poster for 相笠昌義 日常生活

このイベントは終了しました。

今回の収蔵品展では、東京オペラシティコレクションの中心的作家の一人、相笠昌義の個展を開催しています。
芸大卒業後、公募展の落選を相次いで経験した相笠は「肉筆を信用できなくなって」油彩の制作をやめ、コラージュの制作に熱中します。《文明嫌悪症連作》は、カメラ雑誌から切り取った形体によるコラージュと、そこから展開する版画のシリーズで、人間が生み出す文明や人間の存在そのものへの嫌悪を諷刺的に表現したものでした。相笠は、モノクロームの世界の中でかたちの収集をし、沸き上がるイメージを表現すべく、試行を重ねています。本人によれば、行き詰まりを感じさせる結果となったこの連作ですが、対象の凝視、批判とユーモアの精神、人間に対する嫌悪と興味、客観的表現への志向は、これを原点に結晶し、現在の作品へと結実してゆきます。
1970年代に入ると、間接的な表現によるもどかしさから脱すべく、相笠は再び筆をとります。作風は一転して具象になりました。個々の人間が時間に翻弄されながら存在するさまを描いた《時間差計画》のシリーズは、70年代中頃から、駅や公園、動物園など、都会の中の群衆をテーマにした《日常生活》 へと移行します(以後油彩と版画は並行的に制作されてゆきます)。とりわけ「駅」は、相笠にとって、日常生活の奇矯さを象徴する題材でした。互いに関係を持たない人々が、現れては退屈な時間を過ごし、消えてはまた現れるステージとしての駅。それは最小限の要素で構成され、視線を交わすこともなく群れとして無表情で存在する人間の孤独を際立たせています。
明快なかたち(フォルム)を好む癖があるという相笠は、記憶した膨大なモチーフの中から個々を取り出し、画面上に構成してゆきます。一様にずんぐりした姿の人物は、初老の男性は背を丸く、中年女性は砲弾型、子供の顔はおむすび風・・・といったように個を超えて普遍化/均質化されています。それは常に距離を置いて人間という存在を見つめる相笠の姿勢のあらわれであり、画業と並行してきたライフワークの昆虫採集にも通じるものがあります。すなわち、発見した個体を自らの手で採集し、分類し、時折取り出して眺めることで、自らの存在とその位置を確認することになるのです。
「現代に生きる人々の風俗画を描きたい」という長年の思い通り、近作には美しい日本の四季の中にいる人々を描いたものが多くみられるようになりました。6mの大作《お花見》では、一人の人物が度々登場し、画面の中を歩いてゆきますが、それを目で追ううち、私たちはいつしか画面へと引き込まれてしまいます。画家の企みに眼を委ねつつ、日常を生きる一人として、人間のあり方についてしばし思いを馳せてみるのも一興ではないでしょうか。

メディア

スケジュール

2005年10月15日 ~ 2005年12月25日

アーティスト

相笠昌義

Facebook

Reviews

All content on this site is © their respective owner(s).
Tokyo Art Beat (2004 - 2017) - About - Contact - Privacy - Terms of Use