国立ロシア美術館展-ロシア絵画の神髄

東京都美術館で開催されている「国立ロシア美術館展」は、ロシアの四大美術館(エルミタージュ、プーシキン、トレチャコフ、国立ロシア)の一角、特に近代ロシア美術のコレクションに秀でた美術館の巡回展である。昨年は同美術館でエルミタージュ美術館と一昨年にはプーシキン美術館の巡回展が開催されたが、これは飽くまでも近代から現代に掛けての西欧美術コレクションの開陳であった。

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国立ロシア美術館展

上野、谷中エリアにある
東京都美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2007-04-28 - 2007-07-08)

In レビュー by Yuya Suzuki 2007-05-28

厳密に言えば、「ロシアの美術作品」が展示されたわけではない。更に、ここ10年程「ロシア」を巡る展覧会において主導権を握っていたのは、20世紀前半各地に膾炙した前衛芸術運動の一つ、ロシア(ソヴィエト)・アヴァンギャルドであった。その文脈からすれば、今回の展示はロシア美術の一般解釈を広げる窓口であり、絵画・彫刻作品を通して近代ロシアの風俗や文化をおおまかに知るには適した企画である。アヴァンギャルドとは異なり、何を描いているのか誰もが理解できる卓抜した描写力。これを持ってして雄大な自然と当時の社会風俗がキャンバスに甦る。そうした点が評価されているからだろうか、今日アメリカやヨーロッパでこの時代のロシア絵画作品は高値で取引されている。

国立ロシア美術館は15世紀頃のイコン絵画やロシア・アヴァンギャルド、ソヴィエト時代の絵画・彫刻作品等を含め約40万点を所有している。この中には、かの有名なカジミール・マレーヴィチ(1878-1935)《白の上の黒》や象徴主義絵画の巨匠ミハイル・ヴルーベリ(1856-1910)の《デーモン》シリーズが含まれている。今回東京都美術館で展示された作品数は18世紀からロシア革命前夜までを網羅した95点であった。この100点近い作品が、様式別で4つのセクション(この4つのセクションは以下のように、分割できると思う。即ち、近代ロシア絵画の萌芽、アカデミーによる技巧と様式の確立、移動展派を中心としたリアリズムの勃興、「銀の時代」におけるリアリズムからの脱却-抽象の一歩手前)に分割され、時代を追うようにして展示されている。「ロシア・アヴァンギャルドの手前まで」と紹介されているようだが、そこから離れて19世紀に確立するリアリズム(写実主義)絵画を基点に組み立てられている観が強い。今回の企画「ロシア絵画の神髄」の狙いはおそらく、そこにあるのだろう。

ドミートリー・レヴィツキー《エカテリーナ2世の肖像》1782年地下一階展示光景

ロシアと言えども西欧近代絵画の流れを汲みながら発達した。この点を地下一階の展示セクションは認識させてくれる。ピョートル大帝(1671-1725)によって、サンクト・ペテルブルクが建都され「ヨーロッパへの窓」として西欧文化が急速に流入する。そうしたことを受けてバロック様式に見られる明暗の対比と対象人物の肉体の豊満さ、ロココ様式に見られる曲線と装飾性が地下一階に展示された各作品の随所で確認できる。ロシアにあまり馴染みのない人にも、西欧絵画の流れを汲む国の様式と見られるような仕掛けが施されている。絵画鑑賞に一般的かつ絵画作品に集中できるような白い展示壁によって鑑賞しやすい作品と環境が用意されており、身構えて「ロシアの絵画だ!」と鑑賞しなくともよいのがいい。

西欧絵画の影響を通って、今回の目玉とも言うべき展示、イヴァン・アイヴァゾフスキー(1817-1900)の海洋画シリーズへと導かれ、地下一階展示室のクライマックスを迎える。一ブースの四面に掛けられた巨大な海洋画は、人間を寄せ付けないような自然の雄大さと筆致による海の表情の変化、そしてそれらによって投影された作家の感情の昂ぶりが鑑賞者を圧倒する。上階(一階)には移動派を中心としたリアリズム絵画の展示が続くため、その前触れを漂わせており、単に「目玉」として終始する展示ではなく鑑賞者に次の展開へと導かれるよう連続的に配置されている。

イヴァン・アイヴァゾフスキー《月夜》1849年アイヴァゾフスキーの展示室上からの光景

一階展示室では移動派を中心とした、19世紀中葉以降の絵画が展示されている。この時代の絵画は「リアリズム」として特徴付けることができるが、現状をまざまざと描きながらも全ての対象の中に生と死、美と醜に対する作家の微妙な距離感が作品に反映されているようだ。当時の文学からの影響だろうか、生きとし生けるものへの興味から、貴族階級の生活を眼差していた画家の視点が、大衆や農民、牧歌的自然へと広がる。

イヴァン・シーシキン《冬》1890年

眼差す対象に潜むダイナミズム、快活さ、荒々しさ、その中にも時折垣間見せる静謐、苦悩-そうした多様な表情がこの時代の絵画には見受けられる。表情の多様化を裏付けるように色彩のコントラスト、陰影による遠近感、きめ細かな筆致と大胆な筆使い、キャンバスに練りこまれた色彩の盛り上がりといった手法が、この時代以前にも増して用いられている。イヴァン・クラムスコイ(1837-1887)の《ミーナ・モイセーエフ》やイヴァン・シーシキン(1832-1898)の《セリの草むら、パルゴロヴォにて(習作)》は描写の見事さも去ることながら、画家が対象に向ける愛や親近感、それらをキャンバスに体現しようとする貫徹した視線を感じずにはいられない。そうした感情の起伏が絵画にとどまらず、作品が展示される壁の赤い色彩によっても煽り立てれられると同時に展示作品を際立たせている。単に「絵を見せる」空間ではなく、絵画作品が包含される社会状況、対象に向けられたであろう作家の凝視する姿勢を反映するためなのであろうか。

イヴァン・クラムスコイ《ミーナ・モイセーエフ》1882年階展示光景

二階の展示セクションが最後となり、19世紀末から20世紀初頭の絵画が展示されている。移動派のメンバーやその一つ下の世代が中心となり、リアリズムから脱却しより複雑な構造と明るい色彩を用いた描写といった視覚効果に訴える作品が登場する。とは言え、移動派の特徴をそのまま引き継いだ作品も多く展示されているので、厳密なセクション分けがあまり感じられないのも事実だ。しかし、一階の展示と異なるのは題材に宗教的モチーフや祭日が多く登場している点だ。ヘンリク・シェミラツキの《マルタとマリアの家のキリスト》は線遠近法が画面左側と中央から右側にかけて二重に用いられ、見る角度によって描かれている人物の距離感が変化し、イエスやマリアのたたずまいや仕草によって彼らが日常風景の中へ見事にとけ込んでいる。

ヘンリク・シェミラツキ、《マルタとマリアの家のキリスト》1886年

またカルル・レモフ(1841-1910)の《夏(お祝いの言葉とともに)》などは移動派が自然風景に用いた淡い色彩と陰影による遠近感が巧みに織り交ぜられ、子供たちの表情が逆光を受けたような効果で一層際立ち、作家の子供へ向ける暖かい眼差しが感じられる。そうした技巧を伴ったリアリズムは、文学で台頭し始める象徴主義や超個人主義、ニヒリズム等の影響を受けて抽象性へと向かい、原色の多用やフォルムの溶解、原始回帰による素朴さといった方向へと向かう。この傾向は出口付近のクジマ・ペトロフ=ヴォトキン(1878-1939)の《母》やボリス・クストージエフ(1878-1927)の《マースレニッツア(ロシアの謝肉祭)》等の中で見て取れ、西欧絵画様式から発展したリアリズムの流れが終息に差し掛かり抽象絵画を予感させるところで出口となる。

二階展示光景

リアリズムを中心とした作品は、カタログが述べるように「落ち着きと安らぎ」を与えてくれる。それは、コンセプトを中心としたコンテンポラリーアートとはひと味違う愉しみがあるという裏返しではある。しかし描写性が鋭い故、眼を背けたくなるような事実も映し出している。美や快感情だけにとどまらない作家の主張や社会情勢の捉え方、作家の立ち位置を否が応でも各々の作品に見て取れ、落ち着くと言うより作品に耽溺し作家が描く際に抱いた感情へと誘われる。その点に今回の展示が意図した「ロシアらしさ」があるのかもしれない。

※移動派-1870年にイヴァン・クラムスコイ、ニコライ・ゲー、ヴァシーリー・ペロフ等によって設立。当時、美術界を支配していた芸術アカデミーに反旗を翻し、自主的に自らの作品を発表する展覧会をロシア各地で催す。それまでアカデミーで踏襲されていた暗色中心で描かれる静物画にとどまることなく、明彩色を多用し民衆の人物画や風景画、社会事件といった生活の様々な側面を題材に制作を行った。この活動はロシア革命後の1923年まで続き、後の社会主義リアリズムを牽引することとなる。

Yuya Suzuki

Yuya Suzuki. 博士後期課程在籍 1980年生まれ。ロシア・ソ連芸術史、全体主義下(第三帝国、スターリニズム)における紙上の建築と展覧会デザイン、エル・リシツキイの研究に従事。MOTで企画を担当。またMOTのCAMPというイベントの企画・運営に携わる。現在、ロシア人文大学に留学中。 ≫ 他の記事

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