公開日:2019年6月21日

オタクとストリート界に現れた新星 JUN INAGAWA インタビュー

オタクの新世代の行方を問う「魔法少女DESTROYERS(萌)」

オタクからストリートの世界へ

DIESELを始めSupreme、VLONEなどとコラボレーションをする若手のJUN INAGAWA。ストリート系のブランドと一見似つかわしくない萌え系マンガのコラボ。これを手がける新星は、なんとInstagram以外にほぼ情報がない。いったいどんな素顔なのか――会場に現れたのは、まだあどけなさの残る19歳の少年だった。

Photo: Xin Tahara

手がかりが少なすぎるインタビューは、幼少期についてまず訊くことにした。

「小学校の頃からクラスメイトの顔をアニメ風に描いたりと、ただ単に絵を描くのが好きな子どもでした」

と語る。中学1年あたりから深夜帯のアニメを観るようになり、原作がマンガだったので、マンガにはまるという流れだったそうだ。例えば小学生の頃は『ドラゴンボール』に始まり、『進撃の巨人』も読むし、『プリキュア』シリーズや「美少女アニメ」も観るようになったり、いわゆる「普通のオタク」になったと自認している。

「こんなにおもしろいアニメも原作をたどればマンガだということで、漫画家になりたい、と憧れました。本気で志したのは中2くらいです」

その前後で親の転勤に伴いサンディエゴに引っ越し、当初は英語がしゃべれない中であえて現地の日本人がいないコミュニティに飛び込んだ。しかしそうして英語を習得すると同時にホームシックも強く、アニメやマンガが恋しくもなったという。
夜はネットで日本のアニメを観つつ、アニメ文化の乏しい環境からの反動もあり、日本に一時帰国したときにアキバで買い漁るのがルーティンになった。そのオタク少年にも転機が訪れる。

アニソンからスケートへ、オリジナリティを求め

Photo: Xin Tahara

スケートボードやヒップホップ・パンクなどのカルチャーも知人のおじさんの影響でのめり込んだ。音楽もSex PistolsやMad Capsule Markets、Dead Kennedysやザ・タイマーズなど幅広く聴いた。スケーターについては映像を観て、かっこいいなと思ったのが始まりで、自分は実際にスケートはしなかったものの、彼らが公道をスケボーひとつで走っていく姿を、自分も紙とペンだけで表現者になれる、として重ね合わせたのだった。そこにはアニメやマンガ以外のインスピレーションの源が得られることでこそ、自分のオリジナリティを発揮できるという思いもあった。

手描きの絵をInstagramに載せていく日々だったが、スケーターたちを戦隊モノのポスターのように描いた投稿に目を留めたブランドからの声がけで、トントン拍子のシンデレラストーリーが始まる。すぐにTシャツのモデルの絵として買い取られ、Instagramを介してロサンゼルスのストリートシーンで名が知られていく。それが2017年というわずか2年前の出来事なのだからそのスピード感たるや。

Instagramネイティブの新世代

しかも、そのやり取りはInstagram上で完結していたのだというからなお驚きだ。
「え、今までインスタしかなかったってことですか?」と思わずのけぞって聞いてしまった。
なんと現在も発表する場がInstagramのみしかないという。Twitterアカウントはあるものの、自前のウェブサイトすら持っていない。オンラインでのポートフォリオすらなく、複数のブランドとのコラボレーションが実現できることに、驚きを隠せないのが正直なところだ。pixivはまだアカウントはないが、「数千、数万人は自分より上手い人がいるので怖い」というものの、今後やってみたいそうだ。

Photo: Miki Matsushima

さらには、個展開始のわずか2ヶ月前に初めて液タブを手に入れ、人生で初めてデジタルで色を入れたという。パソコンも持っていなかったわけで、ゼロからデジタルの彩色、ベタ塗りなどの使い方を覚え、展示に臨んだわけだ。壁にかかる絵のいくつかは、この数ヶ月での技術力の指数関数的な向上度を物語っている。

オタクこそが知っている変人、でありたい

急激なスピードで成長してきたわけだが、日本の現代アートのいちジャンルとしての「オタクのアート」についてどう意識しているのか。

「Mr.(ミスター)さんは一度見せてもらった時に、自分がやってきたことに似た作品があるんだ! と驚いた。ただ、僕は現代アートではなく、今までの絵で見せる世界観だと思っていて、違う土俵でいたい。JUN INAGAWAとして確立したいと思っている。世界的アーティストになりたいわけではなくて、オタクが知っている変人、でありたい」

実は構想中のマンガは、今回の展覧会のタイトルでもある作品「魔法少女DESTROYERS(萌)」しかないらしい。
ストーリーとしては、
「二次元排除法」により排除されたアニメ、ゲーム、フィギュア、二次元嫁、日本のサブカルチャーであるオタク文化を取り戻すべく作られた魔法少女たちが戦う
というものだ。

「今回個展に合わせ新キャラのブルーちゃん、デストロイちゃんが生まれ、キモオタの彼が反政府勢力としてつくった魔法少女という設定なんです。想像で作り上げた魔法少女たちが、ダークヒーローとして政府と戦うわけだけれど、どう戦うかまでは観ている人の想像に任せたい。展示会場には彼のアジトというか最期を迎える部屋をつくったわけです。設定資料が転がっていたり、ティッシュやフィギュアが磔にされています」

Photo: Miki Matsushima

アニメができているのかと思わせるカラーの塗りだが、本人は表現手法としてはマンガに固執している。

「アナーキーちゃんの展開は、マンガにしたいと思っています。自分で考えた動きをマンガとして表現したいんです」

音楽で触れたアナキズムをマンガに落とし込んだキャラクターは、その名も「アナーキーちゃん」。初音ミク風のツインテールだが、初音ミクは嫌い、という細かい設定もあるという。

「キモオタの主人公の彼は、自分自身というわけではなく、あえて言うなら『キテレツ大百科』の勉三さんを美化したキャラですね。マントは『AKIRA』から来ていて、ヘルメットは『フルメタル・ジャケット』から来ています。ミリタリーものも、キューブリックもずっと好きなんです」

元ネタやインスピレーションになったものについても饒舌に語るが、どこが参考になっているかも観る側には知ってほしいと言う。

「会場のBGMは『時計じかけのオレンジ』の劇中歌でもある “Singin’ in the Rain” が流れているけれども、これにはイケイケのストリートブランドとコラボするアーティストと思い込んで会場に来た人を驚かせたいんです」

その思惑は若さゆえの余裕なのか、どこか達観しているとも取れなくもない。

これからは出版社への持ち込みで漫画家になるという決意を固めているJUN INAGAWA。
「オタク」であることにこだわる姿勢がありながらも、かつての「オタク」が意味するところだった非モテ・コミュ障という典型的なイメージからはかけ離れた世代になってきていることを感じさせる。従来の漫画家という枠にも収まらない活動を見せるだろう。オタク×アナーキズムの初期衝動がどういう展開になっていくのか、目が離せない。

■展覧会概要
タイトル:魔法少女DESTROYERS(萌)
アーティスト:JUN INAGAWA
会期:2019年3月1日(金)〜 5月23日(木)
会場:DIESEL ART GALLERY(DIESEL SHIBUYA内)
住所:東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti B1F
電話番号:03-6427-5955
開館時間:11:30 〜 21:00
休館日:不定休
ウェブサイト:https://www.diesel.co.jp/art/jun_inagawa/

■サイン会
購入した「魔法少女DESTROYERS(萌)」展の作品・グッズ、または3月30日(土)DIESEL SHIBUYAにて購入したアパレル商品にサイン
日時:2019年3月30日(土)15:00 〜 18:00
場所:DIESEL ART GALLERY (DIESEL SHIBUYA B1F)

Xin Tahara

Xin Tahara

北海道生まれ。 Tokyo Art Beat Brand Director。