アートスペース福寿園がオープン。京都の老舗茶舗による、お茶とアートを感じるアートスペース

お茶がふるまわれる特別な空間で、五感でアートを味わえる新しいスペースが誕生。オープニングとして戸田沙也加の個展が開催中。

アートスペース福寿園にて、戸田沙也加 「茶花礼賛」展示風景 撮影:中村孝行

アートスペース福寿園がオープン。京都の老舗茶舗による、お茶とアートを感じるアートスペース

創業寛政2年(1790年)の歴史を持つ、京都を代表する老舗茶舗、福寿園。その京都館(京都本店)は、市街地の中心、四条富小路。祇園祭のハイライトで数ある山鉾の先頭を巡行する「長刀鉾」が建つ場所の近くにある。9階建てのビルは、さながら茶文化の総合的なプレゼンテーションのための場で、1階は店舗「京の茶舗」、地下には自分好みのブレンド茶作り体験ができる「京の茶蔵」、2階は茶寮「FUKUCHA 四条店」、3階は宇治茶とフランス料理をテーマにしたレストラン「メゾン・ド・マツダ福寿園」、4階は本格茶室体験と和の喫茶「京の茶庵」、5階は茶器を扱う「京の茶具」となっている。それぞれのフロアで、幅広いお茶の味わいと京の茶文化に触れられるようになっているが、この7階に、お茶とアートの新しい体験を提供するギャラリー「アートスペース福寿園」が登場した

アートスペース福寿園ロゴ 撮影:中村孝行
アートスペース福寿園内観 撮影:中村孝行

エレベーターを降りると、シックな淡いグレー基調とした、落ち着いた空間へと誘われる。設計を担当したのは、数々の受賞歴がある建築家・陶器二三雄(とうき・ふみお)。国立国会図書館関西館(2002)で国際建築設計競技最優秀賞を受賞、森鴎外記念館(2012)では建築家第55回BCS賞、日本芸術院賞、日本建築学会作品選奨を受賞している。そんな建築史上の名作と共通する陶器氏の作風が、この「アートスペース福寿園」のデザインに、さりげなく表現されている。足元の上質で暖かみを感じさせるウッドフロア、かすかな青みを帯びた壁の色目。マットなスウェード調の椅子や、透明なパーテーションなど、このスペースのために特別にデザインされたオリジナルのインテリア什器も、空間に溶け込み調和している。こうしたディテールには、陶器氏が国立国会図書館関西館で表現した静けさとシンプルさ、森鴎外記念館に用いた、素材感とテクスチャーへのこだわりを思いおこさせる。

撮影:中村孝行

特筆すべきは、ホワイトキューブが常であるギャラリーの壁を、白くせずに、あえてかすかな色を添えたこと。これにより都会の雑踏から足を運んだ観客をほどよい鎮静へと誘い、作品の世界へと誘導する効果が生まれている。そこにふんだんな自然光が入り込み、窓からは街を眼下にする眺望。くつろぎのなかの非日常の雰囲気が、展示された作品と響き合う。あたかも、市中に浮かぶ開放的なアートの庵のような場が出現した。

女性アーティストによる茶花へのオマージュ

オープニングの展覧会として開催されたのは、女性アーティスト、戸田沙也加による油彩画とインスタレーション「茶花礼賛」だ

茶の木はツバキ科で、年に1度、開花する。古来から和歌にも詠まれ、愛でられてきた可憐な花だが、花が満開になってしまうとお茶の味や風味が落ちるため、茶畑では疎まれる存在。茶葉を育むために、花は早々に摘み取られてしまうそうだ。戸田は本展で、この茶花の絵を10点制作。モチーフは同じでありながら、絵には多様なバリエーションが展開された。色彩は、深い緑の落ち着いたトーンから極彩色まで幅広く、描写も具象的なタッチから抽象的な表現まで、様々に描かれている。茶の花の特徴である、ふさふさした大きな雌しべと白い花びらが、1点1点のキャンバスの上で、鮮やかにメタモルフォーゼをはたしているようだ。

戸田沙也加 「茶花礼賛」展示風景 撮影:中村孝行

「最初は、冬の暗い深緑の風景の中に小さい白い花が咲いている、というイメージで描いていました。しかし、茶の花と向き合ううちに気持ちが変化し、花の持つ魔性の力や、人を惹きつけるエネルギーみたいなものを表現したいと思うようになってきたのです」と、戸田。これまで「美・醜」をコンセプトにしてきた戸田には、花が咲かないようにして美味しいお茶を作ろうとする人間の営みは残酷で、ある種の人間の「醜さ」とも思えたが、茶と花をひとつの命ととらえ、茶花に向き合った。「茶の花が咲かさないようにすることは残酷かもしれませんが、そのことも茶の木の成長にはすごく大事なプロセスです。味だったり、香りだったり、そういう茶の品質だけではなく、お茶の魅力というものは、花にも備わっている。花が茶の木にとって大切な要素のひとつだと思う」。

撮影:中村孝行

茶の花の開花期は、1年のうちわずか。戸田は花の写真を数百枚撮影し、その中からいい表情をしている花をイメージしながら描いたという。心に刻んだ花の残像とコミュニケートし、花の力や美しさに気づきを得て、その共感を絵画に表した。こうして、茶花の作品のバリエーションが花開いた。

「花との対話を何ヶ月もずっと続けてゆくうちに、だんだん対象の魅力が引き出されて、絵が良い方向に変化してゆく。それが、絵画のすごく面白いところ」。

壺にアクリルでペインティングをして、生の茶の木を生けたインスタレーション3点も出品。壺にはやはり茶の花が描かれているが、こちらは油彩の作品に比べると軽やかな線描で、花は壺の曲面に躍動的に描かれている。なかでも存在感を放つのは、1メートルを超える巨大な壺だ。「この壺が、今回のとても重要なテーマのひとつなんです」と戸田。底がすぼまっている独特の形の壺は、戸田を今回の展示へと導いた、不思議な縁の証言者でもある。

展示風景 撮影:中村孝行

「宇治に、禅宗の三代宗派のひとつ、黄檗宗の総本山の萬福寺というお寺があり、そこを開創した隠元禅師は、煎茶を日本に広めたことでも知られます。2022年、そこでアーティストインレジデンスをして、1ヶ月以上滞在して制作と作品発表をしました。その時の作品には、お寺に咲いている花々を描きました」。

滞在していた萬福寺塔頭の獅子林院に置いてあったのが、この素焼きの壺。ちょっと汚れた無地の壺だったが、底の部分がすぼまった、特徴的な形をしている。インスタレーションに使いたいと思い借用を申し出ると、快く譲ってもらえたという。

こうして、お茶に深い縁のある寺から譲り受けた壺に茶花を描き、茶の木を生けるというインスタレーションが構想された。すると、

「展示をごらんになった福寿園の福井会長が、『この壺は茶壺ですよ』とおっしゃって、驚きました。茶葉を保管するための器だったようです。後からそれを知って不思議な縁を感じました」。

茶の結んだ縁は、これだけでない。

「福寿園アート事業担当の芳野毘那さんが、私の萬福寺での展覧会をお知りになり、しかも2023年に個展を開催した東京のKANA KAWANISHI GALLERYの河西香奈さんともお知り合いだったという偶然もつながって、今回の展示への流れができました」。

戸田沙也加 撮影:編集部

伝統文化とイノベーションを「お茶」でつなぐスペース

「アートスペース福寿園」は、今後、現代美術に限らず、伝統工芸、写真やインスタレーションなど、幅広いジャンルのアートを扱う予定だが、「必ずしも直接に茶器やお茶をテーマにしたり、茶の湯に関連する作品を、という意図はありません。日常の中でお茶を飲むことをアートの表現だととらえていただけるような作家さんと、表現を共にしてゆきたい」と、芳野さん。

アートスペース福寿園でいただけるお茶 撮影:編集部

茶は、13世紀に禅宗とともに日本に普及して以来、祈りの場から日常茶飯の愉しみへ、そして茶の湯という芸術の様式となって、人とアートをつなぐ役割も担ってきた。茶との縁を背景にした今回の展示は、茶の文化的な力を象徴しているようだ。

「伝統文化とイノベーションが交差する場所」を目標に生まれた、このスペースは、お茶をいただきながら、アートの新しい体験ができる。ぜひ立ち寄ってみたい。

戸田沙也加
とだ・さやか 1988年埼玉県生まれ。2012年女子美術大学大学院美術専攻洋画研究領域修了。主な個展に『美しさのあるところ—Where the beauty is—』(2011年、木之庄企畫、東京)。グループ展に『ソノアイダ#COVID-19』(2020年~、オンライン展示)、『Seeing the Unseen』(2016年、ギャラリー桜林、茨城)、『ワンダフルマイアート 高橋コレクションの作家たち』(2013年、河口湖美術館、山梨)、『TO THE FUTURE』(2012年、ミヅマ・アクション、東京)、『第31回損保ジャパン美術財団選抜奨励展』(2012年、損保ジャパン東郷青児美術館、東京)など。受賞歴に2010年「アートアワードトーキョー丸の内2010」木幡和枝賞、2010年「シェル美術賞展」入選など。2023年にはKANA KAWANISHI GALLERYで個展『生い茂る雑草の地に眠る』を開催。その際、絵画と写真を組み合わせた展示構成をおこなった。

沢田眉香子

沢田眉香子

さわだ・みかこ 京都拠点の著述業・編集者。アート・工芸から生活文化までノンジャンル。近著にバイリンガルの『WASHOKU 世界に教えたい日本のごはん』(淡交社)。