上村松篁展

小さく弱きものへの慈しみ

poster for Shoko Uemura Exhibition

上村松篁 展

横浜、神奈川エリアにある
そごう美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2008-02-29 - 2008-03-24)

In レビュー by Hana Ikehata 2008-03-24

上村松篁《月夜》(部分) 1939年/絹本彩色横浜のそごう美術館で開催されている上村松篁展に足を運んだ。上村松篁(うえむらしょうこう)は明治35(1902)年生まれの日本画家である。母の名は上村松園(うえむらしょうえん)といい、彼女もまた高名な日本画家であった。私は今回の展覧会を訪れる前にも何度か松篁の作品を目にしたことがある。ただ、いつも頭のどこかで「松園の息子もいい絵を描くのだな」などと思いながら見ている自分がいることに気付いていた。日本女性の凛とした美しさを表現した美人画で名を馳せ、女性初の文化勲章受章者であるという、仰ぎ見るにふさわしい程の立派な母である松園の名があたかも枕詞のように連想されるのが私にとっての上村松篁であったように感じる。しかし今回のこの回顧展は私の中のそのような枕詞を消し去り、繊細で温かな絵を描き続けた一人の画家としての上村松篁像を認識するに十分な内容のものであった。

上村松篁《青柿》 1947年/絹本彩色本展覧会では作品は年代に沿って展示されており、松篁の時代ごとの作風の変化を楽しめるようになっている。初期の写実的な画風から、確かな写生力・構図力を礎とした意匠的な表現に変化していく様が見てとれて興味深い。草木や動物の持つ色彩や質感を、その絵筆を通すことによってより魅力的に、かといって華々しく主張させるのではなくあくまで穏やかに、見る者の心のひだにしなやかに沿うように描いている。

例えば《青柿》(1947年)のまだ熟していない実のつやつやとした緑、雨に濡れてその色を深く鮮やかにした大振りの葉の間から顔を出している様子は、遠くない未来の自分が色づくことを知ってか知らずでか、今はまだ雨に打たれていることそれだけで楽しいと小さな心を弾ませているかのようである。それは今という時だけに輝く若さへの静かな賛歌である。

そして松篁の絵に鳥や動物などが登場する時―いわゆる「花鳥画」と分類される表現―その絵はさらに見る者を惹きつけるようになるのである。松篁の絵に登場する動物たちは、小さい。しんと深い緑の中、春を待つ雪の下、そういった自分より大きな自然の懐に包まれた動物たちは小さく、弱く、それゆえに見る者の心に愛おしさを想起させるのである。私達は絵の中の小さな鳥を見て、日々の生活の中で触れ合う年端もいかぬ子供らを思う。そして、そのような小さき者たちだけではなく、もう十分に大人といえるほどの年齢だけは重ねた自分も同じく、自分より大きな存在に抱かれ、うつろい変わり続ける季節の風の中で、弱くとも懸命に生きている小さき者なのではないかと感じるのである。

上村松篁《樹陰》 1948年/紙本彩色《樹陰》(1948年)では、画面の大部分を覆う葉の緑が美しい色調のグラデーションを用いて表現されており、地面の湿り気と共にひんやりとした植物の香りも伝わってきそうな様子である。その深い緑の陰に小鳥が一羽、華奢な肢で土の上に乗っている。その存在は儚げで弱くはあるが、素朴な生の持ついじらしさといったものが力まずに描かれている。

《春雪》(1982年)では、去りゆく冬の置き土産であろうか、雪が積もり残っている笹の葉の下、おしどりのつがいが春を待っている。寒そうに首をすくめる雌を心配そうに見やる雄という解釈は擬人化が過ぎるとの謗りを受けるかもしれないが、しかし、おしどりという画題をもって夫婦の情愛というものを描きたかったであろう画家の思いは十二分に感じ取れるところである。

動物が描かれている絵の中で特に印象的であったのが《月夜》(1939年)である。それは、青いトーンで統一された幻想的な色調という特徴と共に、そこに描かれている兎の親子の描写に惹かれるからである。子兎の無垢な愛らしさはもちろんのこと、何かの物音を聞きつけたのか、立ち上がって様子を伺う弱き親兎の強さに心打たれる。それは4人の子供をもった松篁であり、守るべき愛する何かを抱えている鑑賞者自身である。

《水温む》(1988年)には、落ちた椿に1つの季節が過ぎ去ることの哀愁を、可憐な小鳥に新しい季節が来る喜びを見ることができる。まだ寒い風の中にも春の日差しを感じるこの3月、生への静謐な慈愛に満ちた作品に会いに横浜を訪れてみてはいかがだろうか。

Hana Ikehata

Hana Ikehata. 物心ついて一番最初に経験した「美術に触れて息が止まるほど感動した瞬間」は、中学生の時、パリのルーブルでサモトラケのニケを見た時。若かりし頃、失恋の奈落の底で見た雪舟の天橋立図は周りの誰の慰め言葉よりも心に清々しい風を吹かせてくれた。東京大学卒業後、数年ほど、しがないサラリーマンをする。美術は趣味と割り切って生きるつもりだったが、自分の持てる時間は有限であるということに気付き、限りある人生をめいいっぱい使って大好きなことで奮闘したいと思い、突如「美術ライター」を志す。「美術と人をつなぐ仕事」なら何でも挑戦してみたい。「いわゆる日本画」「日本美術」「ちょっと古いもの」とカテゴライズされる作品群に好きなものが多いと感じている。 ブログのんびり更新中 ≫ 他の記事

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