ハンス・ウルリッヒ・オブリスト インタビュー:美術館、そしてキュレーターの役割について

ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーのディレクター、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト(Hans Ulrich Obrist)が、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科の開講科目「グローバル 時代の芸術文化概論」の一環で来日し、1月5日、特別講義「雲のように考える:コンテンポラリーアートはどこへいくのか」を行なった。アーティストだけでなく、建築家、科学者、デザイナー、映画監督、コレオグラファー、思想家などと協働するなど、学際的なアプローチで知られるオブリストはいま何を考えているのか? 講義の翌日にインタビューを行なった。(インタビュアー:菅原伸也)

In Main Article 1 Main Article 2 インタビュー by Art Beat News 2020-01-22

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト

──オブリストさんは、複数の芸術ジャンルに関わりを持つこと、複数人で他のキュレーターとともにキュレーションを行うこと、アーティストと対話しながら展覧会を制作すること、展覧会をいくつもの場所に巡回させることなど、「複数」であることを重視しているように見えます。あなたにとって「複数」であることはどのような意味を持つのでしょうか?

オブリスト:私にとってはポリフォニー(多声性)を提示することはいつでも私の仕事の一部で、寛大であることがとても重要だと思っています。キュレーティングは寛大でなければならないというその思想は、私のメンターのひとりである、詩人・思想家のエドゥアール・グリッサン(Édouard Glissant, 1928-2011)に影響を受けています。

グリッサンから受けた影響は本当に大きく、話をすると終わらなくなってしまうため、昨日の講義ではあまり触れませんでした。どこにいても、日本に来ても毎朝15分間彼のテキストを読んでいます。また、私は彼と一緒に世界中を旅行したので、その体験をもとに本を執筆しています。私はいま、世界中の全員にグリッサンを読んでもらうための働きかけをしています(*1)。

20世紀初頭、評論家のシュテファン・ツヴァイク(Stefan Zweig, 1881-1942)が、グローバリゼーションによる均質化は人々を貧困にし、固有の文化は消失していくと言いました。いま、その通りのことが起こっていますよね。グリッサンも70年ごろより、均質化するグローバリゼーションとともにそれに対するカウンターリアクションとしてのローカリズムやナショナリズムに警鐘を鳴らし、その後差異のポリフォニー(多声性)からなるグローバルな交流を提唱していました。そのアイデアのひとつが、「群島としてのミュージアム」の設計です。このミュージアムは、ヴィフレド・ラム(Wilfredo Lam, 1902-1982)やロベルト・マッタ(Roberto Matta、1911-2002)らとの対話を通してグリッサンが着想し、グリッサンの生まれ故郷でもあるマルティニーク島(カリブ海の島)で実現寸前のところまで進められていました。

──それは具体的にどのようなミュージアムなのでしょうか?

オブリスト:例えば、アメリカ大陸とひとえに言っても、南・北・中央、マヤから現代まで様々ありますよね。彼は、アメリカのアートを歴史化し、比較する百科事典としてのミュージアムをつくりたいと言っていました。

グリッサンがそれを「群島」と定義したのは、何かを統合して標準化する大陸ではなく、あくまでも様々な相互関係、文化、視点の相互関係のネットワークとして提示されるものであるべきだと考えたからです。私はそれがキーだと思います。

私は、視点のポリフォニー(多声性)を大切に、すでに確立された考えではないアクティブな実験室となる展示をいつも目指しています。私たちがまだ知らない何かを展示の中に探し出し、それを問うてほしいと思っています。

最後に。グリッサンは生前、次のようなことを言っていました。「結局のところ、私のミュージアムのアイデアというのは、世界と世界を接触させ、世界の場所を違う世界の場所と接触させるためのもの。私たちはミュージアム内の世界の数を増やさなければいけません」。群島的な思考を持ったとき、個人のアイデンティティも集団的なアイデンティティも決して固定化されるものではなくて、つねに変化するものとして受け入れることができる。そうすると、私たちは他者と出会うときに、自己の感覚を失ったり薄めたりすることなく他者と遭遇し、自分をより豊かなものにするものとして体験することができるのです。

──混ざることを拒否する大陸的思考の対極にあるのが、群島的思考ということですね。

オブリスト:そうです。例えば、今日も私はあなたとお話をしていて、自分はどんどん変化し、より豊かになると思っています。こういった考えこそが、そこかしこに蔓延する新たなナショナリズム、ローカリズム、レイシズムと抵抗する方法だと私は考えます。私たちは新しい対話や橋をつくる必要があり、キュレーターという職業もまた、橋をつくり、他者をつなげていくものだと思っています。

セルゲイ・ディアギレフ(左から2番目)とバレエ・リュスのダンサー

──異なる芸術ジャンルのあいだの共通性についてはいかがですか? あなたは、著書『ミュージック A Brief History of New Music』のなかで、作曲家に対して視覚芸術や文学に関する質問を多く作曲家に投げかけていますね。つまり、芸術という大きな枠組みのなかにある複数のジャンルとして美術や音楽、文学を扱っているような印象を受けるのです。

オブリスト:本をお読みくださったんですね、ありがとうございます。あの本でも紹介した、作曲家のワーグナーが掲げる「総合芸術(Gesamtkunstwerk)」の概念は自分にとってやはり重要です。ただし、ワーグナー活動後期の全体主義的で人々を圧倒し、過小化するようなものは危険です。人々に力を与えるような、酸素をつくり息のできる空間を与えるようなグループショーとしての総合芸術が自分にとって大事なんです。つまり、ポリフォニー(多声性)ですね。

セルゲイ・ディアギレフ(Sergei Diaghilev, 1872-1929)はご存知でしょうか? 彼はもともと画家やキュレーターとして活動していましたが、1911年、芸術としてのバレエ団「バレエ・リュス」を結成しました。そして、音楽家のニコライ・リムスキー=コルサコフやイーゴリ・ストラヴィンスキーらのみならず、パブロ・ピカソらアーティストとも交流した。自分がキュレーターになろうと思った背景には、そうして複数ジャンルをつないできたロールモデルがいるのです。

──レム・コールハース、妹島和世、ザハ・ハディッドなど、多くの建築家と交流があることにも、あなたの複数ジャンルとの接続意識が現れているように思います。

オブリスト:そうですね。今回、私を日本に招いてくださった長谷川祐子さんもアートや建築などの境界を超えて活動していますが、私も若い頃にジョルジョ・ヴァザーリの著書を読み、90年代に妹島和世さんに会い、ザハ・ハディッドと言葉を交わし、アートも建築もあまり変わらないという感覚を持つようになりました。その次は音楽、ファッション、科学、いまはテクノロジーに関係する人々。色々なフィールドで私にとってのメンターに会い、このリストには終わりがないのだと思います。

──その中で印象深いエピソードはありますか?

オブリスト:数え切れないほどありますが、作曲家のピエール・ブーレーズが、いかにして楽譜を演奏するかに関する追加情報としての「楽譜の楽譜」を作成しているという話には驚き、では、アーティストたちにとっての「楽譜の楽譜」は何だろうかと想像し、様々な展開を考えました。そのように分野を超えた思考で相互作用することからこそいろいろなものが生まれてきます。特にいまの人類が抱えている大きな課題……社会における不平等や絶滅の危機も含めて様々な課題に向き合うためには、このように分野を超えた相互作用から生まれてくる学びがすごく必要だと思います。ですから、現代社会にはサロンの存在がとても重要な意味をもつとも思っています。

──オブリストさんは現代のサロンとして「マラソン」を継続的に行なっていますね。24時間一睡もせずに70名を超えるロンドンの人々と話す「インタビュー・マラソン」、あるいは会話、パフォーマンス、プレゼンテーションなどを組み合わせた「実験マラソン」のエピソードは有名です。

オブリスト:はい。「マラソン」だけではなく、プライベートでもたくさんサロンを行っています。というのも、残念なことに現代は都市が都市として機能せず、多分野の人々が出会う空間がなかなかないからです。

人と人をつなげるというのは、自分のキュレーターの仕事としてもすごく重要だと思っています。キュレーターの仕事とはつまりジャンクションをつくることだと思うんです。私の展示ではハイパーオブジェクト(*2)、そしてオブジェクト、準オブジェクト(準-客体 *3)、非オブジェクトの接続を試みていることも、そうした意識の表れのひとつです。

ところで話は逸れますが、私は世界が夜行列車を取り戻すよう働きかけたいと思っています。ヨーロッパも日本も、現代は夜行列車が廃れていますよね。私は17歳から数年間夜行列車に乗って世界中のアーティストに会いに行き、サロンのような車中では多くの人と創造的で生産的な素晴らしい対話がありました。クラウス・ビーゼンバッハ(Klaus Biesenbach)とは学生のときにヴェネチアに向かう夜行列車で出会い、その出会いがベルリン・ビエンナーレにつながったのです。「再び夜行列車を」。これは日本の鉄道会社へのメッセージです。

また、鉄道は環境面でもメリットがあります。生態系の危機に直面する私たちは、飛行機の利用を減らし、もっと鉄道を使うべきではないでしょうか。

──現代においては、美術館やギャラリーで実際に作品を見るよりも、InstagramなどのSNSやインターネット上において作品を見る機会の方が多いように思います。そのような状況において、美術館やギャラリーといった実空間に作品を見に行くという展覧会の形式にはいまだ可能性が残されていると思いますか?

オブリスト:それは、InstagramなどのSNSが実際の美術館を脅かしているという意味ですか?

──必ずしもそうではありません。ネットで作品を見ることができる一方、美術館やギャラリーに展覧会を見に行くという鑑賞形式も存続しています。そうした状況において、後者の鑑賞形式はどのような意義をもつのかお聞きしたいのです。

オブリスト:なるほど、興味深い質問ですね。まず、サーペンタイン・ギャラリーではここ数年来場者数が増加し、実空間で作品を体験したいという人が増えている感覚があります。そして、かつて展覧会は情報機能を果たしていましたが、ネット上で情報が爆発的に増加している今日、美術館というのは溢れている情報を知識に変換できるような場所であるべきだと考えます。

例えば、文化人類学者のマーガレット・ミード(Margaret Mead, 1901-1978)は1950年代、人々の視覚中心的な側面を指摘し、先史から続く、様々な感覚を使った体験としての「儀式」と人の関わりを論じました。私は、展覧会だけではなく一般的に、現代の人々は複数の感覚に訴えかける「儀式」の体験を求めており、それがトレンドでもあると感じています。美術館は比較的長いあいだオープンしていて、情報と実空間を自由に往復できる。そういったところは、決められた時間に行かなければならない演劇やオペラなどと異なる重要な点だと思っています。

──世の中に溢れる情報と向き合う、あるいは距離を取るために儀式の中に身を置くのかもしれませんね。

オブリスト:そうですね。マリーナ・アブラモヴィッチは2019年、サーペンタインの個展で、「来場者は会場入り口で携帯電話を預ける」というルールをつくっていました。

また、この情報過多の時代において取りこぼしている情報が多く、先駆的な作家が網の目をすり抜けてしまっているということは興味深いことです。例えば、サーペンタインで初個展を行なった1920年生まれのルチータ・ウルタド(Luchita Hurtado)や、2019年に個展を行なった1930年生まれのフェイス・リンゴルド(Faith Ringgold)など、長年素晴らしい活動をしながらもインターネット上にはほとんど不在だった方々です。ウタルドに関しては2019年、『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。そのように、美術館が忘却への抗議として機能することもあると言えると思います。

──これまで、複数の感覚へ訴える儀式としての展覧会、記憶装置としての美術館というお話がありました。では、テクノロジーについてはいかがでしょうか? サーペンタイン・ギャラリーでは、新しいテクノロジーを素材とするアーティストも積極的に紹介しています。

オブリスト:はい、新しいテクノロジーを受け入れることは面白く、重要だと考えますが、マクルーハンのように批評的な姿勢を保ち、危険性を必ず忘れないようにしています。これまでサーペンタインでは、CTOであるベン・ヴィッカーズ(Ben Vickers)とともに、アート+テクノロジーの実践を試みるヒト・シュタイエル(Hito Steyerl)やイアン・チェン(Ian Cheng)、ソンドラ・ペリー(Sondra Perry)、アーサー・ジャファ(Arthur Jafa)といったアーティストを紹介してきました。

シュタイエルは展覧会で2つのアプリを発表しました。ひとつは、ギャラリー周辺地域の経済格差を可視化するようなアプリ。もうひとつは、サーペンタインのあるケンジントン・ガーデンの数十年後を想像する未来的なアプリです。竹を使用した実空間での映像インスタレーションも展示し、来場者には多様な体験の仕方が開かれていました。いっぽう、ジャファは展覧会を通してInstagramやYouTubeだけで活動していた人々を展示室に引き込みました。

まとめると、美術館にはふたつの動きがあるということですね。ひとつは忘却に対する抗議。もうひとつは、スクリーンでは体験できないようなことを提供する。そして展覧会は、インターネットとのつながりを断ち切り、あなたの速度を遅くさせる装置でもある。

──最後に、最新の関心についてお聞かせください。あなたはクリスチャン・ボルタンスキーに倣って「展覧会は必ず新たなゲームの規則を創出するものでなければならない」と自著『キュレーションの方法』で述べていますが、いまはどのような新たなゲームの規則を考えているのでしょうか?

オブリスト:私はいま、環境問題に呼応するような新たな「do it」(*5)を始めたいと思っています。あとは、見えないアルゴリズムをどう可視化していくのかに関心があります。それはアルゴリズムの新たなルールをつくることかもしれないし、アーティストがアルゴリズムを書くことになるかもしれません。

もともと、ゲームの規則という考えは文学グループ「ウリポ(Oulipo)」のアイデアに由来し、私はいつでもアーティストとの会話から規則をつくります。16歳のときに初めて会ったクリスチャン・ボルタンスキー(Christian Boltanski)も、多くの展示におけるゲームの規則を与えてくれて、一緒に発展させてきました。そして、悲しいことに1月2日に亡くなったジョン・バルデッサリ(John Baldessari)も。今朝、アレックス・イスラエル(Alex Israel)はInstagramで「バルデッサリが亡くなってしまったいまは昨日までとは違う世界だ」というようなことを書いていましたが、アートを通して恐れのない実験を行なってきたバルデッサリは、間違いなく私たちの記憶に留めておくべきアーティストです。私はこれまで、いろいろなアーティストに「あなたが実現できてない作品やプロジェクトはありますか?」と聞いてきましたが、彼は「小説家になりたい」と言って、私は執筆を手伝っていました。美しくて恐れのない、人間性と知恵に溢れた終わりのない文章でした。

また、バルデッサリは「ゲームの規則が今日の様々な問いをもたらす」と言いました。こうしてゲームの規則はすべてアーティストとのやりとりから生まれてくるわけですが、ひとつ思うのが、現代のアーティストたちは、絶滅の危機を迎える私たちの状況に鋭く反応しているような傾向があるということです。

──「絶滅」のキーワードは、今日のインタビューでも何度か出てきましたね。

オブリスト:はい。今年のサーペンタインの50周年の活動も人類の滅亡をテーマにする予定です。私たちは過去を振り返るのではなく、次の50年を見ていますから。人類が滅亡に向かういっぽうで、イアン・チェンの作品(*6)からもわかるように、このAIの時代に、アート作品の概念は永久的に変容する生きた生命体となり、今日、新たな「ゲームの規則」は展示という枠そして展示の一時性をも超えていくように見えます。私はこれまで350近くの企画を行ってきましたが、「do it」も含めて、そのどれもがオープニングとクロージングのある一時的なものだった。ピエール・ユイグは私に「ドクメンタやミュンスターで私が行なってきた実験が50〜100年続く島をつくりたい」と話しましたが、そのように「イベントとしての展示」に縛られない作品はこれからのキーワードになってくると思います。

(*1)オブリストは2013年、パリのアートイベント「ニュイ・ブランシュ」で、展示予算全額を使ってグリッサンの書籍を印刷、パリの市民に配布した。
(*2)気候変動や発泡スチロールなど、ローカリゼーションを超越するように時間と空間に大量に分布するオブジェクトを説明する概念。哲学者のティモシー・モートンが提唱し、disのウェブサイトでオブリストとモートンは対談を行なっている。
(*3)ミシェル・セールが『パラジット―寄食者の論理』(法政大学出版局、1987年)で示す概念。
(*4)様々なアーティストが作品の指示書をつくり、それを世界各地の人々がそれに従って制作するという1993年開始のプロジェクト。1994年、第1回の「do it」展がオーストリアで行われ、その後世界各地に巡回した。
(*5)2018年、イアン・チェンはサーペンタイン・ギャラリーでアニメーション作品「BOB」を発表。「Bag of Beliefs=信念の容れ物」を意味する「BOB」は、AIと粘菌の性質をベースに自律性をもち、来場者のアクションに対して様々な反応を見せる。

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト
キュレーター、ライター。2006年からロンドンのサーペンタイン・ギャラリーディレクター。前職はパリ市立近代美術館のキュレーター。アーティストだけでなく、建築家、科学者、デザイナー、映画監督、コレオグラファー、思想家などと協働するなど、学際的なアプローチで知られ、その活動は多岐にわたる。主な展覧会に「do it」(1993-)、「Take me (I’m Yours)」(1995)、「Cities on the Move」(1997-1999)、「Laboratorium」(1999)ほか、計300以上のキュレーションを手掛ける。主な著書に『コールハースは語る』(筑摩書房、2008年)、『ザハ・ハディドは語る』(筑摩書房、2010年)『アイ・ウェイウェイは語る』(みすず書房、2011年)、レム・コールハースと手がけた『プロジェクト・ジャパン メタボリズムは語る……』(平凡社、2012年)、『キュレーション 「現代アート」をつくったキュレーターたち』(フィルムアート社、2013年)、『キュレーションの方法:オブリストは語る』(河出書房新社、2018年)など多数。現在、世界で最も影響力のあるコンテンポラリー・キュレーターのひとり。

菅原伸也
美術批評・理論。1974年生まれ。主な仕事に、「質問する」(ART iT)での、田中功起氏との往復書簡(2016年4月〜10月)、『美術手帖』2016年8月号での奥村雄樹インタビューの聞き手、ウェブ版「美術手帖」でのレビューがある。最近の論考に、「岡本太郎の「日本発見」—岡本太郎の伝統論と民族」(『パンのパン 04』)など。

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト

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