未来の世界のあり方 – 別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」

今月14日に無事終幕を迎えた国際フェスティバルを振り返る

In Main Article 3 特集記事 by Haruka Ito 2009-06-24

温泉の街、大分県別府市で、6/14まで大規模な国際フェスティバル、別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」が行われた。この企画は、単に展覧会を行って終わりというわけではなく、別府の街に新たな風を呼び込む活動の一環として、長いスパンで構想され開催されているという。今回の企画のために、プロデューサーの山出淳也は、NPO法人BEPPU PROJECT(ベッププロジェクト)を立ち上げ、2005年より5年計画で下準備の企画を毎年開催してきた。フェスティバル開催前にも多数のイベントを仕掛け、今後も会場として使用した街の空テナントや民家などをを利用した展開を考えているという。

8組のゲストアーティストによる展示「アートゲート・クルーズ」の会場となった建物は、アーティストと一緒に街をまわり、ここが使いたいという要望をふまえてひとつひとつ交渉されたものだ。中には今後の利用も考えながらリノベーションしているものもある。その際、まったく変えてしまうのではなく、元の形をいかすことを考慮しながら修復保全を行っているようだった。例えばマイケル・リンが使った家は、これまで地上げの交渉もはねかえして維持してきた古い家屋なのだが、元の梁を生かしながら、安全性を保つ構造につくり直してある。マイケルの作品は2階にあるのだが、部屋に入っていく時にはその作品は見えず、畳に白いふすまと窓からの光が映えているのが見えているのみ。奥に入って振り返るとふすまの裏に、温泉や海の水色と別府でよく見るブーゲンベリアのピンクの花が鮮やかに描かれている。そうして、畳に座って体験した明るいマイケルの作品が別府の記憶に重なり残像として残る。会期後は喫茶やレジデンスとしての利用を考えているそうであるが、とても手のこもった演出だ。ディレクターである芹沢高志氏の都市計画への、計算ではなく地域の素材を生かすとはどういうことか熟慮した結果の取り組みと、山出氏の、別府を、アートを通して盛り上げていきたいという想いが相まって、細部にわたり、関わる人全てを通して愛が伝わってくる。それは温泉の泉質が体に入るように入ってくる。芹沢氏はディレクターズトークで、「この企画が何だったのかまだ整理がついていない。しかし、別府を引き出したいという想いでやっている」と話していたが、実際この企画を通して、別府の一端を肌で感じることができた。チャン・ヨンヘ重工業の映像作品は、竹瓦温泉の砂風呂に入って制作したそうであるが、昔別府に温泉旅行と称して一緒にきた男女が過ごした日々や、その思い出と共に別府に残った女のほろ苦い思いが、淡々とした語り口と言葉を通して伝わってくる。

インリン・オブ・ジョイトイの作品は、別府に数多くあったというお茶漬け屋を設定にしてつくられている。あえて会場から距離のあるところで集合し、雑多な飲屋街に案内されるところから始まり、インリンが着物姿で「エンゼル」の印字された扉の前でたたずむポスターを横目に細い路地を歩いていくと、現実にその店にたどりつく。お茶漬け屋の女将に扮したインリンが街を、追っ手から逃げて走り回る映像を、1階のバーに置かれた古いテレビで見た後2階にあがると、牢獄風の檻のむこうに赤い文字で呪文が描かれた部屋と女の息をきらした吐息。その奥に子供部屋と赤ちゃんを温泉で抱くインリンの映像。彼女は、お茶漬け屋の女将をしながらテロリストをしている姿を描きたかったという。エロテロリストとして活動して来た彼女の姿と、子供を持って生きるという心境、そして別府の街が相まってとてもいい作品となっていた。

彼らを選ぶにあたって、芹沢氏は、生まれた場所に住んでいないことを条件にしたという。新しい場にどのようにして溶け込み、そこで何を表現するのか、そのときの心の動き、思いやりといったものに、今後の世界のあり方を見ている。「混浴温泉世界」というタイトルをつけたのもそのためだ。そこに湯があることでつかのま共に過ごし、また去っていく。今後もあり続ける「湯」あるいは「地球」のために、思いやる気持ちと倫理が今生きる人間に大切なことなのではないか。


遠藤一郎浦田琴恵がコーディネーターを務める「わくわく混浴アパートメント」は、まさにそのコンセプトが現実になったものであった。まるでそのアパートが一つの有機体であるかのように、息づいた、活性化した空間になっていた。総勢120人もの作家が、入れかわり立ちかわり訪れ、共に時を過ごす。3ヶ月ずっと滞在するものもいれば2、3日とつかの間を過ごす人もおり、事情も様々だ。その中には作家もいれば、キュレーターや編集者もいる。どんな人も受け入れる場がそこにはあり、その場を、「湯」を維持するように毎日こまめに丁寧にみていくのが二人のやり方だ。それは、「キュレーション」や「ディレクション」といった言葉からイメージする、方向づけのあり方とはひと味違う、とてもさりげない優しいあり方なのであるが、彼らがつくりだす空気であり場こそが、アパートの魅力をつくっているとも思う。

例えば、私が2ヶ月ほど前に出会った淺井真至は、出会った頃は仕事を辞めたばかりでどうしようか、ちょうど時間があるから別府にいってはどうかという感じで、最初の頃はあまり人と積極的に話す感じではなかったけれど、1ヶ月後訪ねたときには、驚くほど生き生きした顔で、しかも、絵を描くようになっていた。それは、別府の温泉やアパート、近くにある滝が鮮やかなやさしい色で襖に描かれたもので、みているだけで楽しさが伝わってくる。彼は毎日アパートに滞在して、誰よりも丁寧に新しい動きを捉え、次々と増えていく作品を愛でていた。

また、幸田千依は、到着してしばらくは何をつくればいいのか考えていたようであったが、ある日、朝日を見に行きたいと早朝海に出ていき、それがとても良かったと言って、朝日と、一緒に見に行った鉄輪の温泉の様子を、1ヶ月がかりで大作に描いていた。連日誰より早くから描いていて、ちょうど誕生日の前々日に描き上がった。
アパートでは毎日誰かしらがご飯をつくり、誕生日は皆で祝う。シェアしようという気持ちがある。誕生日の幸田の様子はとてもすがすがしく、ひとつ山を越えた顔をしていた。ここには毎日人間の豊かな情感がある。

水川千春は初期の段階からずっとアパートにおり、毎日アパートを見守って来た一人であるが、彼女は作品が変わって来たそうだ。これまでより、自然のものに目がいくようになったという。彼女は温泉の残り湯を用いて、その結晶で宝石をつくったり、あぶりだしをして作品をつくっているが、湯の中にできる藻や苔に興味を持ったという。それは、八幡朝見神社や、銭湯のタイル、そういった目に入るものから自然の流れでなったようだ。アパートの皆は、日々何かを考え、現在進行中だ。しかし誰しも、自分がここで何ができるか考え、そこのものを見、何かしていこうとする。自分が受けた刺激に対し、自分が何を応えることができるのか、真摯に向かうべく雰囲気がある。それこそが、アパートの凛とした魅力であり、二人が守っていることなのだと思う。

遠藤は必ず到着した人間をまずは鉄輪につれていき温泉にいれ、禊とすると言っていたが、そういった心構え、けじめのつけ方、そういった一つ一つのことが作用しているのだろう。
きっとここで起きた出来事は一人一人にとって奇跡であり、とても大切な経験に違いない。それは万華鏡のようで描ききれないが、光をはなつ宝石のような、あるいは流れやまぬ川の水のような、尽きぬ引力となる。人がいきいき生きるに勝るものはない。それを見せてくれて本当にありがとうございました。そして、みんな本当にお疲れさまです!

Haruka Ito

Haruka Ito. 1979 年生まれ。magical, ARTROOMディレクターを経て、islandを2010年1月よりスタート。 展覧会の企画開催、アートフェアへの出展、MAGなどの本やCDの編集出版や『magical, TV』などのイベント企画、作家のマネジメントなど時に応じてやってきました。『ART AWARD TOKYO』や『THE ECHO』『BEAMING ARTS』の運営、『101 TOKYO』にもクリエイティブディレクターとして携わりました。 ≫ 他の記事

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