さすがは『トレインスポッティング』や『スラムドッグ$ミリオネア』の監督、ダニー・ボイルが手がけるミステリーサスペンスというべきか。最新作『トランス』は、過去作品に通じる高揚感はそのままに、更なる深化を遂げた最高のエンタテインメントに仕上がっていた。音楽はロンドンオリンピック開幕式でも演出のボイルとタッグを組んだアンダーワールドのリック・スミス。物語のボルテージをどんどんと上昇させ、タイトル通り「トランス」の陶酔感に引き込む音楽は「最高!」のひと言に尽きる。疾走感のあるストーリー展開と音楽は、まるでライブを観ているかのような熱狂に観客を包み、気が付く頃には自らもトランス世界の中にいることを知るだろう。
主役の3人には『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』のジェームズ・マカヴォイ、『ブラック・スワン』のヴァンサン・カッセルにロザリオ・ドーソンと名優が揃い、どれも一筋縄ではいかない独特のキャラクターを見事に演じきった。複雑に入り組むプロットを構築した脚本家は『トレスポ』以来のジョン・ホッジとあって、文句なしの豪華スタッフに公開前から名作を予感する声が高まっている。
失われたのは絵画か? 記憶か?
フランシス・ゴヤ《魔女たちの飛翔》をめぐって
本編は白昼のオークション会場から、売値40億円を獲得したゴヤの名画《魔女たちの飛翔》が盗まれることから始まる。オークションを仕切るのは実際のサザビーズのオークショニア(競売人)だけあって、その迫力は本物だ。冒頭から緊迫した展開の中、盗んだ主犯格のひとり、サイモン(ジェームズ・マカヴォイ)はある衝撃から記憶喪失に陥り、名画は彼の記憶と共に行方をくらましてしまう。
ゴヤといえば、宮廷画家として名を馳せた一方、西洋画ではじめて女性の陰毛を描いた問題作《裸のマハ》や、暗い夢と空想の世界へ誘うシュールな作品を描き続けたスペインの大家。主人公たちを翻弄する《魔女たちの飛翔》は、現実の境目が曖昧になる本作の世界観を象徴する一枚だ。
トランス(催眠)に誘われ、記憶と現実が交錯する
どういうわけか計画と異なる行動に出たサイモンを追いつめるギャングのリーダー、フランク(ヴァンサン・カッセル)。彼はサイモンの記憶を取り戻すため、ある催眠療法士を引き合わせる。それこそが、物語の謎を紐解き、舞台をトランスの世界へと誘う中心人物エリザベス(ロザリオ・ドーソン)だった。
このロザリオ・ドーソンの演技がとにかく素晴らしい。催眠をかける魅惑のボイスと謎めいたミステリアスな姿(そして壮絶セクシー!)、彼女なくしてこの映画は成立しなかっただろう。彼女の誘導によってトランス(催眠)状態の記憶と現実が交互に入り組み、観客はあっという間に彼女の術中に取り込まれてしまう。そうして、3人の主人公たちは奇しくも複雑な三角関係を結び、ラストには各々が物語冒頭とは全く異なる表情を見せることとなる。
小気味が良いほど、スタイリッシュな世界観
——そりゃーあの監督ですからね、面白かったですよ。スタイリッシュ、だけじゃないんだけど… とにかく端々がロンドンっぽくて。(会田誠)
美術家、会田誠氏もコメントしているように、本作でもダニー・ボイル独自のセンスが爆発している。先述したリック・スミスの音楽はもちろんのこと、美術セット、アクション展開の映像編集に至るまで、すべてがスタイリッシュでクールなのだ。痛快で小気味が良いほどのスピード感は、やはり『トレスポ』のダニー・ボイルならでは。そもそも催眠というオールドなテーマや大仰な物語設定も、ボイル流のスマートさと最高の音楽でさらってしまうのが憎いところだ。
精神の内奥に迫る複雑に絡み合った記憶をめぐるミステリーと、ボイルの多彩な能力が自由自在に発揮された傑作映画『トランス』。公開は10月11日(金)から、お見逃しなく!
■映画『トランス』
配給:20世紀フォックス映画/R15+
http://trance-movie.jp
10月11日(金)より、 TOHO シネマズ シャンテ、シネマカリテ他 全国ロードショー
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