「projectN 51阿部未奈子」展

東京オペラシティ アートギャラリー

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目の前に広がる阿部未奈子の雄大な風景画を前に、思わず深呼吸したい衝動に駆られました。いつか登った山の見晴台で、谷間の集落をはさんだ向かいの山並みから届く心地よい風に、登り坂の疲労がすっと消えていったことを思い出したのです。そしてふと気がつきました。私の記憶に残るあの時の景色とは、山の頂ひとつひとつや眼下の木々の形といった細部の集まりとしてではなく、全身で感じた身体的な感覚やそこに流れる空気など、目には見えないものの像なのではないか、と。
一貫して風景を描く阿部ですが、画面に表されているのは写実としての風景ではなく、編集された記憶の中の風景です。モティーフのもととなるのは、阿部自身が旅先で撮った写真やインターネット上で見つけた各地の風景写真など、現実に存在する場所の写真です。阿部はこれらの写真をコンピュータに取り込んで色面分割し、さらにエフェクトをかけて揺らぎを与えながら加工していきます。私たちが目の前の風景を見て記憶する道筋そのままに、すなわち、細部を省略しながら抽象化し、感覚的な体験を加えていくといった記憶のステップをなぞるかのように、画像を作っていくのです。 こうしてできあがった下絵をキャンバスに描きうつすのですが、絵具を塗るために使うのは絵筆ではなく、マスキングテープとローラーです。入り組んだ線で囲まれた面を、線の通りに切り抜いたマスキングテープで縁取ってはローラーをかける、という地道な作業の繰り返しを含め、阿部の制作工程は職人的と言っていいほどシステマティックです。隣り合う面との干渉を避けるため、塗る色の順番まで事前に決め、下絵にもとづいて淡々と画面を仕上げていくその過程には、即興的な遊びの入り込む余地はありません。
阿部は、濃密なタッチでペインタリーな画面を作る画家や、大胆なブラッシュストロークでドローイングのように画面を仕上げていく作家の対極にある、「職人系」アーティストのひとりと言えるでしょう。こうした作家に共通しているのは、機械的ともとれる作業を重ねる中で、自分の作品から驚きを得たいと思っている点です。実際、阿部自身も「ルールを作って、それを続けるからこそ飛び出してくるものがある」と言っているように、ルールとは表現を制約するものではなく、予測を超えた結果を生むための手段ととらえることもできます。あるルールを作り、それを作品に適用させるのは作家自身ですが、ひとたび運用すればルールは作家の協働者として自律的に働きます。作家の主体性はルールを作る段階と、それをどこまで介入させるかバランスをとるところで発揮されますが、ルールの自律性は描き手の予定調和を壊しながら、作家に新しい地平を見せます。このような作家は、描き手という主体であると同時に、そこから一歩離れた鑑賞者としての視点を持つ者であると言えるでしょう。
最後に、阿部がモティーフとして風景を選ぶ理由について考えてみます。前述したとおり、阿部は風景写真に加工をほどこしてイメージを作っていきますが、本人いわくそれは風景を自分に近づけ、理解するための方法だと言います。視覚的な情報をぎりぎりまでそぎ落としていくのは、名前や歴史といった場所の固有性を排することで、彼女自身がそこで得た感覚、とらえた空気の記憶を浮かび上がらせ、視覚的に再現するためです。風景とは、これら阿部にとってもっともリアルなものを表すための単なるきっかけにすぎないのかもしれません。それでも風景を描き続けるのは、このリアルな感覚をできるだけ多くの鑑賞者と共有したいという思いに導かれてのことではないでしょうか。遠景に山を望み、近景を見下ろすような高台の視点からの風景が多いのは、こうした場所に行ったことのある人ならば誰しも経験があるように、「見る」という行為にしばし没頭し、日常の些末な事柄から心身を解き放たれるある種特異な場所であるからでしょう。細部の省略と抽象化によっていわば匿名(アノニマス)になった阿部の風景が大きくうねる時、記憶の像はそれぞれに違っても、あの時見た/感じた風景が鑑賞者一人ひとりの中にくっきりと浮かび上がるのです。
[画像: 阿部未奈子「Scene no. 33」(2012) 油彩,キャンバス 181.8 x 227.3 cm courtesy: artist and Base Gallery]

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スケジュール

2013年01月12日 ~ 2013年03月24日

アーティスト

阿部未奈子

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