公開日:2019年7月8日

蒐集を通じて「発見された」イメージの組み合わせ――大竹彩子インタビュー

ペインティング、ドローイング、写真が揃って披露される個展は国内初

ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインのグラフィック・デザイン専攻を卒業し、2016年に帰国した大竹彩子は、ペインティング、ドローイング、写真など技法を限定せずに作品制作に取り組む。現在、渋谷のDIESEL ART GALLERYではそんな彼女による個展「COSMOS DISCO」が開催中だ。今回新たな試みとしてアクリル画を発表した大竹に自身の制作について、そして今後の展望について話を伺った。

 

好きなものをあつめる。イメージソースとしてのコレクション

入り口の壁面から時計回りに、ドローイングと写真を素材にしたモノクロのコラージュ、カラフルなアクリル画、写真のコラージュ、組写真、とアプローチの仕方も様々な30点以上の新作が並ぶ。この時点で大竹の仕事の幅広さに圧倒されるが、作品を順番に見てゆく中で、ある共通点に気づく。なるほど、大竹の作品は常に複数の要素が組み合わさっている。それらは、異なる素材の切り貼りや、ドローイングの集合体、PC上での編集だったりするのだが、とにかく断片が再構築された印象を受ける。

Photo: Xin Tahara

「カメラを使うか鉛筆を使うか、パソコンを使うか紙を使うか。採集している感覚は両方に共通している点だと思います」と語る大竹は、自身の制作について「採集」あるいは「蒐集」と表現することを好む。断片が再構築という印象は、大竹自身が蒐集したイメージ群を組み合わせる制作方法に由来しているのだ。「カメラは、写真を撮っているというよりも何かを採集している、切り取っている感覚があります。そこから絵を描こうと思ったりとか。自分の中にキープしたいもの、コレクションしたいものが明確に記録できるツールとしてカメラだったというのがきっかけ」というように、彼女の中で作品制作は「我々が身を置く世界の一部分を切り取ってイメージソースとしている」という感覚が強いようだ。

大量に蒐集する大竹は、フィルムではなくデジタル派だ。その数は「新しいところに行くと1週間で2000枚以上撮ってしまうと今回気づきました」というから驚きである。とにかく様々な土地を自分の足で歩き、新しい情報、心踊るものを探すべく常にアンテナを張り巡らせている様子が想像できる。

日常的には見過ごしてしまう種々雑多なイメージを蒐集する彼女にファインアートからの影響について聞いてみると、次のような答えが返ってきた。「アートに影響を受けたというよりも、こうして集めているアートでないものからインスピレーションを受けます。アートだろうが、街のポスターだろうが、チラシだろうが、そこの壁はあまりないと思います」この言葉からも、公平なまなざしで制作に取り組む姿がうかがえる。

Photo: Xin Tahara

本展覧会のタイトル「COSMOS DISCO」のDISCOは音楽のディスコとdiscover(発見する)のダブルミーニングになっており、まさに蒐集からイメージを見出して独自のきらめく世界観を作り出す大竹の仕事を端的に表しているといえよう。

 

色彩と形への関心で掻き立てられる蒐集

スナップ写真を撮るように街中を蒐集する大竹は、ロンドン留学時代以前からいわゆる一般的な「蒐集」をしていたという。会場中央に設置された三角柱の二面には、今まで蒐集してきたステッカー、本の切り抜き、雑貨がところせましと貼り付けられ、その上には動物のフィギュアが鎮座している。おもちゃ屋さんや自然史博物館のミュージアムショップで集めたという動物のフィギュアの出自は様々。カバはベトナムで、トラはロンドン、ゾウはドイツなど。「日本のおもちゃとは色や雑さが違って、そこが気になりますね」と生き生きした表情で話す大竹のアンテナの適用範囲は実に幅広く、様々なジャンルと媒体を横断する。

Photo: TAKAMURADAISUKE

ペインティングの経験は過去に油絵を1、2枚だけという大竹が、大きな挑戦として今回初めて取り組んだアクリル画は、1940〜60年代の古本で目にした女性たちのイメージに触発されている。本の内容を読むというよりビジュアルを重視し、気に入ったモデルの顔を描いているという。ペインティングに対面する壁に展示された組写真を見ていると、ペインテイングで描かれているビビッドな色彩が、写真の内で採集された色彩と呼応しているようにも感じられる。大竹にとっての蒐集行為が、形を参照するための辞書のような位置付けであると同時に、色彩の採集であることに気づく瞬間である。

 

組写真のきっかけはZINE

「もともと二枚一組にしたのは、写真を本にまとめたものを卒業制作で作ったのがきっかけです。本を作るときに白紙を入れたくなくて、自分の好きなものだけで本を作りたいと思ったので、余白はいらないし、隙間もいらない。そうすると見開きになったときに写真がくっつく。見開きの部分がランダムに入れてるだけだと違和感があるので、そこからですね。組み始めたのは」

そのように語る対象は、写真を素材として使うのではなく、写真そのものが作品となる点で会場内でも異彩を放つ、組写真について。ここで本と言われているのは、ZINE(個人の趣味を本の形にした雑誌)を指している。現在、大竹が発行しているZINEは全10冊で、1冊目は日本で撮った『NIPPON』、2冊目はアメリカとヨーロッパで撮った『SOMEWHERE』、3冊目はスイスで撮った『SWI-SS』という具合にシリーズ化している。

ZINEに余白を作りたくないという言葉通り、写真のレイアウトは紙面フルサイズの裁ち落しだ。ノド(本を見開きにした時の綴じ部付近)までしっかり開く製本で、見開きのインパクトはかなり強い。とくに大竹の組み方の妙で、左右がそれぞれ独立した写真として見える時と、合体した一つのイメージとして見える時と往復するのが面白い。会場で販売されているZINEと今回展示されている組写真を見比べると、その往復する面白さは「見開き」という本の構造に隠されていたのか、と納得する。

Photo: Xin Tahara

組写真の作品を含めて、大竹が制作で多用するコラージュも、調和に重きが置かれている。すなわち、組み合わせた全体に統一感があるのだ。コラージュは、切ってはり合わせるという意味に加えて、シュルレアリストやダダイストらが積極的に用いた事実が象徴するように、コンテクストから切り離された断片を組み合わせて意外性のある新たなイメージを生産することが本来的な目的だった。しかし、大竹の作品は違和感を与えない。場所や時代の垣根を軽やかに超え、大量のイメージソースから共鳴する形と色とをつなぎ合わせる大竹の作品は、むしろ見る側に視覚的な心地よさをもたらす。
マルセル・デュシャンはクールベ以降の絵画を「網膜的」という言葉で批判したが、大竹の組み合わせ方によってもたらされる形の反復・色彩が呼応するリズムの気持ち良さは、ポジティブな意味で網膜的だ。ごくごくパーソナルな営みであるはずの蒐集が、作品として表出するや否や普遍的な心地よさに翻るのは、鑑賞者に対して蒐集された対象から意味や背景を見出してほしいという欲求が作品からあまり感じられないためだろう。大竹の作品の前では、ただ純粋に網膜で楽しむことが許されるのだ。

 

「絵も写真も両方ですけど、今回新しいことに挑戦できたので、それをどうこれから変わるか、進化させるのか。好奇心を忘れず、いろいろなことに挑戦し制作に励みたいと思います」と語る大竹は、もっと大きなキャンバスにも取り組みたいと意欲的だ。地元愛媛と東京を拠点に活動していく予定。ぜひ、今後の展開から目を離せない作家の「現在」に立ち会ってほしい。

 

◾︎展覧会概要
タイトル:COSMOS DISCO(コスモス・ディスコ)
アーティスト:大竹彩子(オオタケ サイコ)
会期:2019年5月31日(金) 〜 8月22日(木)
会場:DIESEL ART GALLERY
住所:東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti DIESEL SHIBUYA B1F
TEL:03-6427-5955
開館時間:11:30 〜 21:00
入場料:無料
休館日:不定休
ウェブサイト:www.diesel.co.jp/art

◾︎トークイベント
2019年7月20日(土)には、大竹彩子によるライブペインティングとミュージシャンの大橋トリオをゲストに迎えたアーティストトークを開催予定。
日時:2019年7月20日(土) ライブペインティング 15:00 〜 16:00 アーティストトーク 16:30 〜 17:30
場所:DIESEL ART GALLERY
ゲスト:大橋トリオ
入場料:無料

伊藤結希

いとう・ゆうき

伊藤結希

いとう・ゆうき

執筆/企画。東京都出身。多摩美術大学芸術学科卒業後、東京藝術大学大学院芸術学専攻美学研究分野修了。草間彌生美術館の学芸員を経て、現在はフリーランスで執筆や企画を行う。20世紀イギリス絵画を中心とした近現代美術を研究。