東京国立近代美術館「No Museum, No Life?―これからの美術館事典」展 レビュー

国立美術館コレクションによる展覧会。美術館が言うLIFEとは何か?

poster for No Museum, No Life? - Encylopedia to the Art Museums of the Future

「No Museum, No Life? –これからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会」

千代田エリアにある
東京国立近代美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2015-06-16 - 2015-09-13)

In レビュー by yumisong 2015-07-04

『No Museum, No Life?―これからの美術館事典』展は、独立行政法人国立美術館(東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館、国立新美術館)が所蔵する、時代・地域・ジャンルを横断した多彩な作品で構成した展覧会。

展覧会タイトルを見れば誰でもタワーレコードのコーポレート・ボイスを思い出す。彼らは1996年から20年近くも『NO MUSIC, NO LIFE?』と問いかけ続けている。この記事を読んでいる人の多くは、人生の多くを彼らのポスターが作った時代の感覚で生活しているのではないのだろうか。

日常の前に後ろに流れ続ける音楽。音楽なしの日常はありえないという答えを前提とした問いかけ。その問いかけ期間の長さからして、確認といった方が適切だろう。一方、美術館はどうだろう。美術館なしの日常?そういえば最後に美術館に行ったのはいつだっけ?疑問符が文字通り、キャッチコピーや確認ではなく、疑問として機能し始める。その問いの先には何があるのか。国立美術館が言うLIFEとは何か?

美術館に足を踏み入れると、展示はメインタイトルよりもサブタイトルにある『これからの美術館事典』を主題とした構成だということがすぐさま理解できる。美術館特有の広い空間ではなく、まるで事典の中に迷い込んでしまったよう。仕切られて入り組んだ動線にインデクッスが並ぶ。そこには時代区分やジャンルの区分は無い。辞典の項目AからZにちなんだ作品や物質や概念が並ぶ。文字の配列は決まっているので、自動的に作品の配列は決まりそうだが、展示を追っていくとそうではない意図が見える。

絵画の中の絵画や、展示空間の向こう側が見えるイリュージョンなども。
左側にみえる「F」や「G」がインデックス。細い道のような動線。
どんな作品が展示されているのかはぜひ自身で鑑賞して欲しいが、美術館を含む「Architecture」や主体を問う「Artist」から始まり、あなたを指す「You」から無の「Zero」で終わるこの展覧会が見せるものは、芸術作品に留まらない。図版や工具や手順までも展示作品となっている。芸術作品を見せるというよりも、インデックスをいかに読み解かせるのかに力点がある。

テーマ性が強い展覧会は数多くあるが、ここまでタイトルの『これからの美術館事典』の思想を展示構成に強く打ち出した展覧会も珍しい。工具や図版を芸術作品と同列に並べ、また入れ子状の展示方式にすることで美術館は美術館の役割を更新しようと試みる。もしあなたがインデックスのタイトルこそ読むが、そこに書いてある文章を読み切る忍耐力を持たずに作品体験へと足を進めてしまわないなら、展示されているものが、なぜここに分類されたのかを考えることができる。作品には、取り出せる要素はいくらでもあるのだ。ここに分類されたモノたちは、偶然ではなく美術館側の必然だ。

作者の制作意図や歴史に紐付けられた作品の意味よりも、インデックスは読み解きやすい。なぜなら私たちは美術史の知識より、インデックスに書いてある一般名詞の知識の方を多く持ち合わせているからだ。そういう意味では、この展覧会は広く開かれている。美術史に造詣が深くなくても、インデクッスに書かれた言葉の意味を探れば展覧会が楽しめる仕掛けだ。一人で沈思黙考するのも良いが、友だちや恋人と訪れて、あれこれ読み解きながら見ていくと、より多くの発見や楽しみがあるかも知れない。

インターネット、資料、図版、絵画が同列に展示されている。向かいには「光」が展示されているので、色味が周りに反射している。一人で見るのもいいが、友人や恋人と「インターネットってブラウザのことか!」等々気軽につっこみを入れて見ると、何を見せようとしているのかふとした気付きにもなる。
そしてこの企画展の鑑賞後、余力があればぜひコレクション展も合わせて見て欲しい。それは美術館事典のインデックスとは違った時代やテーマごとに展示がなされているが、インデックスの余韻で作品を見ると、今までとは違った見え方となる。より多くの要素、他の視点を持つ自分に気がつく。私たちはどのように見ようとしているのか。見てしまうのか。

『No Museum, No Life?―これからの美術館事典』展は、意味を探ることを鑑賞の行為として体験させる展覧会といえるだろう。本文の最初の方に呈した疑問、美術館が言うLIFEとは何か?とは、行為としての鑑賞のことかもしれない。もちろん展示されているものが示すように、鑑賞は芸術作品だけに留まらない。見ることを知識だけではなく体験として捉えることで、生の豊かさを作っていく。

yumisong

yumisong. ふにゃこふにゃお。現代芸術家、ディレクター、ライター。 自分が育った地域へ影響を返すパフォーマンス《うまれっぱなし!》から活動を開始し、2004年頃からは表現形式をインスタレーションへと変えていく。 インスタレーションとしては、誰にでもどこにでも起こる抽象的な物語として父と自身の記憶を交差させたインスタレーション《It Can’t Happen Here》(2013,ユミソン展,中京大学アートギャラリーC・スクエア,愛知県)や、人々の記憶のズレを追った街中を使ったバスツアー《哲学者の部屋》(2011,中之条ビエンナーレ,群馬県)、思い出をきっかけに物質から立ち現れる「存在」を扱ったお茶会《かみさまをつくる》(2012,信楽アクト,滋賀県)などがある。 企画としては、英国領北アイルランドにて《When The Wind Blows 風が吹くとき》展の共同キュレータ、福島県福島市にて《土湯アラフドアートアニュアル2013》《アラフドアートアニュアル2014》の総合ディレクタ、東海道の宿場町を中心とした《富士の山ビエンナーレ2014》キュレータ、宮城県栗駒市に位置する《風の沢ミュージアム》のディレクタ等を務める。 → http://yumisong.net ≫ 他の記事

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