公開日:2018年4月16日

「インスタ映え」以上の魅力。〜『レアンドロ・エルリッヒ展: 見ることのリアル』

レアンドロ氏が孤立する現代人に与えた、「見知らぬ人と関わる機会」。

昨年より森美術館で開催されている、『レアンドロ・エルリッヒ展: 見ることのリアル』。彼はアルゼンチン出身の現代アーティストで、最近では金沢21世紀美術館にある作品《スイミング・プール》の作者としても知られている。

レアンドロ・エルリッヒ 《反射する港》 2014年
レアンドロ・エルリッヒ 《反射する港》 2014年
撮影: 長谷川健太 写真提供: 森美術館 Courtesy: Art Front Gallery and Galleria Continua

本展の大きな特徴の一つは、全作品の撮影が可能だということ。昨年の流行語大賞に輝いた「インスタ映え」からもわかるように、素敵な写真が撮れるということは、現代の社会において重要な意味を持つようだ。本展会場でも、スマートフォンやカメラを片手に鑑賞を楽しむ来場者が多く見られる。写真を撮りながら作品を楽しむというのは、新しいアート鑑賞の形かもしれない。本来展覧会にあまり来ない、若年層の来場者も多いという。
しかしこちら、ただの「インスタ映え展覧会」ではなく、それ以上に多くの魅力がある。今回は、筆者が鑑賞を通し気づいた「見知らぬ人との関わりを促してくれる」という魅力をご紹介したい。

人は多いが孤立しやすい東京
私ごとだが、筆者は昨年夏までの一年間、アメリカで留学生活を経験した。留学先は田舎だったため、フレンドリーな近隣住民や学生に囲まれていた。帰国直後、都内で久しぶりに電車に乗った際、車内では手元の小さな画面に閉じこもる大人たちで溢れていた。私は、この様子に違和感を感じた。他者へのあまりの関心のなさを、奇妙に思ったのだ。
東京で流れている時間はとても早い。びっくりするほど早い。多くの人々が職場へ、学校へと急ぎ、彼ら彼女らの足は止まることを知らないようだ。筆者はある時、この時間の流れの速さや、無関心を強いられる雰囲気に強い抵抗を感じ、電車で我慢できず泣いてしまったことがあった。それだけ、アメリカの田舎と日本の都会では空気が異なるのだ。
そんな時、このレアンドロ展にお邪魔した。彼の作品に出会うのは初めてで、またここまで大型のインスタレーションの展覧会を訪れたのも、私にとって初めてのことだった。「インスタ映え」を意識した展覧会に半分ミーハーな気分で乗り込んだが、度肝を抜かれてしまった。
彼の作品は、孤立しがちな人々を、自然と近づけてくれるのだ。筆者のように、都会で苦しい経験をした人々の心を、癒してくれるかもしれない。

不思議な鏡の迷宮
そんな、自然と人々を近づけてくれる作品の一例として、筆者お気に入りの《試着室》をご紹介したい。こちら、その名の通り洋服店にある試着室を再現しているのだが、もちろんただ試着するための場所では無い。なんと、誰もが一度は憧れたであろう、鏡の向こうに行けるのだ。

レアンドロ・エルリッヒ 《試着室》 2008年
レアンドロ・エルリッヒ 《試着室》 2008年
撮影: 長谷川健太 写真提供: 森美術館 Courtesy: Luciana Brito Galeria

というのも、空間には鏡が掛かっている壁とそうでないものがあり、後者の場合は「鏡の中の世界」が椅子やカーテンを用い、本物そっくりに再現されているのだ。無限に続く鏡の迷宮で、鑑賞者は自分自身を探す。言うまでもなく今作品のインスタ映えは抜群で、撮影したものをシェアをすれば、多くのフォロワーの注目を集められるだろう。

しかし、あまりスマートフォンを構え続けていると、見知らぬ人と「出会ってしまう」ので要注意。自身を迷宮で探すうちに、パッと他者が現れ、一瞬自分かと錯覚してしまうからだ。ぶつからないためにも、どこに壁があるだろうと意識が研ぎ澄まされているため、敏感になるのだろう。そして、この《試着室》に入る前には、ぜひ少し離れて眺めていて欲しい。鑑賞者が真剣に手で探りながら鏡の中に入るため、「ありえない現実」がありえており、それがなんとも不思議な光景なのだ。「見ること」を通し、鑑賞者には見知らぬ人にも目を向ける機会が与えられる。

あなたを救うアート体験
彼の作品は、都市に暮らす人々の孤立や、寂しさを解決してくれるかもしれない。レアンドロは、アートを通して見知らぬ人との関わりを簡単に、そして可能にしてくれる。しかも、それが時間に追われ、必要以上の他者との関わりを求めない人々が多く集まる東京・六本木という舞台で繰り広げられているのだから、実に面白い。写真に撮りながら鑑賞を楽しむのも良いが、その場にいることでしか生まれない、見知らぬ人との関わりにも「心地よさ」を感じて欲しい。もしあなたが、東京に怖さや寂しさを感じているのであれば、こちらのアート体験は粋な特効薬になるだろう。

レアンドロ・エルリッヒ 《失われた庭》 2009年
レアンドロ・エルリッヒ 《失われた庭》 2009年
撮影: ⻑谷川健太 写真提供: 森美術館 Courtesy: Art Front Gallery and Ruth Benzacar Galeria de Arte
レアンドロ・エルリッヒ 《美容院》 2008/2017年
レアンドロ・エルリッヒ 《美容院》 2008/2017年
撮影: 御厨慎一郎 写真提供: 森美術館

レアンドロ・エルリッヒ展: 見ることのリアル』は、六本木の森美術館にて2018年4月1日まで開催中。「ミューぽん」利用で、200円の割引が可能。

[TABインターン] Sati Kameda: 英文学と社会学を学ぶ学生。昔からフランスの印象派絵画が好きだったが、TABに出会って「いま」を映す現代アートの面白さを知った。いつか「アナザースカイ」に出るのが夢。

TABインターン

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学生からキャリアのある人まで、TABの理念に触発されて多くの人達が参加しています。3名からなるチームを4ヶ月毎に結成、TABの中核といえる膨大なアート情報を相手に日々奮闘中! 業務の傍ら、「課外活動」として各々のプロジェクトにも取り組んでいます。そのほんの一部を、TABlogでも発信していきます。