高木こずえ 「鏡と穴 - 彫刻と写真の界面 」

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[画像: 高木こずえ 「insider」(2006) ラムダプリントとアクリル ]

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デジタルデータが写真である。音楽、文章、グラフィック、映画でもある。統一的に一次元のそれらデータをモニターの外に連れ出そうとするとき、つまり実体物に変換するとき、データは彫刻化される。実体をもたないデータをどのような機材、素材に接続し てリアライズさせるか、彫刻化の過程こそ今問われている。自分たちが物体としての身体を備えている以上、データは彫刻化され触知可能な実体になることが必要だと、気づかされたのである。これまで物体感を見過ごしがちだったレコードや活版は、今となっては圧倒的に彫刻的である。すでに断ち切られた制作の起源を訪ね、かつての彫刻化の技術を学ばねばならない。写真メディアは実体物をデータ画像に変換する媒介者として、汎用され世に遍在している。そのデータは多様な出力法により どのようなものにも化身できる。つまりデジタル写真はあらゆる物質の表面上に憑依可能な、【型/mold】としてある。【型/mold】は穴である。そこにどんな物質も受け入れる。一方で写真は鏡だと言われてきた。現実物を写し出して、自らの実体 は見せない、反射率100%の鏡だと。今や写真は【型/mold】という穴でもある。実体物の写真像とありもしないものの像をデー タ上で区別しない以上、この穴には底がない。反射率0%の穴である。穴と鏡が写真であるとき、そのあいだに彫刻が出現する。もとより彫刻と写真はつながっていた。絵画の批判に画中画が有効なように、彫刻を批判する彫刻を考えるとしたら、それは写 真になる。彫刻メディアを俎上に上げるには、ひとつの彫刻を今ここにある現実性のなかに、特定の場と時間のなかに見なけれ ばならない。つまりそれは写真である。彫刻と写真が接続されるとき、伝統彫刻のモニュメンタル性と普遍性のコーティングは剥 がれ、傷つきやすくとらえがたい現代彫刻の生な面が露出する。それを支えられるのもまた写真しかない。光を反射しない見えない穴と、反射像だけを見せて自身を見せない鏡が、向かい合っている様を思い浮かべたい。現代写真と彫刻のありかをそこに見る試み、本展の基点である。

[関連イベント]
アーティストトーク
日時: 4月8日(土) 18:00~19:00

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スケジュール

2017年04月08日 ~ 2017年05月13日

オープニングパーティー 2017年04月08日19:00 から

アーティスト

高木こずえ

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