リチャード・タトル 展

小山登美夫ギャラリー

poster for リチャード・タトル 展

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60年半ばからニューヨークを中心に幅広く芸術活動をしてきたこのアーティストは、日常の中のありふれた素材を用いた彫刻作品を発表し続けています。紙や木片、プラスティック、ワイヤー、金属片など、それまでの美術史上では決して主役になり得なかった取るに足らないものが、タトルの作品においては美しい色彩の、緊張感を放つオブジェへと生まれ変わります。巨大さや素材の重厚さが空間を圧倒するような同時代の作品に半ば背を向けるようにして、軽妙な、時に即興的でさえある作品を次々に制作しました。初期の立体のフォルムは、自身のドローイングに描かれたシンプルでありながら根源的な形が、そのままキャンヴァスや板、針金などによって3次元へ移行したかのようです。8cmほどに切り取られたロープ片を、壁にピンでとめただけの作品もあります。折しも70年代初頭、日本においても「もの派」と呼ばれる潮流が、同様の素材を積極的に、あるがままに見せようと模索し始めていた事は、興味深い事実かもしれません。

時を経るごとにアーティストの素材は多様化し、形も複雑になっていきますが、日常で我々が目にする素材が、突然あらゆる境界を凌駕するパワーを帯び始める表現に変わりはありません。ストイックさと豊穣さが同居する作品からは、常に先鋭的であることへの探求心が見て取れます。構図とフレームの問題、線と色面、神秘性や精神性と開放された素材そのものを分ちがたく結びつけること。20世紀以降の芸術が宿命的に背負う課題を、彼は独自のスタイルで今なお探り続けています。床に近い高さで小さな作品を並べたり、全くフォルムの異なる作品をランダムに展示したり、もしくは壁面の中央ではなくあえてコーナーを活用したりと、そのインスタレーションの方法も多岐にわたります。鑑賞者の目線は自在に操られ、空間そのものが日常からある種の神聖な場所、作家の言葉を借りるならば「模倣から来るのではなく、真実に根ざした芸術」に出会う場所へと変貌してゆきます。

オープニングレセプション: 6月30日(土)、18:00~20:00

【画像: 「Section I, Extension K.」 2007年、20.6 x 15.2 x 9.2 cm (ミクストメディア) ©2007 Richard Tuttle】

メディア

スケジュール

2007年06月30日 ~ 2007年07月28日

アーティスト

リチャード・タトル

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Reviews

doublelibra: (2007-07-05 at 17:07)

Nice showing from the poet of the ephemeral. Looking at Tuttle's work can be like viewing an archive of fleeting moments. He seems at times like a butterfly collector - capturing and fixing the fugitive whim in permanence, and indeed his ability to give the appearance of effortlessness, as if these things just kind of happened on their own, can be remarkable.
The show consists of quite a few small pieces of similar size spaced around the wall at regular intervals, in two separate rooms. One room is lit with a rather strange purplish glow, kind of like as if lit with the grow-lights used to grow indoor plants. In fact one of the works in that room somewhat resembles a pot leaf. The outline of the 'leaf' is made of folded sandpaper, with clumps of sawdust spray-painted green inside the folds. But like a rorschach test, inferences drawn from Tuttle's work can reveal more about the viewer than the work itself.
The lines between intention and chance, suggestion and speculation, significance and insignificance, are all highly blurred, but often seem to point in the direction of the sublime in the most vernacular of materials.

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