公開日:2014年11月12日

エスパス ルイ・ヴィトン東京「IN SITU – 1」ソ・ミンジョン インタビュー第2回

無に向かう時間の断面図

エスパス ルイ・ヴィトン東京で初のオープンアトリエ形式での展覧会「IN SITU – 1」。会期中に3回に分けアーティストのソ・ミンジョンに話を聞き、レポートしていく第2回をお送りする。

©Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat
©Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat

■今日は二回目のインタビューなのでラフに伺いたいと思います。まず、9月から約2ヶ月制作を行ってきて手応えはいかがですか?

想像通りにできています。公開制作ははじめてですが、最近見られているだけでなく、自分からお客さんを見ている意識もあります。最初は見られる対象になっていましたが、最近はその境界線がなくなってきました。エスパスの空間がおもしろくて、入ってくるとどこにも隠れる場所がありません。だから、お互いに対等になれるように思います。どちらが舞台でどちらが観客席なのかわからない感じです。通常展示を見に行くときには、お客さんは何かを見るために行きます。でもここではお客さんも見られる側でもあるので、私がお客さんの顔を見るとびっくりしていますね。

■スタッフの方と合わせて3人で制作されているので、誰が作家なのか分からないですね。声をかけてくるお客さんもいるんですか?

最初はいましたが、最近はあまりいないですね。ずっと切ったりする制作で下を向いているので、声をかけづらいんじゃないですかね。

■滞在制作というとコミュニケーションを生むことが目的の一つなのに、あまりコミュニケーションがないんですね。

外国人の方で直接聞きたいという方はいますが、日本人の方は声をかけちゃいけないムードだと思ってるみたいです。もちろん声をかけてもらってもいいですよ。

■建物自体は完成しているのですが、私が想像していたものと違いました。本当に鉄骨だけですね。これまでのインスタレーションでは、本当にある建物を元に作られていたので、存在感がありましたが、今回は非実在の抽象的な建物になっていますね。

今までは建物が持っている社会的背景や、歴史的意味が人をひっかけるフックになっていました。過去作での「売春宿」ならそこにいる女性たちを開放するというニュアンスを感じ取ってしまいますよね。でも、そういう意味だけではなかったんです。今まで実在するものだったので、存在感があるように思えましたが、それは外壁だけだったんです。今回は中身なんです、しかも骨組みです。そこには、実在しないにも関わらず存在感があるんです。

■建物の中に入るととても不思議な空間でした。まず、スケールが一般の建物と違いますね。天井高がかなり低い。あのスケールはどうやって決められたんですか?

主に、エスパスの空間の中でどのくらいのスケールがいいか、そしてそれが爆発したときに飛ぶ量を考えて幅や量を決めました。だから、多分建築家の方がみると天井が重すぎるとか柱が一個いらないとか言われると思います。でも、これは結果的に飛んだときの絵画性を考えてそうするしかないと思いました。たとえば、ダヴィデ像も比率的にはおかしいですよね。私は建築家ではないので、人を住むところを作りたいわけではないですから。

■今回の建物のイメージは何かを参考にしたということはないんですか? 展示会場の壁に写真が張られていますよね。その中にはいくつか福島のものが含まれていると思います。それから、竹の足場の写真もありますね。鑑賞者はあの写真でかなりイメージが誘導される気がするんですがどうでしょうか。

少しはあります。震災の後の画像などは見ています。鉄筋コンクリートではなく鉄骨にしたのも、画像を見て、だいたい鉄骨だけ残っていたから今回のような建物のイメージになりました。
あれは私が参考にしたいので貼っているだけです。アトリエでもそういうリサーチ画像を張ってあるので、その状況そのままです。たまに意味のない写真もあります。

■爆発したときの飛び方も、先に計算しているんですか?

爆発よりも先に建物のイメージがあります。だいたい爆発の中心がどこなのかを決め、その上で、人が入ってきたときに爆発を受けるような形にします。正面に広がっていくような形ですね。
今回は細い鉄骨が前に飛ぶようなイメージで、そのために足場を前に建てたりしています。

■今回は特に建物が想像で作ったものである上に、さらに鉄骨だけなので、観客には分かりにくいと思います。同時に、爆発するイメージを想像すると、実在しないがゆえに鑑賞者がストーリーを勝手に読み込んでしまうものでもありますね。

それは歓迎です。エスパスの窓の向こう側には建物がたくさんあります。そんな背景に鉄骨の骨組みを見ることになります。私がエスパスの中に通常の建物の外壁を作っても、それは同じイメージの繰り返しにしかなりません。外側に無機質な建物の外壁があって、中に鉄骨があると初めてイメージがつながると思います。

■ふつうの建築の鉄骨は金属の色をしているので、存在感があって重いものに見えますが、今回の発泡スチロールは軽いようにも見えるのですがどうでしょうか。

人間の骨の色も白いですよね。だから、重いとか軽いとかは、色とは関係ないと思います。人間の骨を見ながら軽いとは思わないでしょ。だから、建物の骨は鉄できているから重いんだという先入観だと思います。

■爆発する前の状況を展示するのは今回が初めてですか?

展覧会として人に見せるのは初めてですね。

■現時点では、建物が完成しています。でも、それは壊すことを目的としたものだから、中間的な地点にあるものです。そういう曖昧な状況から鑑賞者には何を受け取ってほしいと思っていますか?

公開制作と、私が思っている無になるまでの時間の断面、爆発の瞬間の断面を見せることが重なっています。爆発というゼロに向かうこと、展覧会が終わったら廃棄してしまう、その段階の断面図だと思っています。

■時間があってその間をスライドショーとして見せているということですね。

それが公開制作ということですね。

■今回は来場者がその場で写真を無料でプリントアウトできるようになっていますね。

それはエスパスのアイディアですが、コンセプトにすごく合っていますね。

■建物の手前に足場があるのは、建物を立てている状況を表しているのですか?

それも曖昧ですね。作るための足場なのか、撤去するための足場なのか。足場は何かを支えるためにあります。でも、支える建物をなくすためにもある場合もあります。

■驚くほど細かい作業をされていますよね。なぜあそこまで執着するのですか?

変なんだけど、プロ意識かな(笑)そうしないと自分が気に入らないんです。使わないパーツかもしれないし、捨てるかもしれないし、踏まれるかもしれないのですが、作るからには私は完璧に作りたいんです。たとえば、爆発するものをそのまま再現する作業となると、壊れたかのように削っていく。それは、彫刻家のような作業ですね。起こった現象を再現するために作業をする。でも、私は本当に壊すんです。それがそのまま表現になるんです。だからこそ完璧にやりたいんです。

■壊れているように見せるのではなく、本当に壊すんですね。建物が壊れるときには色々な壊れ方がある中で、爆発という内部から壊れるイメージを選択されているのはなぜですか?

マンガでもそうですが、爆発の表現では、中の空気を書いたり、あるいは外の線を書いたりと、色々な表現があります。ポリウレタンのスプレーでもやもやを表現する人もいます。それは、実際には手に取ることができないものを3Dにして表現しているわけです。私の場合は、中の表現ではなく、それによって開かれる何かを表現しているんです。私はYouTubeで動画を見ている時に、爆発が広がり始めたところがおもしろいと思います。ギリギリで元に戻すこともできるような、爆発の瞬間がいいんです。だから、今までの作品もバラバラになる前の広がり始めたところなんです。まだ形がわかるところが、一番ドキドキする瞬間です。

■ミンジョンさんの中での作品の区切りはどこなんですか?

全ての部分を吊ったときですかね。

■そこを目指して作っているんですね。でも、精神的には無に向かっているというコンセプトですよね。

はい。保存していくということはないですね。私の行為は終わりです。だから、私の中では過去になっています。
みんな壊すときにはドラマチックだろうと思うんですが、実はすごく冷静なんです。このヒビをこの通りに入れてやる、みたいな感じです。

■作るという行為のほうが重要だということですか。

そうです。だから細かく作るんです。壊すために徹底して作るんです。

■実在しない建物であることによって読み込む幅が広がっています。鑑賞者から無数のストーリーが生まれてくると思うんですが、それを聞いてみたいとは思わないんですか?

あんまり……。鑑賞者との対話の契機として作品を捉えているわけではないですね。

■なるほど、鑑賞者に対して、作家自身の主張をはっきりさせていないですね。かと言って、鑑賞者から何かを引き出そうともしていないですね。

ずるいですよね。人を困惑させて、私はさっと逃げる(笑)

©Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat
©Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat

■その点については、制作態度自体に矛盾がありますね。

そうです。矛盾しています。壊れているものがあると頭のなかでつなげてみるんです。例えば切ったバゲットも、こことあそこがつながっていたというふうに想像して、これは本当に切ってあるんだと感じます。そこからリアリティが生まれるんです。全然違う形のものを並べていてもだめなんです。だから徹底的に作りこみます。壊して演出するときも、どれくらい離れているかによって印象が変わってきます。最初にポーンと飛んだものを置いて、そこから中に入って行くと、破片を頭の中でつなげる。そういうふうに、explosion(爆発)からimplosion(内破)が生まれるようにしています。人が勝手にそういうことを想像してしまうんです。建物が立っている今はきれいだなと思っても、壊れているものを見たらこれがもっときれいだなと思ってくれるかもしれません。

Taichi Hanafusa

Taichi Hanafusa

美術批評、キュレーター。1983年岡山県生まれ、慶応義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院(文化資源学)修了。牛窓・亜細亜藝術交流祭・総合ディレクター、S-HOUSEミュージアム・アートディレクター。その他、108回の連続展示企画「失敗工房」、ネット番組「hanapusaTV」、飯盛希との批評家ユニット「東京不道徳批評」など、従来の美術批評家の枠にとどまらない多様な活動を展開。個人ウェブサイト:<a href="http://hanapusa.com/">hanapusa.com</a>