音楽は自分たちがつくることだってできる表現活動
—— 大友良英「千住フライングオーケストラ」

アートアクセスあだち「音まち千住の縁」アーティストインタビュー

In 特集記事 by 東京文化発信プロジェクト 2012-10-21

10月27日、大友良英は荒川河川敷を舞台に「千住フライングオーケストラ」の大演奏会を行う。昨年度から彼が参加するアートプロジェクト「アートアクセスあだち『音まち千住の縁』」は、このイベントを皮切りにメイン会期をスタートする。足立区千住を中心に展開されているこのプロジェクトには、同じく昨年度から参加する足立智美、大巻伸嗣、野村誠に加え、今年度は、ASA-CHANG、スプツニ子!、八木良太、やくしまるえつこが新たに参加。規模を拡大し、アート、音楽の分野で活動する8組が「音」をテーマにライブイベントや作品展示などさまざまなプロジェクトを12月初旬にかけて展開する。

9月12日には開催に先立って、参加アーティストの中から大友良英、スプツニ子!が出席し、これからスタートするプロジェクトを紹介する「記者発表会」が東京藝術大学千住キャンパスにて行われた。

スプツニ子!は、Twitter で呼びかけた地元のラッパーたちがガイドになるバスツアー & HIPHOPライブ「ADACHI HIPHOP PROJECT」を展開する。「ラッパーたちが、自分たちが住む千住にはこんなすばらしいところも、こんな変わったところもあるよ、って街をめぐりながら紹介します。彼らのいろんな街の愛し方を体験できるのでぜひ遊びにきてほしい。メディアで不良の印象をもたれやすいヒップホップのイメージを、ユーモラスにヒックリ返しちゃう感じ!」

彼らがMCとして出演するHIPHOPライブでは、一人の女性をめぐって「口説きMCバトル」などが行われる予定だ。ロンドンと東京を行き来しながら活動するスプツニ子!は、足立区にはこのプロジェクトで初めて訪れたという。地元愛あふれるラッパーらと出会って、住みやすそうでアットホームな街との印象をもったそう。足立区がもつ特色を、この地域に住む人たちでどうやって継続して発信していけるかが重要だと語った。

今回は、記者会見にて「千住フライングオーケストラ」で演奏する楽器「音の出る凧」を披露した大友に話を聞く。

(TABlog ライター ユミソン)

大友は、ターンテーブルを用いた実験的な音楽活動にとどまらず、即興演奏のテクニックを用いた知的障がい者との音楽ワークショップ「音遊びの会」、“非専門家”たちとのコラボレーション、遠藤ミチロウ・和合亮一らとともに自身が10代を過ごした福島にて「プロジェクトFUKUSHIMA!」を展開するなど活動は多岐に渡る。

彼は今回、有志メンバーで結成した「チーム・アンサンブルズ」と一年をかけて取り組んできたプロジェクト「千住フライングオーケストラ」の集大成として、荒川河川敷・虹の広場にて大規模なパフォーマンスを行う。大空に揚げた「音の出る凧」や「音の出る空飛ぶもの」からさまざまな音が地上へと降り注ぐ。当日は、遠藤一郎、バッキバ!、チャンチキフライングホーンズも参加する。

チーム・アンサンブルズは千住だけでなく福島や東京国立近代美術館などでも演奏を行なってきたが、このチームは毎回プロジェクトごとに公募されるメンバーで構成され、彼らは表現のプロフェッショナルではない。大友はなぜ“非専門家”たちとのコラボレーションに深く関わるようになったのだろうか? ターニングポイントは、2000年、シンガポールでのワークショップにあった。

──演奏に凧を使うアイディアはどうやって?
これは、僕から出たアイディアじゃないんですよ。一年くらい前ですけども、集まったチーム・アンサンブルズの中から凧を揚げようって話が出てきて、面白そうだったから。でも、こんなに難しいとは思いませんでした。

──音まち千住の縁から参加のオファーがあったとき、初めは断られたそうですが。
去年は福島での活動もあって、他のプロジェクトにはあんまり関われないって思ったのね。それで、がっつり関わるのはムリですって断ろうと思ったんだけど、強い要望があって。なので、僕がやるということではなく東京藝大の学生たちや千住に住んでる人たちが中心になって動くような形、そういう人たちと一から考えていけるプロジェクトが出来る枠組みを一緒に考えていただけるならという条件で参加を決めました。

■ 自分を表現するのではなく、状況設定をつくる

──「チーム・アンサンブルズ」には、地域住民の方たちも演奏者として加わっていて、そういった参加者を大友さんは、いわゆるプロと区別して“非専門家”と呼んでいますが、このような活動をはじめたきかっけについて教えてください。
きっかけは、2000年にシンガポールであった「Flying Circus Project 」というワークショップでのある出来事でした。僕の他にも、メレディス・モンクさんや舞踏家の田中泯さんから中国奥地の伝統音楽の演奏家までいろんな人たちが参加する、そんなワークショップでした。そのワークショップの参加者の中に、ちょっと周りからうきまくってる地元のシンガーの女の子がいたんです。はっきり言って、彼女の歌は面白いとは全然思えなくて、彼女が歌いだすと、かなり微妙な空気になってしまうんです。僕もなんでこんなド素人みたいなのが参加してるんだろうって思ってました。彼女が歌って、みながしらけてるそのときに、突然ザイ・クーニンという、やはりシンガポールで活動するアーティストが彼女のそばで踊りだしたんです。その瞬間に、微妙な空気が一変したんですよ。彼が踊ることによって その空間が別世界のように開いてその子の居場所ができた。今思うと、多分ザイは怒ってたんです。彼女の存在をうとましく思うアートエリートたちの視線を。彼は悲しい目をしてました。そのときに、表現っていうのは、こういうことだよなって思ったんです。自分を表現するとかじゃなく、瞬間的に状況設定をガーンと変えてしまうことで、それまで居場所のなかった子がいられるようになる。それは僕の中では人生が変わるくらい大きな経験でした。それがすべてのきっかけです。その後、2005年には神戸で活動している「音遊びの会」に参加することになるんです。知的障がいをもつ子どもたちとともに即興演奏をするグループなんですが、その中で経験していくさまざまなことが、考え方を大きく変えていくきっかけになりました。

僕の音楽活動はアバンギャルドなジャンルにカテゴライズされることが多いけど、とはいえお客さんからお金を頂いて見せるという点では、プロフェッショナルなエンターテイメントだと思うんです。だけどシンガポールでザイ・クーニンがみせた出来事であれ、音遊びの会であれ、これらの表現はエンターテイメントとは全然違う。自分がこれまでやってきた世界とは全然違うんだけど、本当の意味で自分自身が求めてる表現の本質みたいなものは、むしろ、そういう場所で起こることのほうに色濃く出ていて、はるかに興味をひかれるというか、こういうことともっとちゃんとお付き合いしてくべきだなって思ったんです。

──この二つの出来事をきかっけに、“非専門家”のアーティストたちとの表現活動に面白さを覚えて、音楽業界にとどまらずアート業界へとジャンルをまたいだ活動に移っていったと。
エンターテイメントの世界ってオリンピックみたいなもので、すごい音楽家なんて世界中にいっぱいいるんです。音楽フェスティバルに行けば、次々に新しい才能が出てくるし、そういう世界はもちろん面白いし、自分も今でもそんな中でやってる一人ではあるんですよ。それは僕が望んでやってきたことだから全然いいんだけど、そうではない表現がある。というか、表現と呼ばなくていいとすら思うのですが、そういうものをたくさん見ていく中で、単に自分の活動が音楽の活動の中では収まらなくなったということだと思います。決してアート業界にまたがったってことでもなく、そもそもアートの業界でなにかやってるわけじゃない。ただ、アートプロジェクト側から声がかかってくる機会が増えたってのは事実です。でも、それらは大抵、税金を使うものなわけですよ。僕が関わるような音楽の世界では税金を使うなんてありえないことで、だからそのことには今でも大きな違和感があります。税金を使って個人的な作品を作るってことには大きな疑問があって、だからそこで個人的な音楽作品を作ろうとは全然思えない。経済効果とか、そういうものを出すことが僕の専門でも目的でもないわけで、じゃあ、この税金はどうして出てるのか。そして、そのお金で自分はなにをすべきかの納得いく答えを探すと、地域とのつきあい方を考えざるをえないわけで、その中の自分なりの回答のひとつが、専門家ではないその地域の人たちと音楽をどうつくっていくかということになってくんです。そして、それがちょうど、ここのところの自分の興味と合致してるからこそ、そういう依頼も来るのかもしれません。でも決してアート業界といえるような世界があるとして、そこと仕事をしたくてそういう選択をしてるわけではないです。

■「誰でも物をつくる現場に参加する可能性をもってもいい」 つくられた文化との関わり方を考え直す

──大友さんは、みんなで演奏することそのものをアートや文化として発表していますね。
文化は自分たちでつくっていかなきゃダメなんですよ。でも現実は文化は誰かに与えてもらうもの、正確には中央から届けられるものになってるように思えます。巨大なテレビ局が日本中に同じ番組を流す、ファミリーレストランが日本中に同じ味を届ける、イオンに行けば日本中どこでも同じ物が買えるとか。もちろん先人たちは少しでも世の中を良くしようとして、こういう社会を作ったのかもしれません。みんな同じものを享受できる社会というのは、不平等な社会だった頃には理想だったのでしょう。でもこうやって作られた社会が不平等ではないかといえば、全然そんなことはなくて、ものすごい格差を生み、結局は経済効率だけでうごく社会を生んでる。きっと物事をキチッとして効率をあげて、採算を取ろうとした真面目な努力の挙句がこういう社会をつくっていったのかもしれません。でも、これ、一体誰がこんなので幸せなんだろうって思っちゃいます。なんでもキッチリして、余計なものを排除していけば世の中は良くなるかっていえば、全然そんなことはない。そうはできない人は社会からはじかれちゃって、結果とても不自由な、自分自身で文化ひとつつくれない社会になってしまってる。僕はよくいろんな現場で「ゆるくしたい」って言ってるんですが、それは適当にしたいって意味じゃないくて、今の世の中がキチッとやってると思い込んでいる効率のよさみたいなものの落とし穴に、大人たちがはまってることへの抵抗でもあるんです。効率よくエネルギーを作るって言って原発作って、こんなに環境汚染しまくって、何がちゃんとした世の中だっていう怒りみたいなもんが根底にはあるのかもしれません。

ゆるくっていうのは「誰でも物をつくる現場に参加する可能性をもってもいい」ということにもつながると思っています。例えば、音楽フェスに行ったらそこには初めからステージがあって客席があるわけじゃない? そこでは、すてきな音楽を誰かが与えてくれる環境が整ってるわけです。でも、そんな過保護なことしないで、例えばお客さんもミュージシャンも自分たちでいちからステージを作ってもいいわけで。例えばなにもない原っぱでミュージシャンが演奏しだして、その場所を観客が取り囲めば、そこが自然とステージになっていく。本来、人間ってそんな風に自分たちでそれぞれ物を作ってたと思うんです。それを今忘れちゃってて、全部、初めから与えられてるのが当たり前になってるけど、それでいいのかなって僕は思う。

それと、もうひとつ大切なのは音楽って与えられるだけじゃなくて、実は自分たちで演奏したり歌ったりするものだってことなんです。音楽が商品として大量に流通したのなんて、ほんのこの100年くらいのもんで、それ以前の音楽のあり方は、全然違うものだったはずです。いつのまにか僕らは自分たちで音楽を作る力を萎えさせてしまったんじゃないかって思うんです。自分でやる音楽がカラオケだけで本当にいいのかなって。大量に提供される音楽があってももちろんいいけど、もう一方で、そういうものとは全然別の面白さをもった、自分たちで作る音楽があってもいいと思うんです。

■アートアクセスあだち 音まち千住の縁「千住フライングオーケストラ」
日時: 2012年10月27日(土)13:00~17:00
場所: 荒川河川敷・虹の広場(ほか、まちなか数カ所でパレードを開催)
出演: 大友良英、遠藤一郎、バッキバ!、チャンチキフライングボーンズほか
http://aaa-senju.com/


TABlogライター: ユミソン ふにゃこふにゃお。おとめ座・現代美術家・独学・こぶし(ネコ)と一緒に東東京在住。インスタレーションや言葉を使った作品を制作。「ユミソン制作キロク」に日々のことを書いてます。

写真協力: アートアクセスあだち「音まち千住の縁」事務局

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