千葉市美術館アーティスト
棟方志功、富本憲吉、バーナード・リーチ 他
現在、陶芸家として知られるバーナード・リーチ(1887-1979)ですが、当初彼は銅版画家であり、1909年に来日した際には日本で銅版画の技術を教えることで生計を成り立たせようと考えていました。その時出会った日本人が富本憲吉(1886-1963)や雑誌『白樺』の同人たちでした。この交流の中でリーチや富本は陶芸に関心を持つようになります。その際、彼らの陶磁の知識を広げるよう協力した人物が、後に「朝鮮陶磁の神様」と呼ばれることになる浅川伯教(1884-1964)でした。
その後、誌『白樺』同人である柳宗悦(1889-1961)が興した民藝運動に、リーチは同じく陶芸を志した河井寛次郎(1890-1966)や濱田庄司(1894-1978)たちと共に加わり、富本もこの運動に関与します。彼らが1920年代末から30年代にかけて作品発表の場としたひとつとして国画会がありますが、この会にひとりの男が自作の版画を出品するようになったのもちょうど30年代半ばのことです。彼、棟方志功(1903-75)は同会の版画作品出品をきっかけとして柳や河井など民藝運動のメンバーたちとの交流を持ち、彼らから自らの作品世界を確立する強い影響を受けます。
今回は、棟方の代表作である《釈迦十大弟子二菩薩》(1939)をはじめ、リーチの銅版画、富本の木版画などを中心に、浅川伯教と巧の兄弟が活動していた周縁をご紹介します。
[画像: 棟方志功 「釈迦十大弟子二菩薩」(部分) (1939) 千葉市美術館蔵]
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