「αMプロジェクト2010 複合回路 Vol.6 石井友人」展

Gallery αM

poster for 「αMプロジェクト2010 複合回路  Vol.6 石井友人」展

このイベントは終了しました。

●トークイベント 石井友人 + 福永大介
日時:2010年2月5日(土)17時ー18時(予定)
会場:gallery αM 入場無料、予約不要
同世代のペインターが今日の絵画について語ります

●「イメージのパンデモニウム」:田中正之
かつて構造主義的な記号論に基づくコミュニケーション理論が一般的であったときには、コミュニケーションの成立を支えているのはコードだと考えられていた。送り手(話し手)と受け手(聞き手)との間にはコードが共有されていて、そのコードに基づいて送り手の信号が解読されて受け手がその意味を理解する、と考えられていた。しかし、この静的でいささか簡素なモデルは、現在ではもはや素朴に信じられてはいない。何よりも信号(あるいは記号)の解読にあたっては、コードのみが決定因子になっているわけではないからである。たとえば「文脈効果」と言われるように、ひとつの同じ記号ないし信号であっても、文脈が変われば、その意味するところはダイナミックに変わる。受け手の側もまた単なる受動的な存在なのではなく、何らかの文脈との関連付けを行うことによって能動的に意味の産出に加わっている。とすれば、ある記号や信号が持つ意味は、特定の場所と時間とに強く結びついて、そのつどそのつど作り出されるものだということになり、意味の成立とは、やや大袈裟に言えばひとつの「事件」とも言えそうな瞬間的な出来事となる。このような考え方は、記号や信号の意味の成立を説明するための重要な理論だが、同時にまた、意味が成立しない可能性、記号や信号が何を表しているのか、その解読が宙吊りとなる可能性を示唆してもいる(たとえば、関連付けるべき文脈が決定できない状況)。視覚とは、そもそも特定の瞬間に結びついた断片的な出来事であり、この瞬間的(で断片的な)「事件」を統一的な画面を持った一枚の絵画へと仕立てあげることの困難は、それこそセザンヌ以降絵画に突きつけられてきた問題である。そして、記号や信号が多様な意味を生み出しうると同時にその産出が挫折することもありうるのと同様に、ひとつの視覚的映像もまた、多様な要因に応じて多彩に受け取られ、展開し、混乱しうる。石井友人の作品は、何よりもこの問題を出発点としているように思われる。ある視覚的情報からイメージが作り出されるとき、そのイメージは決してひとつではありえず、あらかじめ定められた命法によって演繹されるようなひとつの統一的イメージへと収斂することはない。まるで「複眼」に映る多様な像のように無数のイメージに展開しうるはずだ。そして、そのイメージがコミュニケーションのなかでさらに他の人々へと伝達されていけば、さらにその展開の多様性は加速していく。伝達のあいだにノイズが混入し、イメージが混乱することもありえる。ひとつの決定的イメージをテロス(目的地)とすることなく、混乱を引き起こしつつも展開を続けるイメージの世界。石井友人の作品は、そのような世界のなかへと人々を誘い込み、統一的イメージの成立など想定しようもない視覚像のパンデモニウム(大混乱、無法地帯)を突き付けてくるのである。

[画像: 石井友人 「複眼 (block noise)」 2010 oil on canvas 150x150cm]

メディア

スケジュール

2011年01月15日 ~ 2011年02月19日

オープニングパーティー 2011年01月15日18:00 から

アーティスト

石井友人

Facebook

Reviews

All content on this site is © their respective owner(s).
Tokyo Art Beat (2004 - 2017) - About - Contact - Privacy - Terms of Use