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井上実 展

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アーティスト

井上実
描くよりも前にキャンバスが既にあることは、画家にとって予想以上に強い拘束となる。例えば、原稿用紙二十枚の小説を書こうとして、結果として二百枚になってしまうことはあり得るし、五枚で完結してしまうこともあり得る。その不確定のなかにこそ、未だ書かれていないものの可能性が開けている。作家が何かを創造するのは、そのような、不確定であることによってはじめて開ける可能性のなかでだろう。

しかし、二十号のキャンバスに描きはじめた絵は、完成しても二十号の大きさのままだ。これから描かれる、未だ描かれていない絵が、あらかじめあるキャンバスのサイズとぴったり合う広がりを必要とするものかどうかは、それが完成するより前には分からないはずだ。

だが、フレームがものとしてあることの強さによって、不確定であるからこそ未知へと開かれていたはずの可能性が、既にある「そっちの方」へと引っ張られてしまう。目は、ある広がりを一望のもとに捉えることが出来る。画家の目には常にフレーム全体が見えている。
このことが、フレームを先取り的に確定させ、描くことを拘束する。

逆に言えば、そこに既に、一目で把握できるある広がりと形として存在してしまっているフレームを、物理的にはその大きさのままで、決して一目では把握できない別の質をもった広がり-空間に変質させることが、絵を描くということでもある。そのためには、一望のもとに見渡すことが出来てしまっている目の前の広がりのなかで、あたかも、一寸先は闇の迷路のなかを歩くかのように迷いながら進むことをしなければならなくなる。全てが一目で見えてしまうなかで、あたかも何も見えないかのように手探りで進むこと。

井上実の描く、ボソボソとした小さな単位の筆触は、「筆触は目よりずっと遅く進む」ことをあらわしているように思われる。筆触は決して、「空間全体」を先取り的に把握しない。それは常に、一筆ずつ置かれ、一歩一歩しか進めない。描くことが、見ることに対してどうしても持ってしまう「遅れ」のなかに留まり、遅れを持ちこたえること。見ることと描くことの間にあらわれる決定的な速度の差、井上実は、この落差のなかにこそ、未だ描かれていないものの可能性が開かれる「制作」の場所を見出しているのではないだろうか。決して速く描かないこと。画面に一筆絵具が置かれる度に、見ることと描くことの速度の差が新たに生まれ、ひろがってゆくだろう。そして、その遅れが生じる度に、フレームは「一つの広がり」からこぼれ落ちる、無数の別の広がり(の可能性)を孕むことになる。

いくつかの筆触が集まって、一つの形態が生まれ、形態が集まってイメージ(図像)となり、そのイメージの重なりが一つの作品となるだろう。しかしそれらは皆、それが成り立っている時間の層が異なり、それを見るものの感覚にたちあがってくる速度も異なる。だから、それら全てを「一つのフレーム」のなかで一望することはできない。筆触も形態もイメージも、それぞれが異なる時間の系列のなかにある。だから、それぞれが同等の強さをもち、同等の権利をもち、しかも決して重ならず(しかし、ずれ込むことで響き合い)、序列化されることもない。
井上実の一見ささやかなものにも見える作品が、いつまでも見飽きず、見る度に新たな感覚を(軽い衝撃のように)たちあげるのには、そのような理由があると思われる。井上実の作品において印象的な、残されたキャンバスの地の白は、複数の時間の層の落差を吸収するブランクであると同時に、それ自身として、描かれたものとは別の時間の系列にある、所与のものとしての明るさでもあり、独自の質感で輝いているように見える。

古谷利裕

スケジュール

2009年2月5日(木)〜2009年2月16日(月)

開館情報

時間
11:3018:30
休館日
火曜日、水曜日
入場料無料
展覧会URLhttp://www.switch-point.com/2009/0903inoue.html
会場スイッチ ポイント
http://www.switch-point.com/
住所〒185-0012 東京都国分寺市本町4-12-4 1F
アクセスJR国分寺駅北口より徒歩5分
電話番号042-321-8956
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