再生されるモニュメントたち – 西野達インタビューPart2

まもなく個展が会期終了を迎える西野氏へのインタビュー後編

poster for Tatzu Nishi

西野達 「バレたらどうする」

東京:その他エリアにある
URANOにて
このイベントは終了しました。 - (2009-05-09 - 2009-06-13)

In Main Article 3 インタビュー by ダリル・ジングウェン・ウィー 2009-06-05

前回に続き、ARATANIURANOにて「バレたらどうする」展を開催中の西野氏へのインタビュー後編です。
西野達 「バレたらどうする」
 exhibition view at Arataniurano, Tokyo (2009)今回の展示は日本のギャラリーで作品を発表する初めての機会だと思いますが、これまで制作されたインスタレーションは殆ど屋外、あるいは公共スペースでしたよね?

そうだよ、作家活動を始めてこの10年、ほぼ屋外で作品を発表してきた。この2, 3年は美術館やギャラリーでの話しを受けるようになったけどね。

(リバプール市内にあるホテル、Villa Victoriaでの展示の様子を写真で見せながら)
例えば、これはリバプールビエンナーレの作品の記録写真だけど、ビエンナーレ期間中の2ヶ月半は、実際そこに泊まれるようになってたんだ。一泊8,000円の価格設定でオープンの2-3週間前から予約の受付を始めたけれど、あっという間に満室になったよ。

宿泊されたお客さんはアート業界の方が多かったのですか?

いや、そうではなく、リバプールの市民が殆どだったはず。普段見慣れたモニュメントのホテルに泊まってみたいと、リバプール市民全員が思ったのでは?リバプールに母親が遊びに来るので娘さんが母親のために予約したりとか、銀婚式のパーティーをそこであげた人もいたみたい。

この作品内には、ビエンナーレ来場者が普通に入ったりすることができたのですか?

日中はだれでも見学できるようになっていたよ。宿泊予約した人は、19時にチェックイン、そして翌朝10時のチェックアウトまで、Villa Victoriaを完全にプライベートに使用できるんだ。女王と一晩一緒にすごせるというわけさ。ホテルだからチェックインの前とチェックアウトの後に清掃が入っているよ。

要するに、公共でもプライベートでもないスペースだったんですね。

作品のコンセプトは公共の広場・モニュメントをホテルルームというプライベート空間に変容させようとする試みだったんだ。

これまで主に制作された作品では、記念碑や銅像など、いわゆるモニュメントのようなものを作品に取り込んできたと思いますが、それらに注意を向けさせようとした着目点が面白いと思いました。

例えば、このQueen Victoriaのモニュメントは、2、3分歩くと市庁舎が立っているような町のど真ん中にあるのだけど、空間自体は全然使われていなくて、クイーンの銅像は鳩の糞だらけ、寄ってくるのはジャンキーとかホームレスだけといった場所なんだ。彼らを排除する気はないけれど、町の良いスペースが限られた人々に使われているだけなんて残念じゃない?この場の別の使い方の提案をしたんだ。
ホテルと港町に、人が集まってはまた去っていく一過性という共通の特徴を見たので、リバプールにホテルを作ろうと思ったわけ。

この広場は元々リバプールのパブリックスペースとして作られたと思うんですが、それがどんどん使われなくなって寂れてきています。西野さんの作品はそのような空間を再生させる力があると思いますが、今住んでいらっしゃるドイツにも同じような状況があるんですか?

世界中どこでも寂れていく空間はあるはず。時代とともにより洗練された広場が出来ていくしね。

ドイツに限らずヨーロッパには駅前、町の中心、市役所の前など人が集まるような広場に、元市長や王様、あるいはその町の芸術家とか、モニュメント彫刻がよく立っているんだ。

建てられた当時はもちろん場の主役だったと思うけれど、そこで暮らす人々は毎日その前を通り過ぎているので、モニュメントの存在をだんだんと忘れていってしまう。日常生活に溶け込んだといえば聞こえは良いけれど、人々はあらゆるものに飽きやすいんだ。あるいは飽きないと日々の生活をやっていけないのかもしれない。そうやって日々見たものが忘れ去られていく。

イギリスでプロジェクトをした時、たまたまいた中学生ぐらいのクラスに向かって、「モニュメントはどこにある?」とキューレーターが聞いたら、誰も答えられなかった。本当は町の一番目立つ場所に立っているんだけどね。

この一番最初に実現したプロジェクト(1997年/ケルン)のときも、観客に僕が何をしたか説明すると、毎日この像の脇を行き来しているサラリーマンは、初めてそのモニュメントの存在を知ったと言うんだ。彼が生まれる以前から像は立っているのにね。

芸術とは新しい見方を常に人々に与えるものだけど、それを通して古いものが再発見されることもよくある。

西野達《Life's Little Worries in Yokohama》(2009) h155.8 x w104 cm, C print観客の反応は日本とヨーロッパとは違いますか。

ヨーロッパの人はオープンなので、喜んでくれた人は握手してくれたりとかプレゼントを送ってくれたりとか、日本人と比べて反応がオーバーだよ。でも(日本と)同じように、プロジェクトを知って、ものすごく怒る人もいる。町の税金で何するんだとか、俺は公園が大好きなのにこんな怪しいものを作っては困るとかね。

日本でもヨーロッパでも、今までの経験だと計画が発表された時点で町の意見は真っ二つに分かれる。好きか嫌いかのどちらかなんだ。でもオープニング(で作品を見るの)を境にほぼ100%の人が作品を気に入る。反対運動をしていたグループが完成した作品を実際に見て気に入り、宣伝活動までしてくれるようになったことは1度や2度じゃない。
横浜トリエンナーレの時に見せた中華街の会芳亭のとき (中華街に宿泊体験型アート作品、「ヴィラ會芳亭」出現-ヨコハマ経済新聞) 以外は、日本では今のところはそういう極端な反応は無いかな。

外国ではお目にかかれない日本人だけの反応としては、作品が無いかのように一瞥もせずその脇を通り過ぎるというのがあるね。自分の許容範囲を超えたものには関わりたくないのかも。

たくさんの人が気に入ったからといって良い作品だとは言えないけど、俺は普段芸術に興味のない人に作品を見せたくて外へ出たのだから、一般の人が作品を見に押し寄せてくるのは悪い気はしないよ。それは芸術の話とはまた別の次元の話なんだ。

今度もし日本で何かプロジェクトを頼まれたら、やはり一番注目されそうな場所を選びますか?

注目される場所を選んでいるわけではないけど、ちょうど今日本で進めているプロジェクトはそんな場所にあるよ。今まで日本で実現してきたプロジェクトは、街の許可が取れなかったから、ほとんど私有の建物の上に作ったものなんだ。だから一度日本の公共の場所で、さらに日本ではまだ実現していない銅像を使って、作品を発表したいと思っていた。

これは久しぶりに自分から動いたプロジェクトだよ。実現までこぎつけるかわからないけど、たくさんの人が協力してくれていて感謝しています。

– ありがとうございました!

【関連記事】再生されるモニュメントたち – 西野達インタビューPart1
【参考URL】 www.tatzunishi.net 西野達氏のウェブサイトにてインタビュー中に触れた過去の作品をご覧頂けます

ダリル・ジングウェン・ウィー

ダリル・ジングウェン・ウィー. 1981年シンガポール生まれ。2006年ハーバード大学仏文学学部卒業後、東京に移住。主にアート、建築及びデザインをテーマに執筆者、翻訳者として活躍中。 ≫ 他の記事

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