公開日:2007年10月23日

青山悟:刺繍が紡ぐ伝統と現代

10月にミヅマアートギャラリーで個展を開催している青山悟。作品に込められた彼のアイディアを引き出すべく、前回のロンドンでの彼の個展を振り返りながら菊池愛が話を伺った。

青山悟の作品に初めて出会ったのは、至福の青空が広がるロンドンの昼下がり、イーストの一角だった。すぐそばを流れる運河と同じ高さにある、半地下の小さなギャラリー、ワン・イン・ジ・アザーの白壁には、“グッド・エイリアンズ”というショータイトルのもと、彼の新作が7点、控えめに、しかし凝縮された魅力を放って飾られていた。一番大きいもので130 x 90cm。作品の持つ引力は、見た目の奇抜さに頼ることなく、キャンバスの中に誠実に閉じ込められていた。

青山悟 「Hill」
青山悟 「Hill」
写真提供:青山悟

誰のどんな作品であれ、本物を肉眼で見る以上に、その魅力を最大限味わう術はないが、青山の作品に関しては、実物と対面することが不可欠といえるだろう。一見、油彩画もしくは写真を思わせるその写実的な作品は、実はすべて刺繍であることに気づかされるからだ。モチーフの輪郭をかたどるため、或いは文字や文章を書くために刺繍糸を用いるアーティストは他にもいるが(青山と同時期にホワイト・キューブ・ギャラリー(ロンドン)で個展を開いたジェシカ・ランキンや、2007年ドクメンタに出品したフー・シャオユアンなど)、青山のように下地さえも刺繍糸で覆い尽くし、メデイアが糸であることすら気づかせない作家は他にはいないのではないだろうか。現に青山は、糸の与える視覚効果、ハンドメイド感を極力排除しようとしている。

青山悟 「Candle」
青山悟 「Candle」
写真提供:青山悟

1973年に東京に生まれ、ロンドンのゴールドスミスカレッジを1998年に卒業後、2001年にシカゴ美術館付属美術大学院にて修士課程を修了。何年にもわたり、彼は独自のアイディアと表現方法を育てていった。糸の黒はどんな絵具の黒よりも深いと信じ、黒の深さをいかに強調するかを彼は追求している。陰影の理解は、色彩の分析と同様に青山にとって重要なプロセスと言えるのではないだろうか。彼が生み出す色は、絵具のように混ぜてできたものではなく、コンピュータースクリーン上のピクセルのように、点描画を思わせる細かいひと針ひと針が集合した結果である。青山の作品に出会ったとき、刺繍を用いるという彼の表現方法にいくつかの質問が浮かんだ。既成の糸に求める色がなかった場合、自分で染めることはあるのか、また、既存の糸を用いることに限界を感じることはあるのか尋ねたところ、「既製の糸で困ったことはほとんどないので糸を染めたりはしない。グラデーションを作る際にたまに色がたりないと感じる時はあるが、大抵の場合、上糸と下糸の組み合わせ方などでなんとかなる」。青山はオーガンジーに転写した画像イメージを元に作品を作っているが、写真を用いる手段はあくまでもひとつの方法で、今後必ずしもそこにこだわっていく気はないとのこと。

ロンドンでの個展では、燭台や銅像といった伝統的なモチーフも取り上げられており、その写実性の高さも加わり、青山の作品は刺繍という事実を感じさせず、典型的な古典的油彩画にも見える。事実、数人の観覧者は、「現代」美術を見に来たからなのか足早に作品の前から去っていった。そのことを本人に伝えたところ、「自分の作品が観る人の価値観を少しでも変えるものであればと思っているが、それには一見したときに古典的絵画であるというのが前提にある。だから、そこで気づかれないで素通りされてしまうのは、ある程度仕方がないことだと思っている。メーキングビデオを見せるなどといった方法もあるが、説明的になってしまうリスクがあるので、今回はあえてそっけなく見せた。ロンドンのオーデイエンスはアートに対する免疫が強いから、気づく人は気づくだろうという期待もあった」と、モチーフと表現方法のバランスが「古典的絵画風」作品を生み出している事実をもちろん把握しているようだ。その上で「なぜ刺繍なのか」「イメージとプロセスの関連性はなにか」という疑問を換気することが、驚きや新鮮さを生むこと以上に重要であると青山は考えている。

青山悟 「山手線」 (2003年)
青山悟 「山手線」 (2003年)
写真提供:青山悟

彼のモチーフは何も古典的なものばかりではない。「山手線」(2003年)などのように平凡な、それゆえに見過ごしがちな日常風景をも切り取り、縫い付けている。動画の一場面を切り取ったかのような作品は、その後に何が起こるのか想像力をかきたてられる。高速で動く、ハイテクノロジーな現代を、一針一針丁寧に、ローテクノロジーであるミシンによって縫い付けているのだ。この対極的な要素が混ざり合って、一つの作品が姿を現している。

過去に、自分を「伝統への回帰を志向する世代」と分析したこともある青山。結果としての作品そのものよりも、プロセス、つまり制作過程を重視する多くのコンテンポラリーアートと同様に、青山の作品はそれに該当すると捉えている私は、伝統とコンテンポラリーの接点について聞いてみた。「混沌としている世の中でアーテイストである以上、今まで以上にアートの持つ歴史や伝統をアカデミックにとらえなくてはならないと感じている。ただ単に自分個人の価値観を押し付けることはとても危険に思える。でも、何かをしているという行為(プロセス)と、アートが築き上げてきた文脈(歴史、伝統)は信用に値するものではないだろうか。そこからどれだけ現代の表現ができるのかを考えている」。伝統を把握、消化し、コンテンポラリーアートに昇華することが彼の目指すところなのだろうか。

2002年のシカゴはゾーラ・リーバーマン・ギャラリーでの初個展を皮切りに、青山はアメリカ、イギリス、そして現在拠点としている日本にて幅広く多くの個展を開いてきた。青山によれば、東京のミズマアートギャラリーで10月に予定されている最新の個展は、「ロンドンの個展とは全然違うものになる」とのこと。もしかしたらこの個展が、青山の作品が投げかけている問題に対する答えを示すことになるのかもしれない。

Ai Kikuchi

Ai Kikuchi

1978年生まれ、東京育ち。東京医科歯科大学を卒業後、臨床検査技師として数年勤務するも、アートと建築の持つ力に目覚め、この世界へ飛びこむことを決意。英語とアート史の勉強のため、2006年夏より1年間ロンドン留学をし、美術館、ギャラリー、建築巡り、そしてヨーロッパを旅して過ごす。Christie’s EducationにてModern and Contemporary Art course (Part-time) 修了後、2007年9月にに日本へ帰国。箱(建築)と中身(アート)のバランスが最高の空間が大好物。趣味は出歩くこと、そして“何か”を発見すること。