ニコンサロンbisニューヨークのアート展に写真を展示したことがきっかけで、作者は7年ぶりに半年ほどニューヨークに滞在することになった。
ブルックリンでも銃声が響く治安の悪いエリアに滞在した半年間、作者はほとんど毎日街に出て行っては写真を撮ったが、ニューヨークという街は親しいようでいて完全によそよそしかった。しかし作者にとっては、ニューヨークのほとんどのものは精神的に繋がりの希薄な対象で、興味の対象は、写真で切り取ることが出来るそれらのカタチであり、作者の目の前に現れている被写体の影のような一部分だった。つまり、そのものの表層には惹かれるが、それらが内包するコンテンツなどには心を向けることはなかった。それは、ニューヨークに存在するあらゆるものを、単に写真制作のためのデザイン素材か何かのような無機質なものとして見ていたのかもしれなかった。
しばらくして、作者は一人の日本人女性と出会い、親しくなって、写真を撮ることも了承してもらった。作者と彼女との精神的つながりは、ニューヨークとのそれに比べればずいぶんと濃いものであったはずだが、作者がそれまでニューヨークに対して取ってきたスタンスの影響で、この女性を撮ることになっても、彼女の表層が作り出すカタチに多くの興味が向けられた。
作者の切り取ったものはニューヨークというものが落とした影であって、それらのコンテンツ(それらが本来持っているもの)を正確に表現しているということはない。どちらかというと、作者の乱暴で勝手な解釈(切り取った形によるもの)をそれぞれがバラバラに表現しているものだ。しかし、それら影たちのコレクション(集積したもの)が形成するモノは、ときに予期していなかったストーリーを創り出すこともある。それこそが作者のニューヨーク写真であり、切り取られたニューヨークの群れにこそ作者のニューヨークがある。モノクロ約 40点。
10/2 (土) 13:00~14:00 ギャラリートーク開催
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