夭逝の天才。2人の筆致をパリで観る – シーレとバスキア

なぜこの2人が時と場所を超えて出会う展覧会が開かれたか。フォンダシオン ルイ・ヴィトンにて1月まで

In レビュー by Xin Tahara 2018-11-30

こんなにも若い才能がほとばしる展覧会を目の当たりにできるとは――そしてその2人がいずれも若くして命を落としている事実、生き急いだとも思える多数の作品を前に言葉を失いかける。

パリのフォンダシオン ルイ・ヴィトンで2つの展覧会「エゴン・シーレ」展、「ジャン=ミシェル・バスキア」展が同時開催中だ。
およそ1世紀の時間と異なる国とが隔てながらも、2人にはいくつもの「運命」の共通項が見て取れる。

まずは両者がほぼ同じ28年の生涯だということ。シーレは1918年にスペイン風邪に没し、バスキアは1988年にオーバードーズで亡くなった。彗星のように現れ、消えていった美術史のスターたちは、短いキャリアの中で人気を博し、多数の作品を遺した。シーレは300、バスキアは数千のペインティングを描き、さらにそれ以上の枚数のドローイングをしたためた。
その中の250点近くが一堂に会するという千載一遇の好機が、この展覧会というわけだ。

2人とも没後10年経たずに「伝説」となった存在という点でも共通だ。ただし意外にも、評価がうなぎのぼりになったとは言えないようだ。シーレは1960年代の批評家には「トイレの落書きのようだ」と評されたり、バスキアも2017年にロンドンのバービカン・センターで大規模個展があったにもかかわらず、なんとイギリスではどの美術館も作品の所蔵がない。なおのこと、同年に前澤友作が当時のアメリカ人アーティストの世界最高額123億円で落札した《Untitled》 (1982)がバスキアの評価をさらに押し上げた印象も高まる。

それぞれのメンターとも言える存在がいたことも重要だ。シーレはクリムトの影響を色濃く受け、表現主義的な線の描き方、背景の配色などをその後の代名詞とも言える特徴的なセルフポートレートに活用していったという。一方、バスキアにとっては、アンディ・ウォーホルがいた。

ウォーホルとはなんと150以上もの作品を“コラボレーション”した

カリビアン・アメリカンである出自、虐げられてきた人々の怒りを代弁した

しかしこうした「偶然」によるこじつけだけが本展の企画の意図ではない。担当したキュレーター、ディーター・ブックハルトによると、2人の「線」にも共通するものがあるという。「イグジステンシャル・ライン(実存的な線)」が両者の表現にある、つまり対象の人物の実存に迫る線の描き方だ。
デフォルメした線から身体の存在を感じる線、そして大胆な筆致で力強さを湛える線――。

歴史にもし、はないが、両者が死なずに生きていれば、果たしてその後も同じ表現をしただろうか? ブックハルトは敢えてアートではないものを引き合いに出した。「若かったからこそ、シリコンバレーの起業家のような、ゲームチェンジャーであったとも言える。高齢になって他の表現に追いつけたかというと、シーレは映画に興味を持っただろうか。バスキアはメディアアート、パフォーマンス、インスタレーションに傾倒したかもしれない」。

実に構想8年をかけたこの展覧会で、これほどの偉大な足跡を遺した才能同士の邂逅に思いを馳せたい。

■概要
タイトル:「エゴン・シーレ」展、「ジャン=ミシェル・バスキア」展
場所:フォンダシオン ルイ・ヴィトン
会期:2018年10月3日 〜 2019年1月14日
住所:8, Avenue du Mahatma Gandhi Bois de Boulogne – 75116 – Paris
電話番号:+33 1 40 69 96 00 
開館時間:12:00 〜 19:00(金〜21:00、土日11:00〜) 
休館日:火 
料金:一般 16ユーロ(ウェブサイトで事前予約をオススメ)

Photo: Xin Tahara

Xin Tahara

Xin Tahara. 北海道函館市生まれ。Tokyo Art Beat PR・セールス、ソーシャルメディア、ニュースの編集も。都内を中心に自転車でアートスペース巡りが日課。料理と植物も。 ≫ 他の記事

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