書体は、文字を彩る影響力のあるツールです。ほとんどの人が書体を使っています。PCを使ってプレゼンツールやグリーティングカードを作るとき、人はPCに予め入っている書体から一番適したものを選びます。同様にグラフィックデザイナーはライセンスが購入できる書体の中から目的にあったものを選び、ウエブサイトやパンフレット、会社のブランディングなどに使います。編集者や企業のアートディレクターたちは、独自の書体ファミリーをカスタムで発注し、自社のイメージ戦略に効果的に使い、他と差をつけようとします。
クリスチャン・シュウォーツはニューヨーク在住のタイプ・デザイナーです。彼の仕事はそういったカスタムデザインの書体を作ること。イギリスを代表する新聞、The Guardian の他、 Bosche や Deutsche Bahn といった大企業に書体を提供してきました。2005年にはエスクァイヤ誌のヘッドライン用にユニークなセリフ書体、「Stag 」をデザインし、2007年には一般販売されました。
今までクライアントのために手がけてきた書体の一般販売を始めたんですよね。特定の目的のために作られた書体が一般に出回ることをどう思いますか?
素晴らしいことだと思います。予想できない使い方をされるのを見るのは本当に楽しい。例えば「Bell Centennial」 は電話帳用に作られたものだったけれど90年代にRolling Stone 誌が800ポイントに超拡大した。Ink trap(インクがにじむスペースのためにデザインされた溝)が見えるほど。こういう風に、本当は見られるはずじゃなかった細部がまったく違う使い方によって現れるのはおもしろいよね。
今年度末に「Guardian」ファミリーがリリースされるわけだけど、どう解釈されていくのかを見守るのは楽しみ。おそらくいろんな雑誌や新聞が「Guardian」らしく使おうとして買うのだろうけれど、「Times New Roman」のように最初の目的とは違うかたちでフォントが勝手に一人歩きするといいなと思っています。
エスクァイア誌はあなたに変わったことをさせようとしたと前に書かれていますよね。なぜなんでしょうか?どう反応しましたか?
エスクァイア誌はそれを使って変わったことをしようとしていた。だから変わったものを作らせたがった。MaximやGQやDetailsといった競合雑誌に差をつけなければならなかったし、同時にかっこよくエスクァイア誌の空気を損なわないようにしなければならなかったんです。
Bosche や Deutche Bahnといった企業は、彼らがすでに持っているものやアイデンティティ・コンサルタントが代替物用に使用したものからのデザインを希望してきた。こうした企業とのプロジェクトは創造力を必要としません。ライセンス重視ですから。企業がプロダクションフィーを払うのは、ライセンスもついてくるわけだから彼らにとってはまったく問題ない。彼らが持っているすべてのコンピューターに払うリテールライセンス代を考えれば安いものなんですよ。
企業にとってはカスタムで書体をつくった方が、既存のものを買うより安いということですか?
Deutche Bahnのときはそうだったね。ヨーロッパで2番目に大きい会社で、子会社も多々ある。それらの会社、部署、すべてが社内コミュニケーションやサイン、スケジュール、オンライン作業、広告に使うフォントなわけだから千人以上の人が使うものになる。もしカスタムデザインすれば最適なスペックのものが得られるわけだし、企業にとってのメリットは大きいと思います。
出版物に関してはブランディング攻略ももちろんある。地下鉄に新聞の3分の1の切れ端がおちていたとしても、それが「Guardian」だとわかるべきなんだ。「Guardian」の見た目と「Guardian」の声がそこにあるべきだと思います。
「stag」の中に特徴的なウエイトはありますか?
もちろん!エスクァイア誌が連絡してきたのは「Stag」の特太が理由だった。「インクをたっぷり使った、大きなヘッドラインが使いたいんだ」と言われ、そこから実際に使えるようにする作業が始まりました。
たしかに「Stag」の特太は他を凌駕してますからね。でもUltra Thinにも同じことが言えますよね。
Ultra Thinはおかしいよね。『特太を重要視しているんですが、前付用のようなものが欲しいんです。Ultra Thinでありながら「Stag」のようにできますか?』と頼まれた。最初は無理だと思いましたよ。serifの内側と外側のブラケットのコントラストが目立ってしまうと思ったんです。重要なのは文字と文字の間のスペースを、文字の内側のようにおもしろくすることだったんだよ。ブラケットを残すことでウエイトが残り、細い部分もおもしろいムラを作ることができたと思う。
「Stag」を始めたのは「Guardian Egyptian」の最終調整中のときだったので受注のタイミングは最悪だったよ。疲れていたけど、エスクァイア誌のクリエイティブチームは好きだったから力になりたかった。「Guardian Egyptian」からできるだけ離れるべくデザインを絞ったよ。
「Stag」の小文字のイタリック体はローマン体とは大きく違いますね。でも大文字はややナナメになっているだけ。
そうですね。大文字はただの斜体を修正しただけのもの。大文字はローマン体の大文字と合うようにできている。イタリック体に関しては、大文字と小文字を全く違うようにする動きもありましたが、たいていはあまりにもヘンテコすぎて実際には使えないものがほとんどです。ヘンになりすぎると受け入れられませんからね。
フォントをかっこよく見せようと大げさなことをやるのはあまり好きではなく自然なアプローチが好きなのだけれど、「Stag」の小文字のイタリック体はエスクァイア誌から「変わったものを」と頼まれたんだ。
最初のラフを描き終えて、クライアントに見せるとき、どうやって自分のアイデアを売り込むんですか?
最初のミーティングではあまり話さないようにしています。雑誌社とのミーティングはいつも神経質で感情的。「この雑誌とはライバル関係にあるわけではありませんが、この雑誌社には以前の同僚が働いているので同じように見えてほしくないんです」とか。誰と誰が入れ替わったのか、誰と誰が仲が悪いのか覚えておかなければいけない。まるでフットボールリーグのようだよ。それを座って観察するのが第一段階。
それから共通言語をつくることですね。大概のクライアントはフォントについて話すことに慣れていないから。
具体的に何について話すのですか?
できるだけ観察して理解して、何かを得ようとする。映画でも音楽でもファッションでもどんなデザインでも。例えばRoger Black氏は独特のしゃべり方をしたよ。「パリのビストロのような見た目で、1942年の14区のような。今忙しいから後でかけなおすよ」とかね。彼がなにをいわんとしているのかを理解するのが僕の仕事だよ。
デザインを始める前に、クライアントにはたくさんの書体を見せます。ビジネス的にはよくない行為だけれど、世の中には素晴らしい書体がたくさんあるから、カスタムで作る前にそれを見直してもらう。ぴったりのが見つかるかもしれないし。
全てに疲れたときは、歴史的標本を開くようにしている。「Stag」の大半は1922年のDeberny et Peignotのカタログにある無名のEgyptian特太から取ったよ。数点を選んで、クライアントに見せて「これはどうでしょう?カーブはどうですか?角張りすぎまたは丸みをおびすぎですか?男性的ですか?それともソフトすぎますか?」など聞く。そうすれば実際にデザインを始める前にだいたい彼らが欲しているものがわかるから。
ニューヨークにはどれくらい住んでいるんですか?
6年ほどです。
自身のデザインで「ニューヨーク風」なものをあげるとしたら?
世界中のあらゆる雑誌を手に取ってデザインを見られることの影響は大きい。自分のアパートから数百メートル圏内を出ずに数週間過ごすこともあるくらい。素晴らしい食料品店から雑誌店から、全てが近所にあるからね。洋服はあまり買わないし。さらに最近、徒歩5分で行ける無印良品店が近所に開いたばかりです。
日本の雑誌は見ますか?
以前に比べると減ったと思います。日本の雑誌デザインは変わる速度が遅い。いま手に取って見る日本の雑誌は数年前と変わらないデザインのまま。でもダイアグラム的なレイアウトはとても好きで、例えば男性の全身が写っていて、それとは別に、彼が身につけているアイテムが個別に並べられている。情報デザインの審美眼はとても素晴らしいと思う。
欧米の雑誌があいまいで使えないものに見えますよね。売っているのはファッション自体のアイデアで、アイテムそのものではない。
彼らが売っているのはシーズンごとのスタイルだよね。「06年秋はエネルギッシュに、07年春はもっとリラックス」のように。
の「Neutraface」アメリカで生まれるファッショナブルな書体は、日本まで届かないことが多いですね。ニューヨークで見かける書体とはまったく違う。ニューヨークの路上で「Neutraface」(2002年にChristian氏がデザインした書体)を多く見かけたのには驚きました。人気があるのは知っていましたが、こんなにも多く使われているとは。
そうなんです。高級マンション建設中の工事現場のガードとか。ちょっと暗い気持ちになりますよ。「Neutraface」がここまでベストセラーになるとは思いませんでした。元々あったものを、こうしたらいいと自分が思った通りにデザインしただけだからあまり売れないだろうと思っていた。たまにアールデコ調の感じが欲しい人が使う程度だろうなと。でも最初の年にアカデミー賞で使われて、そこから人気に火がついた。
なぜだったのでしょう?
2000年代は新しいサンセリフ体を渇望してたから、まさにぴったりのタイミングだったんだろうね。「Neutraface」には普通だけど普通じゃない要素があったから。
Émigré(アメリカの活字製作会社で、80〜90年代に人気を博した)が「Mrs. Eaves」をリリースしたとき、Émigréファンは飛びつきましたよね。ようやく上司が使わせてくれるようなÉmigré書体が出た、と。そして、それは楽々と手に入れることができた。「Baskerville」(くせがなく使いやすい古典的セリフ体)だけどÉmigré(個性的な書体を次々発表したことで知られている)だった。「Neutraface」も同じことだと思います。真剣に買えて、仕事でも実際に使える。「Rat Fink」(非常に個性的なフォント)には限界がありますから。
「Neutraface 2」はどうやってできたんですか?
「Neutraface」のオリジナルは1933年にできて、以来、超越した使い方をされてきたけど、横棒が低い位置にあるので使用が困難でした。
個人的に低い横棒が好きではなくて、普通のバージョンを作りたかった。House Industries(「Neutraface」を販売している書体販売会社)側は根本的なコンセプトを崩してしまうのではと心配していたようだけど。でもグラフィックデザイナーがロゴやカタログ用に大きくしていたのを知っていたし、もし他人がやるなら自分がやろうと思っていました。自分の好きなように、他のデザイナーも使いやすいように、とね。
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クリス・パルミエリ
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