいている」「後ろ向きに歩けば穴には落ちない」など、暗示的なテキストや動作が続きながらも、全体は明るく楽しい、ピクニックに行く晴れた日、と言う印象にあふれています。作家はこの作品を、ばかげた
ユーモレスク(明るい器楽曲)と言っています。
”Calling Mr. Smith” (1943)
この作品はロンドンでナチスドイツの暗い影が世界を覆う中制作されました。始まりは教育的な歴史の番組のようですが、当時のヨーロッパの文化とそれらを踏みにじる戦争を、ナレーターとそこに現れるスミス氏との会話により,人々の『見るべきものをみていない』現実を暴きだします。同じ頃に、横浜にナチスドイツの少年兵士団(ユーゲンスティール)の代表がここ横浜を訪問していたことを考えると、決して遠い話ではなく、日本もまた当時暗い戦争の影に覆われていたことが思い出されます。
“The Eye and the Ear” (1945)
“目と耳”と言うタイトルのこの作品は、まさに聴覚(音楽)と視覚(映像)を緻密に取り合わせた実験的な作品です。確かにもう少し早い時期、レン・ライやオスカー・フィッシンガーが同じような実験映像を作っていましたが、セマーソンらの科学的かつ分析的な、正確に楽器と抽象図形をとりあわせる手法は驚異的ともいえます。本作品は、セマーソン夫妻の最も知られた作品と言われています。
まだコメントはありません