Take Ninagawa展覧会タイトルにもなっている 「(Goodbye to)」はオキイシの長編ビデオマッシュアップ(Goodbye to) Manhattan (2010) から付けられており、またその作品タイトルは、ウディ・アレンの、失われつつある錯誤的ニューヨークへのオマージュ作品「Manhattan」(1979 年)と、ドイツのワイマール時代を舞台にしたクリストファー・イシャーウッドの短編小説「Goodbye to Berlin」(1939 年)からリファレンスをとっています。2006年から 3 年以上をかけてつくられたこの映像は、欲望と憧憬が複雑に絡み合ったプロジェクションとしてニューヨークとベルリンを舞台に、作家の自己実現のための現代的モティベーションを表します。映画「Manhattan」からとられたオリジナルのフッテージが、オキイシがベルリンで近しい作家達と撮影した新しいフッテージと混合され、更には、ドイツ語で翻訳された映画の字幕を、また英語へ再翻訳することによって、ダイアローグを生成しています。
オキイシの日本で初となる展覧会「(Goodbye to)」は、更に三つ目の要素、東京を加えることによって、むしろ都市の名前は無効になり、新たな要素の集積、又は置換という潜在的な無限性を与えました。展覧会には「(Goodbye to) Manhattan」に加え、現在のニューヨークの街を写した写真がオリジナル映画のロビーカードに写るアレンのロマンティックで祝祭的なニューヨークのイメージを覆うようにコラージュされた作品シリーズ「(Goodbye to) Manhattan lobby card」と、不動産物件を扱うウェブサイト StreetEasy.com から引用した、1916 年から 18 年にマルセル・デュシャンが住んでいた西 67 丁目のマンハッタンのアパートメントのイメージを引用した作品「Marcel Duchamp on StreetEasy.com」シリーズが展示されます。
神経に障るような、壊れた美的センスをもつこれらの作品からは、現代的な感覚としての転置(Displacement)と、近い将来と近い過去への強い憧憬が伺えます。近年の社会的構造とテクノロジーの発展よって誘発された興奮と不確かさによって、私たちは、先人の生き方を再現したいという欲求̶それは道が既に記されているのでとても誘惑的である̶と、新しいコンテクストの中で、つまり新しい街の身体的空間から、インターネットの身体のない空間までにおいて、私たちを改革するか、その狭間で悩み果てています。どちらかを美
化するのではなく、オキイシは現在に生きるという気高い不器用さを提示します。
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