第5回恵比寿映像祭『パブリック⇄ダイアリー』

揺らぐパブリックと個の境界線——新しいかたちの「日記」をとおして、みえてくるものとは?

poster for 5th Yebisu International Festival for Art & Alternative Visions: Public Diary

「第5回恵比寿映像祭 パブリック⇄ダイアリー」

恵比寿、代官山エリアにある
東京都写真美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2013-02-08 - 2013-02-24)

In 特集記事 by 東京文化発信プロジェクト 2013-02-19

東京・恵比寿の東京都写真美術館、恵比寿ガーデンプレイスセンター広場、ザ・ガーデンルームほかで『第5回 恵比寿映像祭』が2月24日まで開催されている。

本イベントは映像作品の展示やシアターでの上映をはじめ、ライブイベントやシンポジウム、講演、トークセッションなど、複合的に行う映像とアートの国際フェスティバルだ。毎年ひとつのテーマを出発点に、映像を用いた作品や芸術性の高い映画作品を紹介しながら “映像とは何か?” をキーワードにその可能性と未来を探ってきた。5回目となる今年の総合テーマは、“パブリック⇄ダイアリー”。「日記」をキーワードに、映像の力について考える。

「日記」といっても、表紙に鍵がかかった日記帳だけではなく、私たちがブログやツイッターなどのソーシャルネットワーク上に日々書き込んでいるものも “新しいかたち” の日記帳といえるだろう、と総合ディレクターの岡村恵子氏は語る。

展示部門には、クリストファー・ベイカー、ベン・リヴァース、荒木経惟など国内外から16組の作家が参加。上映部門では、昨年亡くなったマイク・ケリーの追悼特集やハーモニー・コリン参加のオムニバス映像作品のアジアプレミア上映などが行われる予定だ。まずは今回の総合テーマについて岡村氏に伺った。

(文:TABlogライター タカギ ミキ)

「パブリック」と「ダイアリー」の間にある記号 ⇄ が意味するところは?

「当事者の視点で継続的に記録され、日付や時刻等の情報に関連づけられるものを「日記」と定義づけることができるとすれば「日記」的な映像は、さまざまに見ることができる。記録メディアとしての映像の可能性や課題、表現形式としての「日記」のあり方といったことを探っていきたい。さらに、そうした作品を通じて、人が「日記」を記す理由や、記された「日記」をどう読み解くことができるのかについて考えたい。

出来事を本人以外の目に触れられることのない鍵のかかった日記帳に書くのと、世界中の人々がアクセス可能なツイッターやブログに書くのとでは、個のあり方や表象、コミュニケーションの仕方が全く異なってくる。それはいい意味に捉えることも出来るし、その逆もしかり。たとえば、ツイッターでの表現はごく個人的なものでありながら、その小さなコミュニティのなかで違うパブリックを形成している。本来の自分がもつ脆い部分を出すことを抑圧され、プライベートな部分にも公的な視点が入り、自分を隠したり、自分をあえて演じないといけなかったりという窮屈さや管理されている状況が、知らず知らずのうちに形成されてしまう。

パブリックな意識と、個(=プライベート)としての意識は同時にあるものだし、どちらかだけで成立するものではない。「公」と「私」の間で揺らいだり、せめぎあったりして当然だし、極端にどちらかに傾いたり、どちらかが抑圧されてしまったりという状況は健康ではない。昔はもう少し、パブリックとプライベートの境界線が形骸化されていたし、明快でもあったが、今はその境界が(「パブリック」と「ダイアリー」の間にある記号 ⇄ が左右を示し合うように)揺らいでいる。自分もおかれうるこのような状況を考え直す視点をもつことで、いろんなことが見えてくるのではないか。

映像がいかに歴史を構築する際に使われてきたのか。与えられた映像によって私たちが考えることや、モノの見方がいかに操作されうるのか。また、本質が見えているようで、実は見えていなかった、というような課題を、映像祭をとおして気づいていただき、政治的、批判的な視点で考えるきっかけになってもらいたい。」

ベン・リヴァース《スロウ・アクション》2010年


「いま自分が持っている視点と違う視点を、違う見方も含めて教えてくれるものがアート」と語る岡村ディレクター。続いては、本展の見どころをディレクターの解説とあわせて紹介する。


【展示部門の見どころ】


■クリストファー・ベイカー《ハロー・ワールド! または、私は如何にして聞くことを止めてノイズを愛するようになったか》

SNSやYoutubeなどから、誕生日メッセージなど膨大な数のヴィデオレターをインターネットを介して収集。これらのヴィデオレターが示すのは、テクノロジーの発達により、簡単にメッセージを他者に届けることが出来るようになったが、個人間のやりとりがインターネットという不特定多数がアクセス可能な公共の空間で行われる違和感だ。今日において消滅しつつある「プライバシー」の様態を可視化した。

「個人のさまざまな発言も、それを一度に大量に見せられた時にはノイズにしかならない。個人の歴史、記録はどうやって残されるのかと考えたとき、大量の情報は発してはいるものの、それをどうやってつないでいくのか、どうやって読み返すことが出来るようにするのかということを考えさせられる作品だ。」(岡村ディレクター)



■荒木経惟《過去・未来 写狂人日記》

2011年3月11日を境に、過去はネガフィルム、それ以降の未来はポジフィルムで撮影。過去はプリントした写真を、未来はポジフィルムをそのままライトボックス上で展示している。

「日付の入ったスナップショットや日々の生活を記録し、個人的な日記を露出し、まるで写真を撮ることこそが人生だと訴えているような作品。しかし、そこにはリアルな荒木さんだけでなく、脚色や自分を演じている部分もある。本音と本音ではない部分がせめぎあったり、隠したり、見せたりという、日記の象徴的な部分やあり方を作家自ら体現した作品である。」(岡村ディレクター)



■野口靖《レシート・プロジェクト》

展示室を訪れた人々からレシートを集め、時間と空間を同時に示す図面上にマッピングし、消費行動をまとめたデータベースを独自に作り上げた作品。野口靖が2006年から継続して行っているプロジェクトだ。

「私たちの消費行動は企業や行政によってシステムで集積されている。私たちの手元にあるレシートも集積することによって日々の生活のログとなる。日付や出来事をリテラルに書いた日記だけでなく、『日記的なもの』として読み返せるものも含めて考えるきっかけになるだろう。」(岡村ディレクター)



■川口隆夫《a perfect life – vol.6 沖縄から東京へ》

ダムタイプのメンバーである川口隆夫による本作は、インスタレーションとしても空間を楽しむことができるが、会期中9回、この作品を舞台にソロパフォーマンス公演が予定されている。

「映像と歴史の親和性が高いということはそこに “時間軸” が入ってくるからである。そこで、映像祭の会期中にもそれを設けようと考えた。来場者が映像祭に持ち込む時間や、周辺に同時に流れている時間軸をどうやって映像祭に取り込むことができるかと考えたとき、15日間という会期中に起こることを映像祭に取りこもうと試みた。「自分のことについて語る」ことをテーマにしたパフォーマンスだが、リアルな部分もあれば脚色された部分もある。いろんな角度から「日記」をたどってきた展示空間の最後の部屋に位置している本作品は、本映像祭のひとつの帰結点ともいえる。」(岡村ディレクター)



【上映部門の見どころ】


■アジアプレミア上映 ハーモニー・コリンら3カ国の気鋭の映像作家によるオムニバス作品《フォース・ディメンション》

本作は、ハーモニー・コリン(アメリカ)、アレクセイ・フェドロチェンコ(ロシア)、ヤン・キヴェチンスキ(ポーランド)らが参加するオムニバス作品。“四次元” をテーマに、“今・ここ” にしか生きられない現実の中で、新たな世界観へ発展していく様子を描いている。中でも、キヴェチェンスキによる《Fawns》は、洪水に備えて住民が待避した村を舞台に、若者たちの世界観が変わる瞬間を描いたものだ。東日本大震災を経験した私たちにとってさまざまなことを考えさせられる作品でもある。

「三人のアプローチは全く異なっており、テーマの読み解き方もさまざまだが、3作を通してみると、現代のリアリティにおける時間の在り方が浮き彫りになっているのがわかる。コリンは非常に日常的な「個」の視点から、現代を上手に切り取る作家であり、また本作には俳優のヴァル・キルマーが本人役で登場している注目の作品だ。」(岡村ディレクター)



■マイク・ケリー追悼特集

昨年なくなったマイク・ケリー。2011年に彼が手がけた最初にして最後のパブリックアート・プロジェクトの一環として、故郷である、アメリカ・デトロイトで撮影されたドキュメンタリー映像が上映される。上映にあわせて、ホイットニー美術館のキュレーターが来日し、プロジェクトの成り立ちや、ケリーが私たちに何を遺したのかについて考察するスペシャルトークが本映像祭最終日の24日に開催される。

「ケリーは、アメリカ社会における歴史の「陰」の部分を背負いながら、制作活動を行っていた作家として知られ、それが “パンク” というスタイルで非常にエネルギッシュなに作品に投影されていた部分もある。晩年に制作された本作からは、彼が何を考え、何をやってきたのかが同時にわかるだろう。」(岡村ディレクター)


【オフサイト展示(恵比寿ガーデンプレイスセンター広場)】

■鈴木康広《記憶をめくる人》

昨年話題になったエキソニモ《Eye walker》に続いて、今年のオフサイト展示に取り組むのは、鈴木康広。巨大なパブリック空間に、巨大なノートを模した立体造形物が出現。これまで自分の思考過程やイマジネーションを綴ってきたノートは、作家にとってきわめてプライベートで大切なもの。ノートを見れば、彼が何を考えているかが見えてくるというわけだ。彼のノートに描かれたイメージを巨大なスクリーンに投影することで、いったい何を思い描いているか頭の中を公開する、というようなものだ。

「ツイッターに書いた私的なことが、実はインターネットを介して世界中にばら撒かれているという様子とリテラルには通じてくるような、今回のテーマについて象徴的な作品。一個人によるまだ形になっていないアイデアや発せられたばかりの言葉、イメージみたいなものが、巨大なパブリック空間をどういう具合に侵食するのか。作家本人がそれを体感してみたいということで、彼は会場に頻繁に訪れる予定。滞在している時間帯は本人が実際に描いているものがスクリーンに投影される。自分の描いている私的な日記が、すぐさま公にさらされるということ。パブリックな空間というスケールの中で、プライベートな作品を作ってしまえるかどうかというチャレンジでもある。」 (岡村ディレクター)


私たちは、おいしい食べものや美しい光景に出会って感動したら写真を撮り、ブログやフェイスブックに感想を書く。些細なひとり言の書き込みを、ほんとうは誰かに見つけてもらい、同調してもらいたくてツイッターに投稿する。もはや日常となりつつあるブログやツイッター、フェイスブックとの関わりや捉え方なども “パブリック⇄ダイアリー” に包含されていると考えると、今回の恵比寿映像祭は、アートや映像に普段から馴染みのない人たちにとっても、より身近に、気軽に楽しむことができるだろう。

映像祭では、ほかにも日本ではあまり知ることのできないイスラエル社会の現在を浮き彫りにする上映プログラム「約束の地―イスラエル現代アーティスト特集」に注目したい。さらに、それぞれのプログラムに連動して、上映作品作家と気鋭のキュレーターを招いてのレクチャーが行われるなどイベントも目白押しだ。

会期中は20時まで開館(最終日を除く)しており、上映作品は夕方以降にスタートする回も用意されている。平日の仕事帰りでも楽しむことが可能だ。会期は2月24日まで。ぜひお見逃しなく!

[写真] 第5回恵比寿映像祭フェスティバル会場より 提供:東京都写真美術館 撮影:新井孝明

TABlogライター:タカギミキ 横浜生まれの横浜育ち。アートとは無縁の人生を送ってきたが、とある企業のイベントPRに携わった際、現代美術と運命的な出会いを果たす。すぐれた作品に出会うとき、眠っていた感覚や忘れていた感覚が呼び起こされる、あるいは今までに経験したことのない感覚に襲われ全身の毛孔が開くような、あの感じが好き。趣味は路地裏さんぽ。 ≫ 他の記事

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