「“ 国際 ”という名において 」 広まるモスクワコンテンポラリー・アート

ロシアには民衆のためのアートというのがあるらしい

In Main Article 2 特集記事 by Yuya Suzuki 2008-06-22

アレクサンドル・コソラポフ《英雄、リーダー、神》 2006年
美術館近くの地下道や広場では日本円で一万円から十万円の価格で額縁つきの具象絵画が個人間で売買されている。有名な画家や作家での作品ではないが、休日ともなると意外と売れていく光景をよく目にする。

コンテンポラリー・アートという枠で考えるならばこうした光景はあまり目にせず、大きな展覧会ないしは有名ギャラリーでの展示が当たり前となっている。そのため、いわゆる「民衆」にとって敷居がやや高い。その高さがやや低まるのが「国際」という名の付いたアート関連のイベントである。

アーティストセンターの様子国際という名の付くコンテンポラリー・アートフェアもしくはビエンナーレが、昨今世界各地で行われている。ここモスクワもその例に漏れず、5月と6月に〈 モスクワ・アートフェア 〉〈 第一回モスクワ国際建築ビエンナーレ 〉が開催された。
前者と後者ともに、モスクワ河沿いに位置するアーティストセンター( Tsentr Dom Chudojyunik )で開催された。この展示会場はアート関連だけでなく、産業博覧会・見本市、国際会議等にも利用され、強いて言えば大型文化ホールのようなものである(この建造物別会場には、新トレチャコフ美術館が併設されている)。


よって、見本市ベースの展示空間のため、残念ながらどの「催し物」も似通ってしまう。しかしながら、内容によってはかつての万博のような誰もが楽しめる場、何かを提供してくれそうな空間に映る。アートの文脈で眺めた場合、上記二点がそれに該当したのではないかと思う。


さて、5月に開催された〈 アート・モスクワ 〉だが、〈 Art Basel 〉〈 アートフェア東京 〉 とまではいかないが、有名ギャラリーが集い、作品売買が行われるイベントである。違いを言えば、コンテンポラリー・アートに特化したギャラリーのみが〈 アート・モスクワ 〉で出展しているということだ。基本はモスクワとサンクト・ペテルブルグの有力ギャラリーが出展し、チェコ、フィンランド、ドイツ、イタリア、フランス、バルト三国他外国ギャラリーが招待されていた。

イリヤー・チチカン&Sinyie Nosi (Blue noses)《知の遊戯》 2008年

AES+F《最後の暴動》 2007年デミアン・ハースト《キリストの傷》 2005年


〈 アート・モスクワ 〉の長所は、各ギャラリーがプッシュするアーティストの作品が一つの場所で鑑賞できるということであろう。特にモスクワのコンテンポラリー・アートギャラリーはVinzabod(アートコンプレックス)を除いて散在しているため、コンテンポラリー・アートファンには何とも有難い。加えて、初日にはアーティストが駐在するギャラリーも見受けられた。記者が見た限り、数多くのギャラリーの中でも最も人だかりが多かったのは XL gallerytriumph galleryAidan galleryRegina GalleryM&J Guelman Gallery など。その理由は、人気作家を抱えること、ギャラリストの腕が知れ渡っていることである。そのため、独自の企画を打ち出すギャラリーよりも人気作家の新作を定期的に提示するギャラリーに人が集中していた。この点を考慮すると、展覧会の企画自体よりも作家の新作を求める傾向がモスクワのアートシーンは強いと言えそうだ。



モスクワ国際建築ヴィエンナーレ〈ロシア・パヴィリオン〉会場(建築美術館)の様子このアートシーンに多少なりとも重ねる形で自らを位置つけようとするのが、6月に開催された〈 第一回モスクワ国際建築ビエンナーレ 〉である。大まかな方向性は、ヴェニスロッテルダムサンパウロ 等で開催されているアートビエンナーレのように、建築ビエンナーレをその前段階として持ってこようとするものだ。そのため、単にマケット( 建築物のモデル )や都市ないし地区プランだけでなく、アート作品展示もなされている。

メイン会場となっているアーティストセンターでは、ビエンナーレの第1週目に建築・インテリア関係の会社がブースを設け商品や企画のプレゼンが行われ、文字通り見本市の活況を呈していた。ただ、アートの文脈に乗るような展示はアーティストセンター外回廊の 〈 国際パヴィリオン 〉 と別会場となっている建築美術館での〈 ロシア・パヴィリオン 〉、同時開催のプログラム 〈 自立都市 〉、〈 衰退都市 〉、〈 騒音都市 〉〈 CIS諸国建築家による展示 〉、〈 建築状況-ノエフ・コフチェク展 〉である。ただ、「 国際ビエンナーレ 」での目玉であるはずの〈 国際パヴィリオン 〉の割合がモスクワに関する展示に比べ、圧倒的に少ない。この点は第一回であるが故、致し方のないことではあるが、今後改善されるべき点であろう。
パーヴェル・ペペルシテイン《3050年、ロシアの指導者達の顔が彫られた記念碑は宙に浮く》 2007年
建築関係の展示において焦点があてられがちなのが、建造物のマケットとそれに付随する建築家ないしキュレーターの構想( キャプション )だが、上記の展示においてマケット展示はそれほど多くなく、ビデオによるインスタレーションや写真展示の割合が多い。例えば、建築ビエンナーレの枠内プログラムである〈 モスクワ市全体計画 〉では各地区の説明とマケットによる展示がほとんどなのに対し、特別プログラムではアート作品として建築を巡る物象(都市の騒音、歴史、建築物を模したオブジェ、都市における様々な統計情報等)がインスタレーション( 光、映像、音 )で提示されているのは対照的である。このことは、建築ビエンナーレが掲げる「 いかに住むか 」というマニフェストを視覚上で理解させるとともに、「 いかに生きるか 」( ロシア語では住む・生きるという単語が同じ )という観点、つまり体験によって建築・都市空間を認識させようとする観点を盛り込んでいるようだ。

アートの文脈に乗せることを狙いとした〈 建築ビエンナーレ 〉が、人気作家によって活況を呈するモスクワ・アートシーンよりも全体企画の点で優っているのは面白い。裏を返せば、コンテンポラリー・アートという枠で活動する作家の地位が確立されつつあり、作家側もその地位から外れるような作品をあまり出さないという側面が垣間見える。もちろん、そうでない作家もいるのだが、今回の〈 アート・モスクワ 〉で出展されたアーティストの中には皆無に等しい。こうした空気に風穴をあけるのが、いわゆる厳密な「 アート 」外の分野にある建築という関係がこの二つの展示から看取できる。


モスクワ国際建築ヴィエンナーレの〈モスクワ・パヴィリオン〉会場様子アート・マーケットだけからではコンテンポラリー・アート全体における企画の面白さを推し量ることは難しい。
しかしながら、こうしたマーケットに人気が集まるのはキュレーターという企画者の力量よりも、作家の人気がモスクワのコンテンポラリー・アートを支えているということを突きつけていると言えるかもしれない。それは最初に述べた「 民衆 」へのフックであって、そこから質の真価へと至る時期がまだ来ていない。かといって、キュレーターが企画する展示が退屈なわけでもない。
次回は有名キュレーターを紹介しつつ、そこから見えるモスクワアートシーンの「 流行 」を報告する。

Yuya Suzuki

Yuya Suzuki. 博士後期課程在籍 1980年生まれ。ロシア・ソ連芸術史、全体主義下(第三帝国、スターリニズム)における紙上の建築と展覧会デザイン、エル・リシツキイの研究に従事。MOTで企画を担当。またMOTのCAMPというイベントの企画・運営に携わる。現在、ロシア人文大学に留学中。 ≫ 他の記事

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