3年目の「TERATOTERA」を支える人々
―中央線沿線を舞台にしたアートプロジェクトの今―

チーフディレクターの小川希さん、事務局スタッフの「たこさん」に吉祥寺・Art Center Ongoing にて今年度の活動についてお話しをうかがいました

In Main Article 3 特集記事 by 東京文化発信プロジェクト 2013-03-28

2010年から始まったアートプロジェクト「TERATOTERA(テラトテラ)」。この名称には、JR中央線に位置する高円〈寺〉と吉祥〈寺〉というふたつの地域を結ぶという意味と、さらにテラ=大地をつなぐという意味が込められています。3年目となる2012年は国分寺までエリアが拡大され、ボランティア「テラッコ」の活躍により多くのイベントが実現しました。人手不足で悩むアートプロジェクトの現場が多い中、その活力の源はどこなのか。チーフディレクターの小川希さんと、事務局スタッフの「たこさん」こと小澤恭子さんにお話を聞きました。

文: TABlogライター 橋本誠(アートプロデューサー、TARLコーディネーター)



参考記事:
■ TERATOTERA祭り―吉祥寺のまちなかを舞台に開催された大規模アートイベント(2011年)
■ 中央線沿線エリアをつなぐアートプロジェクト「TERATOTERA」―チーフ・ディレクター小川希さんに聞く今後の展開(2010年)

左から小川希さん、たこさん。吉祥寺にある Art Center Ongoing にて

参加メンバーは学生から60代まで。みんな「テラッコ」といって「コ」が付きます。

——TERATOTERAも2012年で3年目を迎えたということで、今年度は、吉祥寺~高円寺までの「East」、吉祥寺~国分寺までの「West」と活動範囲が拡がりました。今日は少し長い目での振り返りのお話もいただきたいのですが、まずは秋の山場だった「テラトテラ祭り」までがどんな様子だったのか、ざっくばらんにお聞かせください。

小川: 「TERATOTERA」は、今年「NEO公共~新しい公共を探る~」と題して、アートが公共空間でどう機能するのかを考えました。これの大きなコンセプト設定と、メイン企画である「テラトテラ祭り」(9月17日~11月4日)のトリを飾る吉祥寺での企画は僕が行いましたが、エリア内の中央線沿線で毎週末のように各駅で実施した「途中下車の旅」は、全てテラッコが企画段階から主導して行ったイベントでした。テラッコとは、(TERATOTERA を支える)ボランティアスタッフのことなのですが、活動に興味があって一緒にプロジェクトを作っていきたい人を条件を設けず募っています。もちろん事務局が活動をフォローしますが、お手伝い感覚とは全然違って、今年度は「自分たちが主体でやっている」という意識で関わってくれたことがこれまでとの大きな違いでした。

——テラッコにはどんな人がいるんでしょうか?

小川: 半分くらいは地元の人で、あとは横浜など、いろいろなところから来てくれています。TERATOTERAの活動に興味があるという人もいれば、それに限らずこのエリアの文化に興味があって、そこで自分たちもなにかできればという人も多いですね。学生もいるし、60代の方もいて、年齢層はさまざまです。職種も、メイクアップアーティストや映像制作会社勤務、イベント制作会社勤務、新聞記者、主婦の方などさまざまです。年配の方もたくさんいるのに、みんな「テラッコ」といって「コ」が付きます(笑) フラットな関係で、若い人は先輩方の話を聞けて楽しいし、年配の方は若い人と触れ合えて楽しい。そういう関係ができていると思います。

たこ: そうですね。変な垣根みたいなものがないですね。そこがいいなぁと思います。

大所帯のテラッコチーム。ミーティングは近隣のコミュニティセンターなどを利用して行っているそう。

「やらなきゃいけない」仕事じゃない

——今年度はエリアも広がり、テラッコが深く企画に関わりそのイベント数も増えたということで、事務局のたこさんはすごく大変だったのではないでしょうか。

たこ: まず、テラッコの活動は「仕事じゃない」わけですよね。最初、だんだんみんなが一生懸命になってきて、「うわー、やらなきゃ」みたいな雰囲気になっていたときに、小川さんがテラッコに対して「仕事じゃないから、楽しくやれることが大切」と言ったことがありました。さすがにみんな仕事をもちながらやっているので、切羽詰まることもあります。そういうときは、どこまでをすくいとって、どこまでを任せるのかという判断が難しかったです。

——何人ぐらいで活動していたのですか?

たこ: 今年度は40人、各駅での企画にそれぞれ10人くらいです。だから、みんなそれぞれ掛け持ちですることになり、なかにはすごく頑張って、ほとんどの駅にフォローで回ってくれる人もいました。企画を考えたい人と、関わってなにかお手伝いしたいという人と2種類に分かれましたね。

——皆さん本当にモチベーションが高いんですね。たこさんも最初はそのひとりだったと伺っていますが、深く関わるようになったきっかけがあれば、ぜひ知りたいです。

たこ: そんなに難しいことは考えてなくて、ただ楽しかったというのが理由です。もっと関わりたくなったときに自分の仕事がちょうど一区切りついて、関わることができました。こんなに長くやれるとは思わなかったのですが、ちょうどタイミングが合ったのと、小川さんとも相性がすごく合って。TERATOTERAを知ったのは同じ東京アートポイント計画の「Tokyo Art Research Lab(TARL)」で、小川さんがコーディネーターを務めている「アートプロジェクトの0123(オイッチニーサン)」を受講したことがきっかけです。アートプロジェクトに関わりたいと思っているけれどまだ何もやったことがない人に一から基礎的なこと、例えば歴史からアーティストを知ることや、文章を書くことを教わるのですが、美術の知識が無くてもとりあえず“初心者から”というコンセプトに惹かれました。そこですでにTERATOTERAのボランティアをやっている子がいて、誘われて活動を始めました。

——じゃあ自然な感じで小川さんの現場に入っていったということですね。たこさんみたいにどんどん入り込んでいってしまう人は多いのでしょうか?

小川: 確かにTERATOTERAで中心になって活動してくれている人は、やっぱりTARLから入ってくれた人が振り返ってみると多いです。1年間かけて行うものなので、それなりに信頼関係もできてくるし、僕もこの子だったら任せられるなとわかるので。TERATOTERAで事務局をつくるということになった時に、やはりたこさんは授業のときから優秀な人だったので、お誘いしました。そしたら彼女からもぜひ、という返事をもらって。


ちゃんと失敗するから、発見がある

——テラッコ構想というのは、TERATOTERAの開始頃からあったと思うのですが、当初のイメージと現状を比較して思うところはありますか?

小川: 初めは、いわゆるボランティアのテラッコが、企画を考えることまでは想定していませんでした。でも集まってきてくれた方々が思った以上に能力のある人たちで、企画とかができるタイプの人が多かったのです。だから、この人たちが会場整理とか、ただのお手伝いだけをするなんてもったいないと思ったし、むしろ彼らだけで何か出来るのではないかと。これは実際に皆さんと会って話をするなかで思うようになりました。それで、今のテラッコ主導という体制が出来上がったのですが、それも自分がそうしようといったわけではなくて、自然にそういう流れになりました。

——テラッコの企画で印象に残ったものはありますか?

小川: 西荻映像祭 - TEMPO de ART –』ですね。僕は、このときテラッコがちゃんと失敗してくれているというか、みんな経験を積んで、これはだめなこととか、こうすればいいんだという発見をして成長していくんだなぁ、というのをリアルタイムで見ることができて良かったです。僕も自分自身で場所を見つけて企画して、アーティストと交渉してということをしてきたので、それが思い出されました。

8組の若手アーティストがラーメン屋、古本屋、「crazyなbar」、ヴィンテージショップなど12の店舗で映像作品の展示を12日間にわたって開催。ファッションブランド「STORE」のショップでは奥田栄希さんの作品を展示。ここは実はラーメン屋さん。店内の壁には、店主が集めたものやお客さんからのお土産が大切に飾られていました。その中に、東野哲史さんの映像作品を展示。

たこ: すごく大変そうでしたね。ほかの企画はある程度会場とのやりとりがでてきたときに、フォローに入ったりしていたのですが、この回だけは、テラッコが自分たちで店舗を探して、自らその交渉もやっていたので、いろいろな壁がありました。店舗に了承をもらうのは比較的早かったのですが、そこから作品を設営するまでの作家と店とのパイプ的な役割をうまく担えなかったのかなと。

小川: 自分たちは面白いと思っても、店側はこんな独りよがりなものになってもらっちゃ困るよという反応がかえってきたり。

たこ: やはり商売をやっている上で、その場を借りて行う難しさがありましたね。

小川: 守られてやるのではなく、なにも無い場所から、自分たちで一からやりたいことをやるという難しさを目の当たりにしたのではないでしょうか。でもテラッコ本人たちが来年もまた絶対やりたいと言っていたのは良かったなと思います。1回やって疲れちゃってもう2度とやりたくないじゃなくて、プロジェクトのクオリティはともかく、また来年もやりたいと言ってくれたのが良かった。


「予定調和でもなくて、文脈主義でもなくて」
吉祥寺・井の頭公園で開催したテラトテラ祭り 後半を振り返る

「いちにちじゅうすきなことがしたい」「ねことくらしたい」「いとこに会いたい」。子どもたちが日常で「こうなったらいいな」と思っていることを書いたプラカードを持って井の頭公園内をデモ行進!

——小川さんが担当された「NEO公共『ART』」はどうだったのでしょうか。
昨年、井の頭公園近くの焼き鳥店「いせや」が老朽化のため取り壊しになりましたが、その骨組みを再利用したプロジェクトもありましたね。

小川: 手前味噌ですけど、すごく良かったと思っています。井の頭公園で、あえて2日間という短い期間を設定してやったのですが、テーマに応じて、アートが公共空間でどう機能するのかということを考えた企画です。

加藤翼さんは、解体されたいせやの骨組みを組み直し、引き興して、また引き倒してっていうことを井の頭公園の一番大きな広場のところでやったのですが、すごく大勢の人が集まって感動を呼びました。

山本篤さんはホームレスの家のようなものを作ってそこに住み、その人が日課として1日に5~6回ボートに乗ってその上で獅子舞を踊るという設定の作品を展開しました。本当にただ踊っている獅子舞がいる(笑)。それを見ようと橋の上も人だかりになって、終わると拍手が起きて、でも中から現れるのはホームレスで、その人がものすごいスピードでボートを漕いでまた自分の家に戻って行くという(笑)。

予定調和でもなくて、文脈主義でもなくて、何かよく分からないけれど外でやっていて、それに出くわすという経験、それを公共の場でできたということもあって、ものすごく感動しました。きれいなもの、誰が見ても分かりやすいものではなくて、何か分からないけれど何かぞわぞわするというものをやっていきたいと思っています。

いせやから譲り受けた廃材を組み直して、建て壊しになった店舗を公園内に再現。骨組みにロープをくくりつけ、集まった参加者で「引き興し」。翌日には「引き倒し」が行われました。

公園の中に現れた団子の屋台。アーティストが団子屋のオヤジさんに扮したパフォーマンス作品でした。彼が作る「とても食べられない団子」にお客さんは……


TERATOTERA という場所

——TARLの話に戻りたいのですが、実は僕もいま事務局として関わっていて、その立場から、確かに座学も大事なのですが、現場の遠さみたいなものを課題として感じています。小川さんはその両方に関わられていて、いかがでしょうか。

小川: 僕は自分が現場主義で、誰かの下についたり、修行したりすることはなくて、ひたすら自分でトライ&エラーを繰り返してやってきた部分があるので、現場に出ないと意味がないと思っています。だから、講座に関しても、最終的に現場に出て実際にやらないとだめだと思っています。その意味でTERATOTERAがあることで、講座で学んだことが実際の現場でどういうふうに役立つのか説明しやすいと感じています。ただその逆もあって、現場でやっているとどうしてももっと知りたいと思う人が出てきて、そういう場合に講座という受け皿があるのはとてもいい関係だと思います。

たこ: 私はまったく畑違いなところで生きていた人間なので、やはり講座という入り口はとても大事だったと思います。自分の原点は、小川さんが講座の初回で話したOngoingを始めた話ですね。講座を手伝っているとそれを何回も聞くのですが、やはり何回聞いても、それが、受講しているみんなに自分も何かできるかもしれないという気にさせるというか、可能性を感じさせると思います。文章を書いたりとかは正直どこでも勉強できると思います。でもそれを実際に現場で経験している人から聞くのはやはり違うと思うし、そういう意味でも講座と現場が両方あるのはとても良いと思います。

——今後活動を続けていく中での構想はありますか?

小川: 僕は現場主義なので、現場をやっていって、それが自然と歴史になっていくというのが基本的な考え方なのですが、面白いのは、最近テラッコたちが、この動きをシステム化してどう継続させていくかということを考えたいと言い始めたことなんです(笑)。今は、東京都と東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)との共催でできているし、予算もある程度は保証されていますが、それが無くても、この運動体を継続させていくかを1年かけて考えたいと話しています(笑)。

たこ: そもそも、なんでみんなこんなに継続して集まっていられるのかというのは、やはり楽しいからずっと関わっていたいというのがあると思うんです。だから場所があるということが大切で、TERATOTERAじゃなくても、そういった場所があれば彼らが集まっていけるのではないかなと思います。

小川: ゆるやかな繋がりでコミットできて、しかもそこで自分がある程度認められて、何かしら得ることができる場所が、今の時代にあまりないのかもしれないですね。普段、何か足りない部分をTERATOTERAという場所、テラッコの活動が満たしてくれていたらいいなと思います。

宮内優里さんをはじめ、aus + takcom、Twigs & Yarn ら電子音楽系のミュージシャンが出演した『納涼の音(のうりょうのね)』もテラッコが自ら企画した音楽イベントでした。

——たこさんはどのような時が楽しいと思いますか?

たこ: どういう時だろう。やはり作品ができた時は楽しいと思いますね。自分では作れないけど、作家をフォローしていい作品が完成した時は楽しい。やってよかったなーと思います。

小川: アートであることはすごく重要だと思います。ボランティアであればなんでもいいわけではなくて、みんな、アーティストが来るとか、話せる、作品が見られる、ということに対してすごく大きな期待感があります。だから、作品ができあがると一緒にすごくよろこんでいます。もちろん音楽や演劇もやりますが、アーティストと一緒になにかできるということで、ものすごく満たされる部分はあるんだろうなと見ていて感じますね。

たこ: 関われば関わる程、そのプロセスを経験することになり、ただ作品を鑑賞することとは違う感動を与えてくれる。

小川: 最近はマイナーなアーティストをどうプロデュースするかということまで考えてくれているテラッコもいたりします。もっとメジャーにして、もっと地域と繋がって、もっとプロジェクトを拡大していけたらということなんですかね(笑)。

たこ: そういう思いをもつ人が、ひとりふたりいると周りに伝染していくということがあると思います。

小川: そう思うと、TARLの1期生の存在は大きいです。すごく視野が広くて、今でもTERATOTERAの中心でいてくれる人もいます。たこさんもその一人です。彼らがそういうビジョンを引っ張ってくれている。そもそも講座を見つけて来るというのはモチベーションが高いですよね。

——枝葉は1期生が作ってきてくれている、ということですね。小川さんの向かいで小川さんと共感するビジョンをもって話すたこさんがいる。それを2期生、3期生といった後輩が聞いて「たこさんすごい!」みたいな(笑)。
TERATOTERAというアートプロジェクトの現場や、アートプロジェクトの学びの場が、それに関わる人たちの間に、何とも言えない豊かな関係を生み出しているのだなと思いました。

TABlogライター: 橋本誠 1981年東京都生まれ。横浜国立大学卒業後、フリーのアートプロデューサーとして活動開始。東京文化発信プロジェクト室にて「東京アートポイント計画」を担当(2009-2012)後、再びフリー。多様なアートプロジェクトやアートコンテンツの企画・編集プロダクションを手がけている。主な企画に都市との対話(BankART Studio NYK/2007)、KOTOBUKIクリエイティブアクション(横浜・寿町エリア/2008~)など。

写真協力: TERATOTERA事務局、吉岡理恵

東京文化発信プロジェクト

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