アートバーゼル2019に見る、アートシーンのいま

Unlimited部門から見えた、#MeToo時代のフェミニズム・アート

In Main Article 2 フォトレポート by Yuki Saiki 2019-07-19

アートバーゼル2019、現地の様子をレポート。

天候に恵まれた3日間となった。

2019年6月13日から16日の3日間、世界最大規模の現代アートフェア「アートバーゼル」が、スイス北西部・バーゼル市で開催された。世界最大級のアートフェアとしてアートバーゼルの名前を知っている人は大勢いるだろう。しかし、アートバーゼルの性格ゆえに、実際に参加したことがあるという人は少ないかもしれない。この記事では、会場内の雰囲気をフォトレポートでお伝えするとともに、今年のアートバーゼル・Unlimited部門を彩ったいくつかの作品について紹介していく。

会場まではトラムでバーゼル中央駅からすぐ。

 

そもそも、アートバーゼルとは?

既に知られていることかもしれないが、アートバーゼルはただのアートイベントではない。アートバーゼルは、作品を発表する場というよりむしろ、国際的なアートビジネスの社交場として大きな役割を果たしている。例年アートフェアのメインとなるのは、Galleriesと呼ばれる部門。ここには、GagosianやPace、Perrotinといった世界のメガ・ギャラリーが終結し、珠玉のコレクションを展開する。2019年、日本からはタカ・イシイ、タケニナガワ、東京画廊+BTAPの3ギャラリーが参加した。

Gallaries部門の様子。

 

ギャラリストやキュレーター、アーティストによるトークが行われたConversationsブース。この日は、アートワールドにおける男女格差についてのトークセッションが行われた。

さらに会場は、注目度の高い若手アーティストのソロ・プロジェクトを扱うStatements部門、幅広い文化・世代・美術的アプローチをした作品がテーマに沿ってキュレーションされるFeature部門、美術出版社が中心となって貴重な作品を展示するEdition部門などに分かれる。さらに別館にはUnlimited部門と呼ばれる巨大ブースが設置され、新進気鋭のキュレーターによって大型インスタレーションや体験型作品を含む作品群が展示される。このUnlimited部門の規模は文字通り非現実的なほど巨大で、この空間こそが通常の美術館やギャラリーでは不可能だった大型作品の展示を可能にしている。今年のキュレーションを務めたのは、ハーシュホーン美術館および彫刻庭園キュレーターのジャンニ・ジェッツァー。

Unlimited部門入り口の様子。

もしあなたがアートファンではあるけれどもアートコレクターではないのなら、アートを純粋に楽しんで鑑賞できる部門はおそらくUnlimitedだろう。Galleriesをはじめとする各部門には確かに世界を代表する名作が揃っているが、現在のアートワールドを支えるビッグなコレクターやキュレーターが真剣に作品を選ぶ様子には、独特の緊張感がある。それに引きかえ、Unlimited部門の全体的な趣向は「最新のアートの潮流をつかむ」というものに近い。もちろん、展示される作品がギャラリーの貴重な商品であることに変わりはないのだが。

会場内に設置されたフランツ・ウエストのファブリック・チェアー。実際に座ってくつろぐ人々も。

 

Unlimited部門、注目を集めた作品をピックアップ。

今回のUnlimited部門には24人の作家による新旧さまざまな作品が出品された。中でも出色だったのは、カプワニ・キワンガ(Kapwani Kiwanga, 1978-)による巨大インスタレーション《Flowers for Africa: Rwanda》(2019)だろう。南アフリカ・ヨハネスブルグを拠点とするGoodmag Galleryが出品したこの作品は、まさにUnlimitedの会場にふさわしい圧倒的なスケールで展開された。フレッシュな花々で満たされたこのオブジェは、アフリカの独立、とりわけルワンダにおける1990年代の大量虐殺を克服した歴史を称えて制作されたものである。

Kapwani Kiwanga, 《Flowers for Africa: Rwanda》, 2019, Goodman Gallery

Coco Fusco, 《Tin Man of the Twenty-First Century》, 2018, Alexander Gray Associates

鑑賞者の視線を釘づけにしたのは、ココ・フスコ(Coco Fusco, 1960-)の《Tin Man of the Twenty-First Century》(2018)。3メートルを超える巨大なスチール人形、その頭部はなんと…ドナルド・トランプにそっくりなのだ。『オズの魔法使い』に登場するブリキ人形をイメージしたというインスタレーション。ハートを失い、機械油をさしながら動き続けるキャラクターに現代アメリカの政治を重ね合わせることで、強烈に皮肉なメッセージが放たれる。

また、「女性」をテーマにした作品群も目を引いた。新作が展示されたのは、ジョアン・セメル(Joan Swmmel、1932-)バニー・ロジャーズ(Bunny Rogers, 1990-)。セメルの新作《Skin in the Game》(2019)は、激情的な筆遣いも生々しいセルフ・ポートレートだ。この作品で描かれるのは、理想化された女性のヌードではなく、年齢を重ねゆく女性のリアルな姿である。「男の視線(Male gaze)」(1)の克服という、フェミニズム・アートの中ではある種クラシックな命題に正面からぶつかった骨太の作品。

Joan Swmmel, 《Skin in the Game》, 2019, Alexander Gray Associates

Bunny Rogers, 《Self-portrait as Clone of Jeanne d’Arc》, 2019, Société
Bunny Rogers, 《Self-portrait as Clone of Jeanne d’Arc》, 2019, Société

対して、ロジャーズの《Self-portrait as Clone of Jeanne d’Arc》(2019)は、歴史的なイメージを現代のカルチャーに重ね合わせた作品である。同作品においては、歴史上の人物であるジャンヌ・ダルクが、MTVの人気アニメ『Clone High』の世界で再現された。そこには、歴史上の英雄としてではなく、等身大のティーンエイジャーとして生きる彼女の姿が描き出される。西洋古典絵画へのオマージュも垣間見え、揺れ動く心と身体をユニークな視点で捉えた作品。

Alicia Framis, 《LifeDress》, 2018, Galería Juana de Aizpuru

スペイン出身のアリシア・フラミス(Alicia Framis, 1967-)によるインスタレーション《LifeDress》(2018)の素材は、日本製の自動車用エアバッグの生地。このドレスは、まるで自動車のエアバッグのように、身体の一部が膨らむようにできている。このエアバッグの膨らみは、ハラスメントから自身の身体を守ることを示唆している。身体に最も身近な存在であるファッションを通じて、性的嫌がらせや暴力へのアンチテーゼを突き付けた。
これらの作品のほかにも、フェミニズム・アーティストの草分け的存在であるヴァリー・エクスポート(Valie Export, 1940-)による《Syntagma》(1983)の上映が行われるなど、今年のUnlimited部門では「女性」とアートについて積極的な言及が行われているように思われた。これはおそらく、アートシーンにおける「#MeToo」運動の拡大と無関係ではないだろう。
#MeTooは、セクシュアルハラスメントや男女差別の現状を発信するためのハッシュタグとしてSNS上で生まれた概念だ。イギリスの美術雑誌Art Reviewは、2018年のアートシーンに非常に強い影響を与えた運動として#MeTooを紹介。「power 100」(美術界に最も強い影響を与えた人物などをまとめた年間ランキング)において、#Metooは第3位にランクインした。この順位は、2018年に同ランキングにランクインした新規ワードの中で最高順位となっている。Unlimited部門でのいくつかの作品のラインナップは、はっきりとこの「流行」に応えるものであったといえよう。

 

アートバーゼル2019、最大のスキャンダルとは?

Andrea Bowerts, 《Open Secret》, 2018, kaufmann repetto, Andrew Kreps Gallery, Susanne Vielmetter and Capitain Petzel

今回のUnlimited部門で、最も話題を集めたのは間違いなくアンドレア・ボワーズ(Andrea Bowers, 1965-)の《Open Secret》シリーズ(2018-19)だろう。ボワーズは、メッセージ性の強い映像作品やインスタレーションで知られる女性作家・アクティヴィストである。彼女はこれまでに、亡命のための越境をテーマにした《No Olvidado》(2010)、性暴力に対する社会の寛容さを批判した《#sweetjane》(2014)など、センセーショナルな作品で社会問題を可視化してきた。

今回のアートバーゼルに出品された《Open Secret》は、まさに#MeToo時代を象徴するような作品である。

会場中ほどに設置された巨大なインスタレーションには、性的な不法行為で訴えられた男性たちと彼らの顔写真、そしてそれらの事件の詳細が記されていた。作品に登場する男性は200人におよび、彼らの職業は大学教授や政治家、ミュージシャンや宗教家まで多岐にわたる。作品内のテキストで明らかにされるのは、彼らがどのような行為に及んだのかの詳細、その後の裁判結果、加害者本人たちからの応答などだ。この作品内で使用されたテキストや画像には、被害者個人のSNSから引用されたものが含まれた。作品の前にはいくつか一人がけの椅子が置かれ、鑑賞者はゆっくりとテキストを読むことができる。
筆者にとって、この「見せ方」はいささかショッキングなものだったと言わざるを得ない。椅子の設置によって、鑑賞者はその場にじっくり腰を据え、膨大なテキストを読む行為へと駆り立てられる。この時、鑑賞者たちの表情は間違いなく曇っているだろう。そして、眉間に皺を寄せながらテキストを読んでいく鑑賞者たちを、また別の鑑賞者たちが見ることになる。鑑賞者の視線を操作するような「見せ方」に、Unlimitedという空間―広大な空間の中を、鑑賞者が自由に動き回って鑑賞できる場所―の特殊性を活かしたボワーズの力量を感じる。キュレーターのジェルツァーは、彼女の作品を「世界的に最も重要な女性運動のひとつとして、素晴らしい芸術的記念碑である」と評した(2)。
しかし、この作品は称賛されるばかりではなかった。アメリカで活動するジャーナリストのヘレン・ドナヒューは、ボワーズの作品が彼女のSNSの投稿を無許可で引用していたことに対して苦言を呈した。彼女は自身のTwitterでこのように発言している。

 

“ 私のクソみたいなトラウマ写真がアートバーゼルに展示されているってクールだね。私たちを「アート」に利用してくれてありがとう。”(3)

 

ドナヒューは、作品に個人のSNS投稿を引用することを許可していないと主張。ボワーズは自身のSNSを通じてドナヒューに正式に謝罪した。《Open Secret》からは当該箇所が削除され、アートバーゼルの開催を迎えることとなった。
私たちは、この作品とその背景にある一連の動きから、矛盾する構造を感じざるを得ない。ボワーズの作品は、性被害に遭った人々の個人的な経験をはっきりとした形で可視化する。この手法は、ジャーナリスティックな意味でも、鑑賞者の心情に訴えかけるエモーショナルな表現としても、一定の効果をあげるものだといえよう。しかし、それは同時に、被害者のトラウマや羞恥心を呼び起こさせるものでもあるのだ。ボワーズの立場からは、この作品は男性からの暴力的な性の搾取に立ち向かうためのインスタレーションである。しかし、ドナヒューの立場に立ってみれば、この作品は自らの性的トラウマをアートの名のもとに搾取して作られた暴力的なモニュメントなのだ。この一連の騒動は、「被害女性と加害男性」という単純な二項対立の構図でこの作品を鑑賞することを不可能にする。#MeToo時代のフェミニズム・アートの文脈に登場する「女性」たちは、必ずしも一枚岩ではないのだ。

ジェルツァーがいうように、ボワーズの作品は#MeToo時代の記念碑なのかもしれない。しかし、その記念碑は諸刃の剣、数多の女性たちの声にならない苦しみの上に建てられたものである。1990年代でわずかに停滞したかのように見えたフェミニズム・アートシーンは、2010年代になって新たな形へと変化しつつある。SNSが普及し、個人の体験や感情にアクセスできる時代。フェミニズム・アートは「男と女」という対立関係のみならず、個別の「人間どうし」のあいだに生じる関係性をあぶり出す機能を持ち得るのだ。

第2波フェミニズム(4)を象徴するスローガンに「The personal is political(個人的なことは政治的なこと)」という言葉がある(5)。このスローガンが意味するのは、女性らしい装いの強制や性暴力の被害といった問題は「個人的」なことであると思われてきたが、それらが実際は社会構造の中にあるステレオタイプによって生じた「政治的」なものであるということだ。しかし、同作品においては、アートを通じて政治的なアプローチを行う中でその背後に存在する「個人」が浮き彫りになり、新たな対話が生まれる結果となった。ボワーズの作品をめぐる一連の騒動は、このスローガンが「The political is personal(政治的なことは個人的なこと)」へと転換される瞬間であったようにも思える。

 

会場外の特設ブースでは、アレクサンドラ・ピリチによる体験型パフォーマンスの上演が行われた。

2019年のアートバーゼル、特にUnlimited部門においては、センセーショナルな作品を通じて現代アートの最新動向に触れることができた。先に述べたように、アートバーゼルは単なるアートイベントではない。とくにGalleries部門は、ある意味での敷居の高さを感じさせる雰囲気を持っている。しかし、「訓練された目」を持つ、あるいはそうでありたいと願うアートファンであれば、一度は訪れておきたい場所であろう。

(1)Male Gaze(男の視線)とは、映画批評家ローラ・マルヴィによって提唱された、「性の不均衡によって成り立っている世界」に生じる概念(Mulvey, Laura. “Visual pleasure and narrative cinema.” In Visual and other pleasures, pp. 14-26. Palgrave Macmillan, London, 1989.)。芸術作品に登場する女性像が、男性中心的なまなざしの下に描かれていると主張する。マルヴィは、ハリウッド映画などに登場するステレオタイプな女性イメージ(金髪の美女、殺人事件の第一被害者になるようなか弱い女性)はMale gazeの典型例であるとする。この概念は、フェミニズム・アートに強い影響を与えた。

(2)‘The #MeToo Movement Will Headline Art Basel Unlimited This Year With an Epic Account of America’s Harassment Reckoning’, artnet News, 16 April 2019, https://news.artnet.com/market/andrea-bowers-art-basel-1517467.

(3)Helen Donahue, Twitter post, 11 Jun 2019, 6:54 p.m., http://twitter.com/helen.

(4)一般に、フェミニズムの流れは、第1波: 政治参加など女性の独立した権利を求めた運動、第2波: 性差の問題を文化的な視点からも捉えなおし、より広い意味で女性の独立した生き方を認めようと試みた運動に区分されている。ジュディ・シカゴらを中心としたフェミニズム・アート運動は20世紀後半に最も活発になった。20世紀後半に入ると、異性間に限らない多様なアイデンティティのあり方に関心が集まり、フェミニズム・アートはその意味を拡大し続けている。

(5)Renee Heberle, ‘The Personal Is Political’, The Oxford Handbook of Feminist Theory, 1 February 2016, https://doi.org/10.1093/oxfordhb/9780199328581.013.31.

 

Yuki Saiki

Yuki Saiki. 齋木優城: 1993年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻修士課程卒業後、同研究科博士課程およびGoldsmiths, University of London MA in Contemporary Art Theory在学中。研究対象は、視覚芸術における女性表象。デートに行くなら新宿御苑。 ≫ 他の記事

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