わたしたちの過去に未来はあるのか?

現在ベニス・ビエンナーレに出展中のアーティスト岡部昌生とコミッショナー港千尋の両氏が今回の展示のコンセプトについて語っていただきました。

In インタビュー by Naoki Matsuyama 2007-09-14

今年のベネツィア・ビエンナーレ日本館は、今では高速道路建設のために撤去され原爆の跡を残していた宇品駅から9年間の月日をかけて擦り取られ集め られたフロッタージュや植物標本に床から天井まで覆われた。今回の展覧会についてアーティスト岡部昌生氏とコミッショナー港千尋氏に話を伺った。

展示風景

まずは今回の展示会のタイトルについて質問させて頂きたいと思います。現在私達が生きている時代の一つの特徴と言えば「世界の終わり」の様な ものが容易にそして温暖化、核、自然破壊、人口の爆発的な増加等多様に想像できることではないかと思います。つまり未来のクライシスの様なものが起きてい る。そういう状況で今回の展示は「過去」に重点を置いている。そこでまず今回のテーマを選んだ意図についてお聞きしたいです。

港:このタイトルは二つの文章が一つになっています。最初の「わたしたちの過去に未来にはあるのか」は、今回のビエンナーレの本館は コンペティションで最終的に4つの案から我々の案が選ばれたわけですけれども、その時のプロポーザルタイトルがこれでした。2番目のほうは岡部さんが展示 したシリーズのタイトルで、両方とも過去と未来、光と影という相反する概念を一つの文章に入っていて一種の矛盾を含んでいます。僕がなぜこのタイトルを選 んだかと言うと、一言で言うと00年から様々な形でのカタストロフが起きて来た、それ以前にもチェルノブイリに始まりあったわけですけれども、その一つの 究極の理由である人間の科学技術がある臨界に達したことで、我々は二種類の未来を持ってしまったと思うんですね。一つは輝かしい未来ですね。それは18世 紀の光の時代、いわゆるエンライトメントに始まって今に続く、より良い生をおくれる、より長く生きれる、より良い人生、より健康な人生、という考え方。そ してそれと相反する未来、つまり全てが朽ちて行く、自然も破壊される、放射能の問題等全くダークで暗い未来ですね。その二つの相反する未来を持ってしまっ たのが現代の人間だと思うんです。そうすると過去に対しても同じことが起きるんです。より多くの過去が発見されそれがより多くの人に知られるようになる。

ベネチアがその一つの象徴だと思います。これだけ豊かな過去が輝かしい過去が保存されている都市は他にあまり無いと思います。そのせいで世界遺産と いう名前が付けられています。人類の遺産。ところがそれと同時に例えばメソポタミア文明の地であるバグダッドが徹底的に破壊されている。人類が初めて文字 を発明したその文字の記憶を留めている博物館が略奪される。これもやはり相反することが同時に起きていると言えます。そうするとこういうことが言えると思 います。人類の未来が危機にさらされている時は同時に過去も危機にさらされている。それが2番目のタイトルに繋がるわけです。光には必ず影があるように、 我々が今目にしている光は実はそれと同じぐらい深い闇に支えられている。僕が初めて岡部さんの作品に触れたのは6年前ですけれどもまずそのタイトルに非常 にうたれました。最初は意味がはっきりとはわからなかったんですけれども、少しづつ岡部さんが広島でやってきたことを理解するにつれて、過去の今言ったよ うな二重の過去を自分の肉体を持って写し取って来ているのだと気付き、それが今回のテーマになりました。

過去の二重性ということについて港さんは昨日のオープニングスピーチの中でパーソナルな時間と社会の時間の間に生ずる隔たりについても言及さ れましたが、その中で岡部さんの活動はその隔たりを縮めて行くもしくは埋めて行く作業であるという事をおっしゃっていました。岡部さんの観点からもこの過 去の様々な二重性ということについてお聞きしたいのですが。

岡部:フロッタージュという手法で30年表現してきましたけれども、フロッタージュという技法自体は一本の鉛筆と一枚の紙、それを都 市あるいは路上にあてがって、現在の表情を擦り取るというものです。これは新しい技法ではけして無くて、人間が手に触れて感ずる凹凸の中にたくさんのイマ ジネーションを獲得するというものです。それから版とか印刷とかメディアというよりもどんどんと加速していくようなテクノロジーに比べて本当に原初的な技 法なんだと思います。

で、僕はその都市の表面に紙をあてるということを始めた一番最初は、自分の現在っていうのはいったいどこなのかと自分の足下を擦りだすことから実は 始めたんです。それは自分の立ってるアイデンティティの確認だったんです。そういう風にして自分の足下を擦って行くと紙の直下にある現在の表面が当然の様 に浮き上がってくる。当然のようにという言い方は変かもしれません、なにしろ浮き上がってくるだけでも不思議な感覚があるわけです。違う物質が違う物質を すり抜けて行く。で、その不思議さももちろんあって都市を擦っていると都市の表情が上にあがってくるんです。そのことからその都市の表情のもっと下にある もの、時間によって表面の表情の変化、あるいはその場所が色々なできごとを想起させるような表情として見えて来た。その時に現在っていうものが、もう一つ こう層の次に過去がとんとんとんと積み重なっているような状態に見えてくるというか、それがせり上がってくる感触を手で感ずることができるようになってく るわけです。何百枚と擦ってると。これはまた不思議な感触でしてね、そうすると今の表面を擦り取るっていうことが同時にかつての現在をそしてさらにその前 の現在をというふうに積層された時間を同時に擦り取ることができる。それが一枚の皮膜の中に収められる。一方紙の上で行われているアクション自体は自分の 手のストロークで紙の下からせり上がってくる形を押さえ込もうとするようにして封じ込めていることです。そして封じ込めれば封じ込める程下の形がせり上 がってくる、フロッタージュの不思議な特徴なんですけれども。で、その時に自分のストローク自体も写し取られる、紙の上で、それはこう自分のこう現在って いうのがどんどん紙の上にはまってはすい取られる、昨日も言われましたけど脱皮みたいだって…

それはどういった意味合いででしょうか?

岡部:抜け殻みたいに、自分のやっている痕跡が…下の形を写し取りながら自分を写し取られてるわけですよ。だから一枚の薄い紙の上に都市の痕跡と自分のストロークの痕跡が合わさって行く。

つまり紙の上で都市の時間と自分の時間が融合する。

岡部:そうです。そして現在が進行しながら直ぐに過去になっていく。で、そういう不思議な時間を感じながら仕事をして行った時に、そ の場所の本当の意味での過去になるのかは良くわかりませんけれども、時間とか時間の積層、歴史といっていいかもしれませんが、そういうことを意識するよう になりました。

展示風景

展示風景:広島の爆心地から運んで来た石。

今おっしゃった脱皮というのも身体的要素が大きい表現で岡部さんの作品の身体性に繋がりますが、この展示にデジタルに対しての身体的表現という意図はあったのでしょうか。

港:デジタルに対して提示するという意図は全く無いですけれども、そう考えるのは面白いかもしれません。カメラにしてもビデオにして もそうですけれども今皆が使っているデジタル機器は一回信号に変換してそれを量子のかたちで記録するものと言っていいと思います。その変換がですね、岡部 さんの場合は自分の肉体を通していると言っていいと思うんですね。それで一つやはりデジタルとの大きな違いを指摘すると、デジタルの場合はそうやって記録 された量子をしようと思えばいくらでも変えて行くことができる。例えばphotoshopを考えればいいですけれども。岡部さんの場合は一回限りの行為で すね、行為の一回性、シンギュラリティー、それが一旦紙に定着されたらもう動かない。ですからこの紙の上で起きたことというのは時間のなかで一回限りなん です。一回限り起きたことの痕跡が残される、これはデジタルを使ったイメージとは大きく違います。

もう一つはレゾリューションという概念について、色々なことを考えさせられるんですね。今僕らは一種の解像度神話に生きていて、売り場にいくと10 メガになりました12メガになりましたと解像度が高くなればなるほど良いという風に思っているんですけれども、その解像度というのは実は非常に技術的に表 面的な理解であって、僕は本当の意味での解像度、つまりある現実を写し取るにあたっての最適なレゾリューションというのは実はこういうものじゃないと思う んですね。本当のハイ・クオリティなレゾリューション、現実をより良く繋ぎ止めるそれを残すという意味ではこれこそがハイレゾリューションという風に思い ます。そういう意味でフロッタージュという技法は一見単純ですけれども非常に複雑な特に認識論的に複雑な過程を含んでいて、それを基にしてもう一度現在の 映像環境を考える色々面白い考察ができるのではないかと思います。

それは港さんが「注視者の日記」で書かれたことに繋がりますね。イメージということではなくて仮想現実技術についてですが、ある哲学者が現実 の完全なる表彰を手にした瞬間何を失うかという問いに対して、港さんは未来において可能が分岐はすべて失われ、人間はもはや歩かなくなり生きる事は意味を 失うと答えています。フロッタージュはかえってその生きる余地を与えているという言い方ができるのではないでしょうか。

港:そうですね。岡部さんがいつも言うんですけどそこに今立ってる場所が制作の場所になりうる、ですから無限に余白があるんですよ。 一歩動けばね。あるいは同じ場所でさえも常に未来が生まれる。9年間にわたって全く同じ石を刷り取られた意味はそこに一つあると思うんですね。1cmたり とも動かない同じ場所でさえ、常にその皮膚の一枚下には新しい皮膚がある。

今回の展示会に一歩入ると先程話して頂いたような都市の時間と自己の時間の集積というものに圧倒されるのですが、岡部さんは活動のなかで積極 的に他者も取り入れています。例えばエアログラムというプロジェクトでご自身のフロッタージュを郵便で色々な人に送ったり、そして今回の展示でもそうです が老若男女を問わず多数のワークショップを開かれています。これについて少しお話頂けますか。

岡部:一つにはまずこの技法が持っているシンプルさ、これは多くの人に表現できる手段を与えることに繋がって行きます。僕がこの手法 で都市を擦り取るというのは先程ちょっとお話しましたけれども同じようにそこに住んでる人にとってもそういった手法で自分の足下を見つめることが可能で、 一つの見つめ方の試みとして美術があると。それは自分の住んでいる土地、環境あるいは歴史を含んだ場所いずれでもいいんですけれども僕と同じ事をしなさ いっていうことではなくて美術を通してこういう見方をしたことが他の何らかの違う見方を発見できるかもしれないっていうその一つの提案だったわけです。そ ういうことでたくさんの人とワークショップあるいはコラボレーションといったかたちでやりましたけれどもそれは場所への見つめ方の提示だったと思います。

今の社会性ということにも繋がりますが、少しジェネラルな質問になってしまうのですが、アートの政治性ということについてお聞きしたいと思います。つまり現代におけるアートにとって政治性というものは必須のものであるかということです。

港:そうですね。それは政治という言葉が何を意味するかによって違ってくると思います。例えば、現実の政治、例えばアルセナーレで見 られる様な意味での政治に関しては、必要か必要でないかというのはそれぞれのアーティストによって違ってくると思うんですね。もう少し政治という言葉の意 味のオリジンに遡って考えてみますと、つまりギリシャにおいて生まれた政治というところに遡って考えてみますと、今アートに限らず何かものを作ろうとする とどうしてもそこにはそういう意味での政治性は最初から含まれているというか、ものをつくるということの条件でさえあるとおもうんですね。というのは、ポ リティックスのポリスというのはご存知の通り都市に生きる人間にとっての一つの共通の価値を生み出す事ですよね。そういう意味で先程言われた様な様々な破 壊、様々な終わりに直面している人間にとってものをつくる条件というのは共通の価値をなんとかして生み出さなければならない。それが政治性じゃないですか ね。

岡部:価値という意味では、自分が美術をし続けながらその時代あるいは自分と場所についてテーマをそこからすくいあげていくこと、そ れはそれぞれの場所にひょっとしたら掘り起こすことができるかもしれないっていうそのことの察知って言いますかねそれはやはり美術をやり続けて来た事から すればなんて言うか予感って言ったらいいんですかね、触手をそこに伸ばしたいなっていうはありますけれども。

まだ一般オープンさえされていない状態なのでこれを聞くのは早いかもしれないですけれども、 今回このベネチアに広島を持ってこられて、何度かのワークショップも開かれて、この展示会からの手応えと言ったら変かもしれませんが、個人的にポジティブ な発見もしくは反対に問題点等何かございますか?

岡部:広島の始まりの時間1945年、そして僕が生まれた1942年、という時間をいつも考えるんですよ。僕がその広島の今の宇品の 現場に立ったのは1996年、で広島に関わり始めたのが1986年。広島に行ってその場所に立った時にはいつも自分の時間と広島の時間を感じていたんで す。広島っていうととてつもなく深く巨大な主題に思えるのは人間にとってとりわけ重要な主題だからなのではないかと思うのです。僕にとっても同じというふ うにはもちろん言えませんけれども、広島のことを考えることは自分の時間も同時に進行していっていることとして捉えたいな思ってるんです。ですから広島だ けを取り上げての考え方じゃなくて自分と広島の時間それをいつも考えながらいきたいと思っています。ですから広島のことを考えるということは自分の生を考 えることにもなるわけですよ。それは自分とワークショップをやる人達にとっても同じで、そういうこととも繋がっていくんだと思います。それだけ広島ってい うのは個人的なこととしても社会的なこととしても多くの主体と広がる深さを内包しているんだろうと思います。港さんから先程話がありましたけれども、過去 と現在と未来と、その中で自分自身がやっている作業というのは過去を現在に引き寄せることで作品の上に定着したものがたぶん次の世代に引き渡すことができ る形として定着する。それが美術だと思っております。そういったことを考えながら、ベネチアっていうのは交易をずっとし続けて来た都市であると、そういっ た会話が成り立つとすればベネチアに広島を持ってくる、あるいは自分にとって考え続けて来た一つのタイトルが対話の要素になりうるとすればベネチアに持っ て来た意味があった、そういうふうに思います。

港:ベネチアを歩いて見ていると、広島といくつかの共通点があるんですよ、街としては全く違うんですけれども。一つは内海そして多島 海に面していること。ベネチアは地中海、広島は瀬戸内海ですね。内なる海を抱える都市というのはどこか共通点があるんですね。もう一つは軍航海。言うまで もなく宇品がそうですけれども、この場所もアルセナーレという造船所があり、そして今もベネチア市民でさえ立ち入りを禁止されたヴァポレット(ベネチア内 の水上バス)でさえ通れないミリタリーゾーンが現実としてあって、都市の7分の1を軍人達だけが所有している、非常に厳しい現実がある。そこでアートをや るというのは一つの異議申し立てになります。僕らが最初のフロッタージュの場所を検討している時、建築大学の先生達から色々な意見がでたんですけれども、 やはりアルセナーレでやって欲しいということで30名以上の市民が参加してくれて、非常に楽しく良いフロッタージュのワークショップができた訳です。彼ら にとっても良く通る場所かもしれないけどその場所に本当に触れて何かアクションを起こしたというのはこれが初めてだったという感想を聞いて、あ、これはも しかすると広島からベネチアにプロジェクトを持って来た意味が少しあったのかなと思いましたね。ささやかだけれどもやはりこれはアクションなんですよね。 それぞれの人が擦り取ったものを持って帰って、子供もいましたし、若い人もいましたし、大学者もいましたけどそれぞれが持ち帰って何か会話が生まれるんだ ろうと思います。それが少しづつ繋がっていけばいいなと思います。

左: コミッショナー港千尋氏。 右: アーティスト岡部昌生氏

どうもありがとうございました。

Naoki Matsuyama

Naoki Matsuyama. 1982年、イタリアのリエティ市に生まれる。ケンブリッジ大学で建築学と教育哲学を専攻し、2005年に卒業。現在、翻訳家・ライターとして活動している。『思想地図β』を出版する合同会社コンテクチュアズで、翻訳・海外展開を担当。 ≫ 他の記事

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