公開日:2010年12月24日

ART IN THE OFFICE 2010

日本初!?会社で滞在制作、プレスルームを飾る現代アート公募プログラム

今年で3年目を迎えた「ART IN THE OFFICE」という公募企画は、他に見ることの無いマネックス証券会社独自の現代アート支援活動だ。東京丸の内にあるマネックス証券本社内のプレスルームに1年間作品を展示できる機会を若いアーティストに提供しており、公募プログラムとして広く募集を行っている。マネックス証券は2009年に10周年を迎えたばかりの新しい証券会社だ。証券会社というと堅いイメージがあるが、マネックスの行っている現代アート公募プログラムを知ると、そんなイメージは払拭され、ずいぶん自由で懐が深い!と驚いてしまう。また、本プログラムは現代アートの事業を手がけるNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]が企画協力を行なっている。
今回は、11月25日に開催される特別公開イベントに先駆けて、受賞したアーティストの中田周作さんが手がけたプレスルームを見せていただき、作品についてもお話を聞く機会をいただいたので、公募プログラムと併せて紹介したい。

マネックス証券プレスルームに展示されている中田周作氏の選出作品[1000s]
マネックス証券プレスルームに展示されている中田周作氏の選出作品[1000s]

このプログラムのポイントは単なる制作費の丸投げの支援活動でもなく、いわゆる公募展とも違い、NPOとの連携で実現した新たな形のアート支援という意味でも注目に値する。作品ではなく「作品プラン」を募集するという形態もプレスルームの一室を展示室として使用する場合においてはなかなかリスクがあるように思うが、選ばれた作品について設置に最適な方法をアーティスト、マネックス、そしてアートNPOが一緒に考えるというプロセスや、現地制作を補助するような形式もなかなか珍しいと感じた。審査会では、作品プランを見て、リスクがあっても成功したらおもしろいものが出てきそうな作品に賭けるという傾向があるそうだ。確かに過去2回の受賞者を見ても「作品の傾向」といえるものは存在しないように思える。

制作過程の話を聞くと、幅10メートルほどの曲面の壁への展示とあって、現地で制作するというプロセスが必要になってくるとのこと。約2週間ほどアーティストが現場に通って制作をするそうで、作業中にマネックスの社員の方とコミュニケーションを取ったり、社員の方は制作風景を実際に見学したりということが行われていたという。アーティストは社員の方が働く時間に制作するので、平日の午前9時から午後5時までオフィスで作業をしたそうだ。アーティストの中田さんは「契約書を交わしたことや、9時から5時に会社に滞在制作するなどの経験も新鮮だった。」と話していたのが印象深かった。アーティストも社員の方も、垣根を越えたコミュニケーションに新鮮な驚きを感じるのではないか。さらに20名ほどの社員の方がモデルとして今回のインスタレーションに登場しているというのも、まさに滞在制作ならでは!

マネックス証券プレスルームでの制作風景
マネックス証券プレスルームでの制作風景

そんな制作過程を経てできた作品は、プレスルームという、メディアを通じて一般の方の目に届く場所に約1年間展示される。プレスルームを訪れる方の反応としては、まずはその試み自体に関心をもってもらえ、話題のきっかけにもなるとのこと。この試みとマネックス証券の社風が重なるのも、メセナ活動をやる必然性につながっている。象徴的なのは、MONEYのYを1字進めて「MONEX」という一歩先の未来の金融を意味した社名だ。アートの支援も、未来につながるよう、若いアーティストを支援することに力を注いでいるというのもうなづけるではないか!企業がどのようにアートにコミットするか、いろいろな例がある中で、マネックス証券の試みは作品をコレクションするという形式とも違う、新たな展開を生み出すきっかけになるだろう。

さて、今回選ばれた中田周作さんの作品は「1000s」(サウザンズ)というタイトルで、曲面のプレスルームの壁面に展示してある。見ている者をぐるりと取り囲み、降りかかってくるようなインスタレーション作品で、視線でディティールを追いながらも、作品を「体感」しているような気分になる。丸の内周辺でのリサーチや、社員の方をモデルにドローイングを行い、それをモチーフに作品は構成されている。人々も街の風景や樹々も全てが同次元に出現し、一つの宇宙のように描き出されており、彼を包括する世界を、観客が俯瞰して把握するようでもある。

作品ディティール。スーツ姿のサラリーマンなども描かれている。(撮影:柴田さやか)
作品ディティール。スーツ姿のサラリーマンなども描かれている。(撮影:柴田さやか)





中田さんは、武蔵野美術大学では彫刻を専攻していた経歴があり、筆者は運良く学生時代の作品なども拝見したことがある。日々描き貯めた日記のようなドローイングを構成してインスタレーションを展開していた。また卒業制作では巨大な鉛筆画による平面的な世界が、立体に立ち上っているような強烈なインスタレーションを発表していたことを思い起こすと、このような平面を基本として作品展開に至ったのは多少意外とも思える。しかし作品の根底にある世界は同じで、彼独自の視点でとらえた世界へのまなざしは、少しグロテスクで、世界が枝葉のように伸びていき広がっていく。彼の思考が少しずつ観客の頭の中に侵入していく、そんな印象を受けた。

五感や身体にうったえかけてくる体感や、風景や人々が同列に登場する曖昧で境界が揺らいでいくような世界について質問すると予想外の答えが返ってきた。
「映像の勉強をしていたとき、海外ドラマのDVDをたくさん見ていたことがあって、日本のドラマがフレーム(ストーリーの枠組み)の中だけで完結しているのに比べて、海外ドラマはフレームの外まで言及しているのが面白く、自分の作品とつながると感じた。例えばフレーム外のストーリーや、脇役のエピソード、登場人物が引き起こす出来事の可能性まで末広がりに展開していくようなところが。」
時間軸を体感しながらも、樹木の枝のように広がっていくドローイング作品には、いま、彼が見ている世界以上のストーリーがあり、広がりがある。捉えにくい曖昧な世界もどこかでつながり、確実に存在している。そんな風景と時間を同時に創出している。

中田さんに今後の作品の展開を伺うと、「『美術』を通して、物を見る目にとらわれているので、そこを外していって単なるおもしろいものを作れればいいと思う。」とのこと。大学時代は彫刻学科に籍をおき、彫刻的なものの見方を叩き込まれていたので、それを外して制作をしていたというが、彫刻から離れ、平面的な世界観を打ち出している今は、さらにその世界観を打ち壊そうとしている。更なる展開も期待できるだろう。

インタビューを受ける中田周作氏(撮影:柴田さやか)
インタビューを受ける中田周作氏(撮影:柴田さやか)

本当に少しずつ彼の世界に浸食されていくようだったが、そんな実験的な空間は、東京駅を眼下に見下ろすことのできるビルの一室に存在する。普段は、中田さんの作品を背にどんな会議や取材が行われているのだろうか?真面目な会議の場に少なからず影響を及ぼすのではないか?と考えるとわくわくした。

ART IN THE OFFICE 2010
[展示期間] 2010年6月-2011年5月まで(原則として一般には非公開)
[会場] マネックス証券本社内プレスルーム
[主催] マネックス証券株式会社
[企画協力] NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
[URL] ART IN THE OFFICE 2010
[作品閲覧に関するお問合せ]
マネックス証券マーケティング部 TEL:03-6212-3800 PR担当 町田

Sayako Mizuta

Sayako Mizuta

1981年東京は大森生まれ、今も在住。武蔵野美術大学大学院を難波田史男とドローイングについての研究で修了。若手アーティスト支援の仕事を経てインディペンデント・キュレーター。ART遊覧(http://www.art-yuran.jp/)でもレビューを掲載。展覧会企画として、あいちトリエンナーレ入選企画「皮膚と地図」(http://skinandmap.blogspot.com/)、共同企画「柔らかな器」(http://yawarakanautsuwa.blogspot.com/)がある。のんびりした猫と同居。 e-mail: mizuta[at]gmail.com