公開日:2024年3月26日

世界のアートマーケットのいまを総まとめ。2023年の動向と24年の展望をアート・バーゼルとUBSのレポートをもとに解説

アート・バーゼルとUBSが世界のアートマーケットの動向を報告、解説するレポート「The Art Basel and UBS Global Art Market Report」の2024年版が公開された。アートマーケットの「今」と「これから」をつかむ指針となりえる本レポートを、編集部が一部抜粋しながら解説する。

2021年以降初めての下降、コロナ以降のV字回復に赤信号か

世界最大級のアート・フェア「アート・バーゼル」とスイスに拠点を置く金融企業のUBSが、毎年恒例となる世界のアートマーケットの動向を調査、分析した報告書の2024年版「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2024」(以降「The Art Market 2024」)が発表された。今回はこの報告書に書かれた内容をもとに、現在のアートシーンの動向と展望について解説する。

「The Art Market 2024」では、2023年のアートマーケットの総売上を推定650億ドル(前年度比4%減)と発表。コロナパンデミックによって一時低迷したアートマーケットは、前の2年間で強い回復力を見せていたが、23年はコロナ以降初めての下降を記録する結果となった。

出典: The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2024

売上減少の背景としては、金利の上昇、インフレ、不安定な世界情勢などが影響していると推測されており、高価格帯のマーケットでは購買に慎重な姿勢をとる顧客が目立った。しかし、高価格帯の売り上げ減に反して、中・低価格帯の取引数が増加。全体の取引数は上昇を記録した。

市場シェア1位はアメリカが維持、売上は世界的に鈍化

出典: The Art Basel and UBS Global Art Market Report2024

地域別の市場シェアは1位が米国42%(272億ドル)、2位は中国で19%(122億ドル)、3位は英国で17%(109億ドル)、4位はフランスの7%(46億ドル)となった。

地域別の売上を見ても、アート業界における最大マーケットである米国、EUで高価格帯の商取引がもっとも多い英国、そして日本含むアジア全体で売上が軒並み減少しているのがわかる。

出典: The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2024

このような世界的な市場の鈍化に反し、中国は前年度比9%の売上増加を記録。市場シェア2位の座を英国から取り戻した。都市封鎖の影響で中止になった22年秋オークションの在庫がすべて売却されるなど、上半期の反動需要が大きな影響を与えたと考えられている。また、好調かにみえた中国市場も下半期の売上では減少を記録しており、現在も続く慢性的な不動産不況と経済成長の停滞の影響は大きいといえるだろう。

価格帯別、販売作品別にみるトレンドの変化

アートマーケットにおける2021年、22年の力強い回復は、高価格帯での好調が大きな要因であったが、23年はディーラー、オークションハウスの両部門でトレンドが一変した。売上規模別では、大規模ディーラーの総売上が中・小規模のディーラーに比べて大幅に減少。売上高が1,000万ドル以上のトップディーラーは平均で7%減を記録したいっぽうで、売上高が50万ドル未満のディーラーが11%増と売上をもっとも増やした。

出典: The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2024

また、販売された作品の内訳に注目してみると、世界の不確実性が深まるにつれ、マーケット全体が慎重な姿勢へとシフトしていることがよりいっそう明確になる。レポート内では一部のコレクターたちの間での社会的・政治的作品に対する疲弊が報告されており、23年~24年のアートマーケットでは、このような状況でアートコレクションを続ける意味そのものが問い直されているとも言えるだろう。

実際、下のグラフを参照してみても、美的価値がわかりやすい絵画や彫刻、ドローイングなど作品にシェアが集中。コロナ禍で売上が増加していたデジタルアートやヴィデオアート、そしてNFTアートも軒並み売上が下降している。

出典: The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2024

女性アーティスト作品の需要が増加

また、本レポートでは女性アーティスト作品の売上についても言及がなされた。興味深いことに、女性アーティストの取扱数と売上の数値には緩やかな相関関係があり、女性アーティストの取り扱い割合が全体の半分以下のギャラリーで売上が4%減少しているのに対し、取り扱いが4分の3を超えるギャラリーでは比較的売上が安定している。

出典: The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2024

オンラインでアート販売の仲介を行うArtsy(アーツィ)によるデータを参照すると、ギャラリーに対する女性アーティスト作品への問い合わせ件数は在庫数を上回っており、マーケットでの関心の高まりが感じられる。いっぽう、日本のギャラリーでは、女性アーティストの割合が20%と世界的に低い水準を記録しており、世界上位の米国(36%)やドイツ(34%)とは大きく差が開く結果となった。

変化を迎えるディーラーの販売戦略と今後の動向

出典: The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2024

2023年、ディーラーではギャラリー独自の販売機会や導線づくりが売上を左右する大きな要因のひとつとなっていた。ギャラリー、ディーラーの直接取引の割合(オンライン含む)は、2019年の48%から64%にまで増加。ここ2年間で大きく普及率を上げたオンライン販売においても、ギャラリー独自のオンラインチャンネルを中心に、順調に数字を伸ばしている。

オンラインチャンネルはプラットフォーム内での商取引のみならず、顧客の足をギャラリーへ運ばせる導線としての働きもあり、展示会やアートフェアといった対面での鑑賞体験とオンラインというふたつのコミュニケーション経路を既存顧客を超えて展開していくことが、ディーラーにとってますます重要となると言えるだろう。

出典: The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2024

「The Art Market 2024」がディーラーに行った、当面の懸念事項についての聞き取り調査では、1位が不安定な社会情勢とその影響、2位が既存顧客との関係性維持、3位がアートフェア参加にかかる諸費用の高騰という結果になり「ゆるやかに悪くなる社会」への不安は大きいといえる。また、24年に売上の増加を予測すると答えたディーラーは前年度45%に対して36%と減少、約半数の48%が23年から変化なしと予測した。

しかし、レポートでは、長く続いた高価格帯作品中心のマーケットの逆転によって新しい風がアートマーケットに吹く可能性も示唆されている。アートマーケット全体が、いかに周縁的なアーティストや、多様な地域のステークホルダーを包摂していけるかという点についても、注目していきたい。

井嶋 遼(編集部インターン)

井嶋 遼(編集部インターン)

2024年3月より「Tokyo Art Beat」 編集部インターン