子どもとアートをつなぐ場所【後編】 東京国立近代美術館エデュケーター・一條彰子さんインタビュー

大人も子どもも楽しめる!東京国立近代美術館の教育プログラム。あなたもプログラムを通して鑑賞をより深めてみては

In 特集記事 by TABインターン 2017-07-20

前編はこちら

東京国立近代美術館(MOMAT)では、学校や先生向けのプログラム、一般向け、子ども・ファミリー向けのプログラムなど、多様な教育普及プログラムを展開しています。
毎日、コレクション展で開催されている一般向けの所蔵品ガイド(ギャラリートーク)はもちろん、子ども向けのプログラムや教材にも、大人でもやってみたくなるようなものがたくさん。そんな魅力的なプログラムとツールをご紹介します。

MOMAT2階からイサム・ノグチ「門」をのぞんで。「セルフガイドプチ&みつけてビンゴ!」

子どもたちにも「対話型の鑑賞」を。スクールプログラム

インタビュー取材の前日に、東京国立近代美術館におじゃまして、関東のとある小学校の6年生が参加したスクールプログラムを見学しました。MOMATスクールプログラムガイド。公式ホームページから見ることができます
まず、生徒たちは10人ずつのグループに分かれて、普段一般向けの所蔵品ガイドを行っているMOMATガイドスタッフによるギャラリートークを体験しました。一般向けの所蔵品ガイドと同じように、スクールプログラムでも対話を通して作品を味わい理解を深める「対話型の鑑賞」が実践されています。手を触れない、作品に近付きすぎないといった美術館での鑑賞の基本的なルールをその場でガイドスタッフに教えられながら、実物の作品を前にした鑑賞が始まりました。
1作品あたりの時間は15分程度。ガイドスタッフが「この人はどんな気持ちなんだろう?」「どんなものを着ている?」などと質問し、生徒の発見や感想を拾い上げていきます。彫刻と同じポーズをとってみるといったアクティビティも!少し恥ずかし気な生徒もいますが、みんな一生懸命です。社会科で習った知識も使いながら、ガイドスタッフの問いに沿って、無事作品のテーマにたどり着くことができました。どんな言葉も拾い上げ、分からないことも肯定し、それでも巧みに生徒たちを導いていくガイドスタッフの技術に驚かされました。

その後の自由鑑賞では、ワークシートを持って思い思いに館内を回り、お気に入りの作品を探します。はじめは興奮して館内を走りそうになり注意される生徒もいましたが、だんだんと顔が真剣に。ひょいひょいとたくさんの作品を見ていく生徒もいれば、 ひとつの作品の前でじーっとしている生徒も。それぞれに作品を見る良い経験になったことでしょう。
東京国立近代美術館では、2015年度には小学校12校と中学校18校を、2016年度には小学校20校と中学校14校を受けれました。美術館での鑑賞が毎年恒例になっている学校もあるようです。
(東京国立近代美術館スクールプログラムガイドはこちら(PDF))

大人でも楽しめる!鑑賞用ツール・アートカード

ギャラリートークで子どもたちが盛り上がる作品が選んであるそう。ミュージアムショップで購入可能

スクールプログラムで東京国立近代美術館にやってくる生徒の多くは、「アートカード」で事前学習を行っています。
アートカードは、5つの国立美術館(東京国立近代美術館、東京国立近代美術館工芸館、京都国立近代美術館、国立西洋美術館、国立国際美術館)が共同で2007年に作った鑑賞用教材です。これらの美術館の所蔵作品の中から、各館13作品ずつ、合計65作品をカードにしてあります。カードには図版と所蔵館の情報が載っています。
アートカードについて聞いみたところ、早速「やってみますか?」と聞かれてびっくり!チャレンジしたのは「名探偵ゲーム」です。1人が親、残りの2人が子になり、親がカードを1枚選びます。子は親に yes / noの質問をし、それに対する答えをもとに親が選んだカードを当てるというゲームです。子になったTAB取材陣は、どんな風に質問すればいいか頭を悩ませましたが、無事一條さんが選んだカードを当てることができました!

ーーアートカード、楽しいですね!このゲームを通してどんな力がつくのでしょうか?

一條: そうでしょう(笑)?スクールプログラムの打ち合わせに来る先生方にもやってもらいますが、よくそう言っていただけます。
このゲームを通して養われる力は実はたくさんあるんですよ。作品をよく見る、見比べる、分類する、想像する。また、質問する時には、言葉にする、どういう基準を作れば選び出せるかを設定する、といった能力も使いますよね。これは、実際の作品を前にした鑑賞で自然と行っている行為と同じです。アートカードのゲームを事前にやることで、子どもたちは美術館に来た時に言葉が出やすくなっていますし、よく見る・隣の作品と見比べるといったことも自然とできるようになっています。アートカードはいわば鑑賞のウォーミングアップ。鑑賞の際の基本的な態度を、アートカードによって身につけられるんです。
また、アートカードを事前に使っていると、実物を見るモチベーションが高まりますし、実物にしかない気づきを得ることができます。美術館に来た子どもたちは、アートカードにあった作品を見て「あの作品だー!」と自然に吸い寄せられたり、「でかいー!」「(モチーフの)龍の目がキラキラしてるー!」などと、実物でしかわからない発見を楽しんだりしています。

ーーアートカードには作品名などは書かれていないんですね。

一條: アートカードには、作品図版と所蔵館の情報しか載っていません。これは、情報が何もないところから見進めていくことをねらっているからです。
昔の学習観では、鑑賞は「知識」の領域にありました。15年ほど前にある学習塾で使われていた「鑑賞カード」という教材は、作品に関する情報を記憶することを目的に作られていたため、図版の裏に作品名や作者名、作品の描かれた背景などが書かれていました。ですが今は、鑑賞は「思考・判断」の領域。推理したり、比較したりすることを通して、何もないところから探求的に見進めていくものであり、また複数人の視点によってより深めていくものです。だから、私たちの作ったアートカードには何も情報を載せていません。
実はこれを作った後、美術教育界でアートカードが流行ったんですよ。教科書会社は教科書と一緒に先生向けの「指導書」を作るのですが、アートカードを指導書の付録にする会社も出てきました。指導書の付録のアートカードを使っている先生も多いです。
このカードセットは幼稚園から大学までを対象に、国立美術館から最長3カ月の貸し出しを行っています。東京国立近代美術館だけでも2015年度は275セット、2016年度は328セット貸し出しました。また、国立美術館のミュージアムショップで、2500円で販売も行っています。

似たものつながりゲーム。「何つながり」か、分かりますか?カレンダー作り。感性のおもむくままに選んでいきます

アートカードを使ったゲームは、ルールしだいで数十種類にもなるそう。ここでは「名探偵ゲーム」の他に、「似たものつながりゲーム」と「カレンダー作り」をご紹介します。「似たものつながりゲーム」は、作品の中の似た要素を見つけ、つなげていくゲームです。「衣服つながり」「ものが向かい合っているつながり」など、時には思ってもみなかったおもしろいつながりが生まれます。作品のモチーフや構図、色合いなど、さまざまな視点から作品を見直すことができる楽しいゲームでした。「カレンダー作り」は、自分にとっての春夏秋冬のイメージに合った作品を選び、説明するゲームです。選ぶ視点や説明の言葉がメンバーそれぞれに異なり、とても盛り上がりました。
楽しみながら、美術鑑賞の基本的な態度を身につけられるアートカード。こんな教材が自分が小学生の時にもあったらなあ、と思わずにはいられませんでした。

美術館での先生向け研修

ーー東京国立近代美術館では、生徒だけでなく先生に対する働きかけも行っていますよね。先生向けのプログラムについて教えて下さい。

一條: ひとつは先生対象の研修、もうひとつは先生のための鑑賞日です。
前者は、事前申し込み制の研修です。区の小学校図工教員あるいは中学校美術教員という単位で、長期休み期間中に3時間程度の研修を行うことが多いです。内容は、はじめにアートカードを使った研修を行い、次に東京国立近代美術館で行っているギャラリートークを受けてもらい、最後に私から要点の説明と質疑応答という流れで行うことが多いです。
この活動の手応えは感じています。先生たちは、アートカードでのゲームが楽しかったのでと言ってセットをすぐに取り寄せてくれたり、ギャラリートークが楽しかったので生徒を連れて行きます、と言ってくれたりしますよ。
「先生のための鑑賞日」の方はもう少し軽いプログラムで、小・中・高校の先生は、事前に申し込みをすれば、会期中の所定の日に特別展が無料になるというものです。まずは先生にも美術館に行く習慣を身につけてほしい、またホームルームで話すなどして生徒にその姿を示してほしいというねらいで実施しています。動員数は展示によって大きく変わりますね(笑)。ゴッホ展のようなものになると200~300人来たりもしますが、昨年開いた吉増剛造展だと15人程度でした。

鑑賞教育キーワードマップ

検索できる作品の一例。古賀春江「海」

さらに、図工・美術の授業を行う先生へのフォローのひとつとして一條さんが科学研究費の助成を受けて行ったプロジェクトに、「鑑賞教育キーワードマップ」の作成があります。
鑑賞教育キーワードマップは、小学校1・2年から中学校2・3年までの「学年」と、身体性、造形要素、日本の文化といった学習のねらいを指す「キーワード」の項目をチェックすると、その学年に適した作品、あるいはそのねらいを達成するために効果的な作品を検索することができるウェブページです。さらに、各作品の画像をクリックすると、作品解説やキーワードに基づいた授業のヒント、実際にその作品を扱った際の子どもの声などを見ることができます。
さらに、学年ごとの発達段階やそれに基づいた鑑賞の対象、方法、学習課題などをまとめた「鑑賞学習と発達の関連表(PDF)」もこのページから見ることができます。
このウェブページは、一條さんを代表に、東京国立近代美術館・国立西洋美術館・東京国立博物館のエデュケーター、教育学の専門家、ウェブや情報の専門家というチームによって作成されました。専門家の知識が体系的にまとめられ、見やすく分かりやすく提示されているこのウェブサイトが、関東圏だけでなく全国の先生にもっと広く利用されてほしいと感じました。

あなたも「対話型の鑑賞」を!一般向け所蔵品ガイド

軽いのに、安定感のある座り心地です

学校関連のプログラムだけでなく、一般向けのプログラムや子ども向けプログラム・ツールもご紹介します。
取材当日、ロビーに現れた一條さんは、まずこんなものを紹介してくださいました。この椅子は、美術館での鑑賞用に開発されたスウェーデン産の折りたたみ椅子・「ストックホルムⅡ」。腰掛けても目線が落ちすぎず、作品を見やすい高さを保てるように設計してあります。とても軽く、折りたためば肩にかけて持ち運ぶことができます。所蔵品ガイドのためにスウェーデンから取り寄せたものだそう。この日のガイドも、参加者みんなで作品の前で椅子に座って行われていました。

東京国立近代美術館では、毎日午後2時から所蔵品ガイドを行っています。対話を通して作品を味わったり理解を深める「対話型の鑑賞」が実践されています。ガイドをするのは、ボランティアのMOMATガイドスタッフ。現在は約40名がガイドスタッフとして活躍しています。ガイドスタッフの控え室では、スタッフたちによる所蔵作品のリサーチをまとめたファイルを見せていただきました。作家ごとに、ファイルがずらり。ひとつのファイルに収まりきらない作家もいます。

一條: ガイドスタッフたちは、その日ガイドする作品について入念にリサーチします。そして、一度無になってお客様の前に立つんです。その場でお客様が発見したことを聞き、それに対応する・関係する知識をこちらが蓄えの中から出してあげる、というやり方を実践しています。こちらが最初から知識を与えてしまっては、鑑賞者はそのようにしか見られなくなってしまいますからね。
(MOMAT所蔵品ガイド・ガイドスタッフについてはこちらの記事もどうぞ)

子ども向けプログラム&ツール

東京国立近代美術館の子ども向けのプログラムとツールは、全部で3つ。夏休みの子ども向けプログラム、所蔵作品の小・中学生向けワークシート「こどもセルフガイド」、小さな子どもが大人と一緒に鑑賞するときに使える「セルフガイドプチ&みつけてビンゴ!」です。スクールプログラムやアートカードからも分かるように、東京国立近代美術館のプログラム・ツールは子ども向けであっても本格的。発達段階に合わせて工夫が凝らされています。
夏休みには、参加者を募集し、小学校1~4年生には鑑賞と制作の両方を組み合わせたプログラムを、小学校5年生~中学校3年生にはトークラリーを行っています。(今年度のプログラムについてはこちら)
小・中学生向けの「こどもセルフガイド」は、ワークシートの中だけで完結するのではなく、ワークシート内の問いかけによって作品をよく見ることができるように作られており、子どもたちの鑑賞をより深めてくれます。その時コレクション展示に出ている作品を5~6作品ピックアップしてリングでとじたものを、展示の入り口で無料でもらえます。
もっと小さな子どもには、「セルフガイドプチ&みつけてビンゴ!」を。4歳から8歳の子どもを対象に、大人とコミュニケーションをとりながら美術館を楽しめるように作られています。大人が作者になりきってお話ししてくれたり、子どもは絵の中にある「キラキラ」や「まる」を見つけてビンゴをしたり。小さな子どもに人気のようです。

こどもセルフガイド。表面は質問&書き込みスペース、裏面は解説セルフガイドプチ&みつけてビンゴ!。楽しそう!

鑑賞教育のこれから

最後に、一條さんに今後取り組んでいきたいことを伺いました。

一條: 美術館は、美術だけの場でしょうか?
美術館は大人にとって、美術のことを考える場所であると同時に、人間としての生き方や社会のあり方を考える場所でもあります。また、違う価値観に出会う場所でもあり、ヒンドゥー教やイスラム教といった他国の宗教や文化に触れ、ちょっとだけ実感として分かるようになる、というような場所でもあると思います。そして、それは子どもにとっても同じではないでしょうか。
ですので、これからも学校との連携は主軸にしつつ、美術だけでなく他の教科と結びつけていくという美術館の利用の仕方を提案していきたいです。例えば国語や社会とは相性が良さそうですよね。道徳は哲学につながっていくことですから、道徳とも結び付けられると思います。「どうして人は絵を描くのか?」とか「どうして人は美を感じるのか?」というように。そんな風に、美術の範囲にとらわれない美術館の利用ができたらいいですね。

お忙しい中インタビューに応じてくださった一條さん、ありがとうございました!

参考:
アートカードの貸出・販売: http://www.momat.go.jp/am/learn/school/#section1-3
MOMATガイドスタッフ活動の記録2002-2011 トーキング・トーキンビ:
http://www.momat.go.jp/am/wp-content/uploads/sites/3/2015/01/talking_1.pdf
http://www.momat.go.jp/am/wp-content/uploads/sites/3/2015/01/talking_2.pdf
http://www.momat.go.jp/am/wp-content/uploads/sites/3/2015/01/talking_3.pdf
http://www.momat.go.jp/am/wp-content/uploads/sites/3/2015/01/talking_4.pdf

[TABインターン] Mirai Kaneko: 岐阜県出身。美術史を専攻しようとしている都内の大学生。小学校時代、図工が好きでもあり苦手でもあった思い出から美術教育に興味を持つ。大きな駅が好きで、お気に入りは新大阪駅。好物はカステラとラーメンズ。

編集: Natsuki Morooka

TABインターン

TABインターン. 学生からキャリアのある人まで、TABの理念に触発されて多くの人達が参加しています。3名からなるチームを4ヶ月毎に結成、TABの中核といえる膨大なアート情報を相手に日々奮闘中! 業務の傍ら、「課外活動」として各々のプロジェクトにも取り組んでいます。そのほんの一部を、TABlogでも発信していきます。 ≫ 他の記事

コメント

Instagram

人気記事

TABlogのそれぞれの記事は著者個人の文責によるものであり、その雇用主、Tokyo Art Beat、NPO法人GADAGOの見解、意向を示すものではありません。

All content on this site is © their respective owner(s).
Tokyo Art Beat (2004 - 2017) - About - Contact - Privacy - Terms of Use