資生堂ギャラリーが2006年度より開始した、新進気鋭のアーティストに広く発表の場を設けることを目的とした公募展「shiseido art egg」(シセイドウアートエッグ)。第1回目の公募の結果入選した3人のアーティストの個展が、資生堂ギャラリーにおいて順番に開催され、展覧会終了後、妹島和世氏、藤本由紀夫氏、辰野登恵子氏の3人の審査員が、3つの個展からベストワンを選出する。
現在、一人目の平野薫(1975年生)の個展「エアロゾル」が開かれている。平野は、衣類や傘といった、人が日常使用する布製品を糸のレベルまで解体し、それをつなぎ合わせたり編んだりすることによってインスタレーションを制作してきた。今回は、ワンピースを用いた作品を「制作」展示中だ。つまり、作品は会期中も作り続けられる。
会場に入ると、高い天井から垂らされた細い糸が、ワンピースの輪郭を形作っている。袖口は大きく広がり、長く垂れた裾は、床一面を覆うように広がる。スカートの前に当たる部分には、観るものを招き入れるかのように隙間があり、中に入ってみると、洋服を構成している糸というのが、こんなにも細いものなのかということに驚き、思わず息をひそめてしまう。くもの巣のように華奢な糸はしかし、それがかつて形成していたワンピースが、鮮やかな色彩だったことを静かに主張している。
脱いだ後の洋服に身体の膨らみが記憶されていることがあるのと同じように、平野の手によってバラされ再度つなぎ合わされた糸は、かつてワンピースとして人の身体を覆っていた時の記憶をとどめているかのようだ。そして、わずかな空気の動きにもそよぐ細い糸は、まるでそれが包んでいた人の呼吸の動きを伝えるかのようにも見える。
会期中の毎週土曜日には公開制作が行われており、私が訪れた土曜日も、白い作業着に身を包んだ平野が、床に座り込んで糸をつなぎ合わせていた。また、会場内には、平野が制作作業を始めた時刻と終了した時刻を記録した紙がカレンダーのように掲示され、彼女がこの気の遠くなるような作業に費やした時間を視覚的に展示する。
平野は、洋服を糸の状態に解体することで、かつてそのものが持っていた「機能を奪い去って死を与える」と語るが、糸は、平野の細い指によって解体されるという儀式を経て、確かに新しい生命を得ている。
(画像)untitled -skirt- 2006