公開日:2009年3月30日

ダレン・アーモンド 列車とともに馳せる思い

自他ともに認める鉄道マニアが語る列車3部作の繋がりとは

Darren Almond, 'In The Between' (2006) 3-channel HD video with audio
14 minutes
Installation view at EYE OF GYRE, Tokyo彫刻、写真、映像作品、前インターネット時代に実現したリアルタイム中継作品。多岐に渡る表現手法で知られるダレン・アーモンドは、ヴェネツィア・ビエンナーレ(2003年)、テート・トライエニアル2009『Altermodern』などの重要なグループ展に加え、テート・ブリテン(01年)、K21(05年、デュッセルドルフ)などでの個展経験を持つ。K21での個展が評価され、同年のターナー賞候補に名を連ねた。1980年代から活動する英国の新世代作家の呼称としてYBAという言葉を確立した、かの『Sensation: Young British Artists from the Saatchi Collection』(97年、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ)には最年少で参加。出品したのは、駅のホームに設置されたデジタル時計に着想を得た「A Bigger Clock」(97年)だった。71年、かつて綿紡績と炭鉱で栄えた町、ウィガンに生まれた作家は、見知らぬ世界へと繋がる鉄道という脈に少年時代から魅了されていた。

「自分にとって最初の移動手段が列車であり、融通性というものを学んだのは鉄道を通じてだった。鉄道の旅によって意識の流れに突入する。自分は風景の流路にいるような感じで、遠くから他人に見られている。景色の中を移動するというエネルギーに興奮した」

自他ともに認める鉄道マニアが最初に制作した映像作品「Schwebebahn」(95年)は、01年ドイツのヴッパータールに建設された世界初の吊り下げ式モノレールに取材したもの。“Schwebebahn”(sky train)は完成当時から未来的な空飛ぶ列車と見なされていた。上下を逆にして映写される「Schwebebahn」は、雲の上を走る——しかし乗客も周りの風景も天から吊り下げられたかのように見える——なんとも不思議な世界を創出する。

作家の鉄道を巡るロマンは99年の「Geisterbahn」へと続く。ウィーンの遊園地、プラーターにある世界初のお化け鉄道の複製をもとにした、地下世界の鉄道。さらに中国の青海省西寧とチベット自治区のラサを結ぶ、青藏鉄道に取材した「In The Between」(06年)が加わって、ダレン・アーモンドの列車3部作が完成する。これらが3部作であること、各作品については様々な機会に論じられてきたが、3作の関係について触れた資料は皆無に等しい。

「『Schwebebahn』(空)と『Geisterbahn』(地下)の縦軸を維持するために3作目が必要だった。鉄道が象徴するもの——侵略や植民地化——を注視するような作品にしたいと思った。自国の歴史に通ずるところもある。最後の大帝国ともいえる英国はアフリカやインドを植民地化して、鉄道というインフラを整備したからね。そんな訳でエネルギーを探し求めて風景の中に伸びる脈を辿った」

その明確な条件を満たす鉄道を見付けるのは困難を極めた。そんなとき中国が、あらゆる思惑を孕んだ青藏鉄道の建設に踏み切った。「格好の題材だったよ。目的地はシャングリラにあるから、大英帝国の絶頂期でもあるヴィクトリア朝的な思想にも通ずるものがある。雲に隠れた未踏のユートピア」
Darren Almond, 'In The Between' (2006) 3-channel HD video with audio, 14 minutes
Installation view at EYE OF GYRE, Tokyo3連映像の作品は、様々な場面を映し出す。車窓から見える起伏のなだらかな草原は、抜けるような青い空に抱かれて、聖地へと繋がる凛とした高原の雰囲気をかもし出す。低いながらも、天空へと立ち昇るような軽やかさを感じさせるチベット僧の読経を伴うのは祈りの場。風に翻弄される祈祷旗(タルチョー)、車窓から外を眺める乗客、夜間の鉄道における軍の活動なども映し出す。3つのスクリーンの相乗効果が観る者に印象付けるのは、聖地チベットに対する中国の脅威だろう。しかしそこにはコンセプトだけでなく、作家が聖なる地で目にした事物を形態的に再現したシーンも見られる。

「チベット仏教の寺院の出入り口にはカッと目を見開いて怒りの相を呈した神像がある。作品では3つのスクリーンのうち、中央のひとつは暗く、両脇のふたつには風景が映し出されている。なだらかな丘陵の稜線が神像の眉をかたどっていて、列車が両側から中央へと向かい、神像の目のように画面から飛び出してくるようなシーンがある」

作品中にときおり映し出されるサムイェー寺は、8世紀に建立されたチベット初の仏教寺院である。その寺院のふもとで発見されたという埋蔵経が20世紀に入ってから英訳されたのが『チベット死者の書』(原題:バルド・トドゥル)。

「『チベット死者の書』はこの世を去って次の生へと向かう者のためのマニュアルで、非常に長くより正確なタイトルは「in the between」(チベット語のバルド)で終わる。作品タイトルにぴったりだった。ひとは常にバルド(中有)をさまよっている状態なのだから。そして作品は前2作——生と死——の間に位置するものだから」

互いに干渉し合うことのない作品同士が、3部作という形式を与えられることでより大きなテーマを提示する。加えて、アーモンドの作品群は、まったく別のシリーズ同士が互いを引き立て合うことすらある。マシュー・マークス・ギャラリー(07年、NY)での個展では、「In The Between」とともに、空気圧で制御されるフリップ時計「Mono Chrono Pneumatic Red」(07年)を展示。時刻を表す前面は中国の象徴とも言える赤一色で覆われ、裏で時計を動かす複雑な構造はチベットの祈祷旗の5色(青、白、赤、緑、黄)で彩られている。中国とチベットをテーマにした映像作品と両者を暗示する色を纏った巨大な時計が共鳴して新たに生み出すものがある。むろん、その解釈は観客に委ねられているのだが。各作品が他者に依存せず完全に独立していながらも、他者と共存することでより豊かな様相を呈するのはアーモンド作品の美点と言える。

多作で多様な表現方法を用いる作家のこれまでの活動から、“3”という数字が重要な意味を持っているように思われる。列車に関するものだけでなく、南極をテーマにした映像作品「A」(02年)も3部で構成されているし、作家の両親をテーマにした映像インスタレーション「Traction」(99年)は祭壇のような形式(トリプティック)で提示される。「In The Between」でも3つのスクリーンを用いている。

“3”という数字が最初に現れるのは、伸縮する羽根を擁する初期の作品「Fan」(97年)のようだ。「『Fan』に羽根が3枚あることは“平等”とか“反対”という問題を回避する点で重要なんだ。各々の羽根が(正)三角形の頂点を成している。そして(正)三角形は円となり、円は正方形の中に収まる。主要な形が3つ重なる。そして祭壇の象徴でもある」

この発言から、作家がバランスを重んじることは想像に難くない。明快な概念を持って問題を提起しつつ、観る者に作家の美学を堪能させるダレン・アーモンド。そのバランス感覚ゆえに自立した作品同士が排他的にならずに引き立て合うのかもしれない。

Naomi Matsuura

Naomi Matsuura

Christie's Education (ニューヨーク)で美術史(19世紀以降)修士号を取得。それ以前にはステンドグラス職人として制作/修復に取り組んでいた。MA取得後、アジア・アート・アーカイヴ(香港)の日本担当リサーチャーとして活動。現在は編集者、翻訳家、ライターとして主に『ART iT』の編集に携わる。