公開日:2007年6月18日

恋よりどきどき-コンテンポラリーダンスの感覚

10月1日より、東京都写真美術館にて開催中の<恋よりどきどき-コンテンポラリーダンスの感覚>。展覧会名に目を見張った方も多いのではないだろうか。

東京都写真美術館では、主に写真や映像などのメディア表現を扱ってきたが、開館10周年記念展のひとつとして企画したのはダンスの展覧会だった。美術館において、美術作品にともなうパフォーマンス作品の発表や、イベントとしてそれらが行われることは近年珍しくなかったが、展覧会という形で、しかも日本のコンテンポラリーダンスのシーンを美術館が取り上げるというのは始めてではないだろうか。(積極的に館の企画でパフォーマンスやダンスのイベントを実施してきた例としては、活動初期の高嶺格や伊藤キムをとりあげるなどしてきた広島市現代美術館、アスベスト館の公演や黒沢美香のワークショップを行うなどしてきた国際芸術センター青森JCDNのダンスイベントを誘致している金沢21世紀美術館などが挙げられる)
展示構成は至ってシンプルで、Nibroll(ニブロール)、珍しいキノコ舞踊団コンドルズの3つのカンパニーが体感型のインスタレーション作品を出品、あとは山のような関連イベント(小公演、映像上映、ワークショップ、トーク、ファッションショー、ワークインプログレス、公開稽古など)で盛り上げようという内容だ。

森美術館の<六本木クロッシング>(2004年)や上海ビエンナーレ(2004年)でインスタレーション作品の発表経験があるニブロールは、その過去作品のリメイクとも言える3面プロジェクション作品であったが、コンセプトを大きく変えてきた。森美術館のインスタレーションは、観客の身体の動きが映像に取り込まれ、リズミカルな音楽と共にスクリーンの映像と合成されて投影される気持ちのいい体験型作品であったが、今回の作品は不安定なアクリルパネル床の上を歩いて体験する必要があり、また合成される映像もカクカクとした不自然なもの。コンセプトは「不自由な身体」で、確かに心許ない足元や、スクリーン3面のうち両サイドに投影される自身の「正面の」シルエット、一見すると自身のアクションに同期しているのか分からないくらいまでに加工されたその動き、天地のプリントが逆に配置された天井と床のパネル、そこに描かれた「○×ゲーム」「あみだくじ」など、身体の自由や知覚に戸惑いを与える要素がいくつも含まれているのだ。このすり替えはなかなか面白い。

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観客のシルエットと映像が合成されるNibrollのインスタレーション

珍しいキノコ舞踊団は、「あったらいいな、こんなスタジオ」的な設定で板張りの空間にメイクスペースやロッカー、トレーニング用具を設置。随所に遊び心に満ちたキノコらしい仕掛けがある。また、見ているだけでも楽しいキノコダンスのレクチャービデオをモニタ放映し、観客にも身体を動かすことを促す。主宰の伊藤千枝らの肖像写真も掲げられており、本格派の(!?)プチスタジオである。

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実際に身体を動かして楽しむ観客が多く見られる”キノコスタジオ”

コンドルズは美術畑の方々には馴染みのない名前かもしれないが、主宰の近藤良平がNHK教育「からだであそぼ」の振付を担当するなどして一躍有名になった男性ばかりのカンパニーで、バラエティに富んだ「ネタ」的振付の連続でエンターテイメントな舞台作品を発表している勢いのあるグループだ。展示作品の方は、彼らが舞台美術の素材に必ず用いるというダンボールを迷路のように組み合わせ、観客にはその中を歩きまわってもらいながら彼らの舞台に出てきそうな「ネタ」的な仕掛けに触れてもらおうというもの。下品なものが多いが、ニブロールにもキノコにもないパワーがある。

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コンドルズのダンボール空間からはしばしば笑い声が聞こえる

今回このような企画が写真美術館で行われることになった背景として、(1)実は人にとって、「身体」は最も身近なメディアである (2)写真や映像とは全く異なった表現に触れることで、相対的にメディアの特性を考える といった前提があるそうだ。またニブロール以降、日本のダンスシーンには今までにないスタイルで台頭してきたカンパニー/ユニットがいくつもあり、世界的にも注目を浴びつつあるので、時には「ゲーム」「オタク」など際物を扱ってきた写真美術館としてはジャンルに捉われずこれらをまとめて紹介してみようというのはある意味で納得がいく。美術展だと思って足を運ぶと肩透かしをくらう部分もあるが、多くの関連イベントは展覧会の半券ないし比較的低料金のチケットで見れるようになっているので、特に今まで舞台に親しむ経験のなかった方には、これらを合わせてぜひご覧いただきたい。

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10月10日に美術館ロビーや展示室内で行われたほうほう堂のパフォーマンス

最後に手前味噌ではあるが、今年ニブロールの矢内原美邦と高橋啓祐がOffNibroll(オフニブロール)名義で活動しており、BankART1929で行った第一弾プロジェクト≪public=un+public≫がDVD化され発売中である。こちらも機会があれば手にとっていただきたい。 →http://www.gigei.co.jp

Makoto Hashimoto

Makoto Hashimoto

1981年東京都生まれ。横浜国立大学教育人間科学部マルチメディア文化課程卒業。 ギャラリー勤務を経て、2005年よりフリーのアートプロデューサーとして活動をはじめる。2009〜2012年、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)にて「<a href="http://www.bh-project.jp/artpoint/">東京アートポイント計画</a>」の立ち上げを担当。都内のまちなかを舞台にした官民恊働型文化事業の推進や、アートプロジェクトの担い手育成に努める。 2012年より再びフリーのアートプロデューサーとして、様々なプロジェクトのプロデュースや企画制作、ツール(ウェブサイト、印刷物等)のディレクションを手がけている。「<a href="http://tarl.jp">Tokyo Art Research Lab</a>」事務局長/コーディネーター。 主な企画に<a href="http://diacity.net/">都市との対話</a>(BankART Studio NYK/2007)、<a href="http://thehouse.exblog.jp/">The House「気配の部屋」</a>(日本ホームズ住宅展示場/2008)、<a href="http://creativeaction.jp/">KOTOBUKIクリエイティブアクション</a>(横浜・寿町エリア/2008~)など。 共著に「キュレーターになる!」(フィルムアート/2009)、「アートプラットフォーム」(美学出版/2010)、「これからのアートマネジメント」(フィルムアート/2011)など。 TABやポータルサイト 「REALTOKYO」「ARTiT」、雑誌「BT/美術手帖」「美術の窓」などでの執筆経験もあり。 展覧会のお知らせや業務依頼はhashimon0413[AT]gmail.comまでお気軽にどうぞ。 <a href="http://www.art-it.asia/u/hashimon/">[ブログ]</a>