「アーカイヴ写真」の可能性について

「第7回モスクワ国際写真ビエンナーレ」について

In 特集記事 by Yuya Suzuki 2008-05-26

《黄色の衣装を纏った女性》、クサビエ・シンバルド
モスクワの春は短い。三月に雪が止んだかと思うと、四月にはトレンチコートを必要とせず、半袖で皆街に繰り出す。日本のような四季を感じる暇もなく、移り変わりが速い。この目まぐるしさは、現在開催されているモスクワ国際写真ビエンナーレにも当てはまるのではないかと思う。

《メキシコ》:アレックス・ウェブこのモスクワ国際写真ビエンナーレは今年で7回目を迎え、2年に一度3月から5月にかけて開催されている。「国際」と銘打つものの、フランス、アメリカ、イタリア、トルコの作家が参加するのみで、他はロシアの作家が占めている。
近年モスクワの展覧会状況を鑑みると、写真とインスタレーション、ビデオアートという媒体が多く、隔年開催されるこのビエンナーレがその一端を形成しているようだ。


大まかな出展傾向を整理しておくと、海外の「有名写真家」とロシアの「写真家」、そしてこの展覧会を主催する一団体「モスクワ・フォトグラフィーセンター」が有する「アーカイヴ写真」の三枠からなる。
そしてテーマも「光と影」、「驚愕ないしは驚くということ」、「〈マグナム〉―60年の歩み」と三つによって構成されている。
三つのテーマは「マグナム」を除けば、非常に大雑把な概念であるから、どの展示作品にも当てはめることができる。
この二つのテーマを最も感じる作品の選定は鑑賞者に委ねられていると言えよう。実際にこのビエンナーレでは各展示作品に番号が振られており、携帯電話のSMS機能を使って投票できるため、会期終了後主催者が票を集計し人気作品を知ることができる。

シリーズ《私には自分の顔を愛撫する手がない》より:マリオ・ジャッコメリシリーズ《ルーリキ》より、ボリス・ミハイロフ



展示会場は主催側が正規に押さえている展示ホールとギャラリー23、提携先の展示会場(ギャラリー、大使館、カフェ等)22とかなり多い。加えて展示会期がまばらなため、善く言えば会期中毎週どこかで新しい展示が観賞でき、悪く言えば、暇がなければ観賞したい展示を観賞することができない。目まぐるしく移り変わると言っていいかもしれない。

また展示作品はギャラリー選定によるものとキュレーター選定という形で、それぞれ分かれているのだが、この点はあまり着目されていない。近年イオシフ・バクシテイン、ヴィクトル・ミジアノ、エカテリーナ・デョーガチ、タチヤーナ・ダニエリヤンツといったロシア人キュレーターが西欧で知られ始めつつある中で、このビエンナーレでキュレーターの手腕が問われない方向に傾いてしまったのは残念である。
「雑誌『アガニョーク』アーカイヴ」より、《1953年43号同誌掲載スターリン賞受賞者、工場「エコノマイゼル」研磨工、イヴァン・ペトローヴィチ・カルタシェフ》:セミョーン・フリードリャンドシリーズ《鏡、、水》より《夜の闘い》:マウリツィオ・マルカト


「ロシア写真家」には、日本ではあまり知られていない、ゲオルギイ・ペルヴォフ、ナターリヤ・ノーソヴァアレクセイ・コストロマ、「有名写真家」の枠には国際的に活動する写真家グループ「マグナム」、先月東京都美術館でも展示されたマリオ・ジャッコメリ、60-70年代のアメリカ・コンテンポラリーアートシーンで活躍したジム・ダイン、前世紀の初めにカラー写真を発明したリュミエール兄弟などが選出されている。このリストだけから判断すると、こう言ってよければ、世界的に有名な写真家との比較でのみ評価が可能であることを認めているという印象をまず受ける。

しかしこの点を上手く撹乱するのが、もう一つの出展枠「アーカイヴ写真」である。
この点に関して、もう少し話を進めてみよう。


《オリンピックメダル受賞者、バレーリイ・ブルーメリ》:ドミートリイ・バリテルマンツこの枠組みはソ連時代の写真家(アレクサンドル・ロトチェンコ、イヴァン・シャーギン、ドミートリイ・バリテルマンツ、アレクサンドル・スミルノフ、現役のボリス・ミハイロフ等)、グラフ誌(掲載先の雑誌『アガニョーク』やスポーツクラブ『ディナモ』、《第五次五カ年計画の英雄たち》というタイトルがクレジットされている)の写真から成り、当時の時代状況からしてプロパガンダ用としてその多くは撮影されている。

アーカイヴというと、当時を知るための歴史資料として保存収集されるものだが、こと写真になると別の意味合いを帯びてくる。それは、対象写真が情報機能を失い作品としての価値が生まれるということである。

テーマの一つ「驚愕ないしは驚くということ」が撮影者と被写体の緊張を生み出すことから引き合いに出されたとカタログでは説明されているが、この観点からアーカイヴ写真を観賞するとその緊張感が一層増す。
というのも、歴史事実というフィルターによって被写体と当時の時代背景を探ることが鑑賞者の頭をまずよぎるからである。それは審美的というより、哲学的な思惟によって写真を作品たらしめているといえるかもしれない。


シリーズ《痕跡》より:ナターリヤ・ノーソヴァこの一連のプロセスをナターリヤ・ノーソヴァのシリーズ作品《 痕跡-otpechatok 》では垣間見ることができる。
老人の顔写真、その下には彼 / 彼女の掌の写真、それらのキャプションとして対象人物の簡単なバイオグラフィーがあり、それらで一つの作品として構成されている。
※キャプションに次のようなバイオグラフィーが載っている。以下は拙訳
” ブルセンツォヴァ・マリヤ・イオシフォヴナ、1921年生まれ、未亡人。病院で看護婦として60年間勤務。戦時中は女性看護兵として前線にて従軍。息子は潜水艦〈クルスク〉で将校として亡くなる。 ”

三幅対のようにそれぞれの部分が補完し合い、見るものの緊張感を高めている。顔や掌には皺が刻まれ単なる皮膚、顔貌しかそこには存在しないものの、バイオグラフィーに記された悲喜によって、鑑賞者は否が応にも皺を何かの痕跡として眺めてしまう。
とすれば写真という媒体によって収められた風景は原風景として鑑賞者の前には存在せず、鑑賞者の心象作用による投影対象となる可能性を秘めている。
この点を「アーカイヴ写真」という出展枠組みが補強し、「ロシア写真」の特質となる予感を感じさせた。


このことはそもそもロシアという国自体がソ連という重厚な歴史を引きずり評価されていることと似ている。つまり自立した評価がまだ確立されていない。コンテンポラリー・アートに関しても西欧やアジアの流れと比較して、初めて彼らの立ち位置を確認できる。この潮流は来年で3回目を迎えるモスクワ国際アート・ビエンナーレ、今年度初めて開催されるモスクワ国際建築ビエンナーレといった世界的な流れにやや追従する手法にも見られる。

飽くまで推測の域を出ないが、そうした中で写真という表現媒体のみがうつろうことなく、鑑賞者の時代状況に応じて新たな意味合いを獲得できる。このことを、今回のモスクワ国際フォトビエンナーレは証明したように思う。

《鏡台》:カーチャ・ゴリツィナ〈ズラヴ・ツェリテリ〉ギャラリーの展示初日風景

Yuya Suzuki

Yuya Suzuki. 博士後期課程在籍 1980年生まれ。ロシア・ソ連芸術史、全体主義下(第三帝国、スターリニズム)における紙上の建築と展覧会デザイン、エル・リシツキイの研究に従事。MOTで企画を担当。またMOTのCAMPというイベントの企画・運営に携わる。現在、ロシア人文大学に留学中。 ≫ 他の記事

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