公開日:2023年6月24日

【プライド月間】イギリスのテート・ブリテンで行われたクィア・アート・イベントの1日をレポート!

トランスジェンダーとしての経験を語るパフォーマンスから、「クィアな男らしさ」を体現するヒーロー、自作の服やZINEを売るマーケットまで。祝祭的なイベントの様子をお届け。

左:Queer and Now 2023 © Tate 出典:https://www.tate.org.uk/whats-on/tate-britain/queer-and-now-2023 右:Queer and Now 2018 ©︎ Anne Tetzlaff

国立美術館で楽しむクィア・イベント

6月は、世界各地でLGBTQ、性的マイノリティの権利を啓発する様々なイベントが行われる「プライド月間(Pride Month)」。2023年6月10日、テート・ブリテン(ロンドン)において館を挙げての大規模なイベント「QUEER AND NOW 2023」が行われた。国立美術館でこのようなイベントが行われることは日本ではまだまだ珍しいことかもしれないが、テートはこのイベントを2017年から開始している。本稿では、すっかり6月の定番となったこのイベントのなかでも、とくに印象的だったものをいくつか紹介していく。なお、執筆者はヘテロセクシュアルのアライ(出生時の性別と性自認が一致する異性愛者で、性的マイノリティの支援者)であり、反トランス差別フェミニストである。また、本稿のなかにも登場するいくつかの重要なキーワードについては、筆者が昨年執筆したこちらの記事で詳しく解説し、関連するアーティストを紹介している。こちらも併せて読んでもらえれば、クィア・アートの「いま」をより良く理解できるかもしれない。(クレジットのない写真は筆者による撮影)

子供と楽しめるワークショップから美術館をクラブに変えたパーティーまで、美術館をクィアする1日

「QUEER AND NOW」の最初の開催は2017年。2017年はイギリスで同性愛が非犯罪化されてから50年という節目の年であり、テート・ブリテンでは展覧会「Queer British Art 1861–1967」が行われた。これは、英国の国立美術館で初めてクィア・アートのみに焦点をあてた展覧会であり、現代美術史を語るうえでとくに重要な取り組みだったといえる。この展覧会以降、テートではこれまで可視化されていなかったクィア・コミュニティによる芸術活動に光をあてる動きが盛んになっており、従来の「イギリス美術史」を塗り替えるようなキュレーションの展覧会が多く開催されるようになった。今回の「QUEER AND NOW」も、常設展の展示替え、およびカリビアン・ブリティッシュのアーティストでありオープンリー・ゲイでもあったアイザック・ジュリアンの英国初の大回顧展「What Freedom is to Me」と並行して開催された。

「QUEER AND NOW 2023」は、大まかに「Families」「Art and Museums」「Queer Joy」という3つのセクションに分類されており、それぞれ特徴のある内容を展開していた。「Families」は、そのタイトルの通り子供から大人まで楽しめるようなワークショップを提供していた。「Art and Museum」は映画上映やトークショーのほか、ロンドンを拠点とする複数の団体がクィア・ヒストリーのアーカイヴを展示する「Archive Alley」などのプログラムが目白押しだ。そして、なんといっても目玉は夜間に展示室を開放して行われる「Queer Joy」だろう。このプログラムでは、テート・ブリテンの常設展示室に特設ステージを設置し、ドラァグ・クィーンたちによるヴォーグダンスやラップのパフォーマンスなどが披露された。

ブルース・リー・チョウ:アジア人身体と「クィアな男らしさ」

「Art and Museums」プログラムのなかでもとくに印象的だったのが、ウィスキー・チョウによるアニメーションの上映とトークセッションを組み合わせた「AI Art and the new-born digital “QUEERO”」だった。ウィスキー・チョウは、ロンドンを拠点にドラァグ・キング(男性の姿に異性装してその役割を演じるドラァグパフォーマーを指す)として活躍するアーティストである。チョウは、アジアおよび中国におけるクィア・ディアスポラたちの存在を可視化するプラットフォームとして2020年より「Queering Now 酷兒鬧」を立ち上げ、自身がキュレーター・パフォーマーとして参加している。

今回のイベントで初公開されたのは、チョウの新作となる映像作品《Bruce Lee Chow》。そのタイトルが示す通り、このキャラクターはブルース・リーの身体とチョウ自身の顔をAIで組み合わせることによって生まれた。香港人俳優のブルース・リーは、欧米でもっとも良く知られているアジア人スターのうちのひとりだ。チョウは、映画やアニメに登場する典型的な「ヒーロー」のイメージにクィアである自分の姿を重ね合わせることで、メディアのなかで作り上げられてきたステレオタイプな「男性らしさ」、そしてアジア人男性の身体を更新することをめざす。クィアなヒーロー、その名も「Queero」だ。

トークセッションの冒頭で、チョウはQueeroのアイデアが生まれたきっかけは、ブリアナ・ゲイ殺人事件にあると述べた。2023年2月11日、マンチャスターに近いウォリントン地区で、当時16歳のトランスジェンダー女子学生であったブリアナ・ゲイさんが刺殺され、英国のトランスコミュニティに深い傷を残したことは記憶に新しい(*1)。被害者は自分と同じような状況にある10代のトランス女性にホルモン治療に関する情報発信を行ったり、Tiktokerとしても活躍していたものの、いっぽうで学校での激しいトランス排除といじめ問題に苦しんでいた。この殺人事件は、ヘイトクライム(特定の属性をもつ人に対する憎悪に基づいて行われる犯罪行為)の可能性もあるとして英警察によって捜査が進められている。長閑な郊外の公園という、犯罪とはほど遠いように思える日常的な場所で起きてしまったこの悲劇は、英国のトランスコミュニティに深い悲しみをもたらすとともに、被害者の身体的性と性自認、そして性表現(*2)にかかわらず「安全な」場所は存在しているのか?という重要な課題を顕在化させた。

チョウは、サウザンプトン大学ウィンチェスター美術学校との提携のもと開発されたAIソフトウェアにいくつかのキーワードを投げかけ、ブルース・リー・チョウが「いるかもしれない」世界を想像する。たとえば「Safe Space(安全な場所)」という言葉を投げかけた時、AIはブルース・リー・チョウの姿は森林のような自然のなかに配置する。しかし、これは本当にクィアの当事者たちにとって「安全」な場所だろうか? チョウは、AIが生成するイメージに疑問を投げかける。実際の社会では、真昼間の公園や長閑な田舎であっても、クィア当事者を対象とした暴力的なヘイトクライムが発生しているのだ。このような状況からクィアたちを守ってくれるヒーローがいるとしたら、それはどんな存在なのだろうか?

講演中のウィスキー・チョウ
トークセッションの様子。登壇者は左からサウザンプトン大学のスニル・マンガーニ、同大学のエド・ドゥスーザ、アーティストのウィスキー・チョウ

これまで映画やアニメに登場してきたヒーロー像は、ヘテロセクシュアルのマジョリティ男性として描かれることが多く、「男は強くあるべき」という異性愛中心的な行動規範を色濃く反映する存在として表現されてきた。しかし、クィアコミュニティに安全をもたらしてくれるヒーロー、「Queero」は、対象を力でねじ伏せる「男らしさ」を武器にはしない。チョウは、このプロジェクトを通じて、オールドファッションな「男らしさ」に依存し、弱者としての女性を強者としての男性が救い出すという紋切型のヒーロー像を書き換える「クィアな男らしさ」 を表現したいという。チョウ自身の言葉を借りれば、「クィアな男らしさとは力を指すのではなく、弱さに寄り添うためにあるのだ(Queer masculinity isn’t about power, it’s for vulnerability)」という。

トークセッションに参加したサウザンプトン大学のスニル・マンガーニは、テート・ブリテンで最近行われた展示替えで女性やクィアのアーティストに光があてられたことを賞賛しつつも、それらはあくまでテートのコレクションのなかという制限の下で行われたことであって、実際の社会を完全な形では反映していないということに言及した。マンガーニは今回の「Queero」を生み出すに当たってAIソフトウェアの開発に尽力したが、その中でAIが白人の顔は高い完成度で表現できるのに対し、アジア人や黒人の表現はまだまだ精度が低かったという。《Bruce Lee Chow》は、ステレオタイプな「男性らしさ」をクィアな視点から考え直すための起点となる重要なプロジェクトとなるだろう。

クィア・アーティストたちの夕べ

18時をすぎると、テート・ブリテンの常設展示室が小さなステージに様変わりした。夜間に行われた「Queer Joy」は、18歳以上の鑑賞者だけが入場できるプログラムだ。ヴィクトリア時代の絵画を集めたテート・ブリテンのメイン展示室に特設ステージが用意され、まるでナイトクラブのように照明が落とされる。

満員の観客で会場の熱気が高まるなか、Madonnaの代表曲「Vogue」が大音量で流れ始める。クィア・コミュニティでアイコニックなこの1曲(*3)とともに登場したのが、「Drag Syndrome」のパフォーマーたちだ。Drag Syndromeは、世界初となるダウン症を持つドラァグ・クイーン/キングたちのコレクティヴである。メンバーそれぞれ工夫を凝らした華やかな衣装とメイクアップ、そして何よりそのエネルギッシュなダンスで会場は大盛り上がり。パフォーマーのひとりであるレディ・フランチェスカ(Lady Francesca)が舞台を降りて観客と触れ合ったときには歓声が飛び交った。

筆者が昨年Tokyo Art Beatに寄稿した「クィア・アートをめぐる5つのキーワード」でも言及した通り、ドラァグとパフォーマティヴィティにかんするインターセクショナル(*4)な理論の更新は、クィア・コミュニティの中でも喫緊の課題となっている。異性愛規範や既存のバイナリを攪乱するためのドラァグ・パフォーマンスにおいてでさえ、マジョリティが望む表現を演じなければならないというプレッシャーが存在する(*5)。Drag Syndromeのメンバーたちも、ネット上での心無いコメントに苦しんだ。このコレクティヴのメンバーたちは「トランスの権利を主張するために利用されているだけ」である、との批判が相次いだ時期があったという。エイブリズム(*6)に基づいてドラァグ・パフォーマーたちのアイデンティティを無視し、ダウン症を持つ人々をまるで判断力のない子供のように扱った批判に、メンバーのレディ・マーキュリー(Lady Mercury)は自身のSNS上でこのように応答した。

「私たちには確かに才能があります。私もその家族もダウン症を持っていますが、私たちだって他者から尊重されるべきなのです。なかにはダウン症を体調不良を引き起こす病気か何かのように思っている人もいるかもしれませんが、それは違います。ダウン症とは、ダウン症とともに踊ることを意味するのです」

クレイ・ボウラー:トランス男性としての経験をパフォーマンスに

また、同じイベントに登場したクレイ・ボウラー(Claye Bowler)は、FtM(Female to Male、出生時に割り当てられた性別は女性だが男性として生きる人のことを指す)で、倉庫から物品が搬出される時のように、台車に乗って登場。彼は、自らの身体性に根差した彫刻作品と、トランス男性としての経験そのものをアーカイヴするパフォーマンスで知られている。この夜のパフォーマンス《Live Archive》は、イギリスの医療制度のなかで彼がトップサージェリー(乳房の組織を取り除く手術)を受ける過程において制作されたという。トランジション(*7)手術の前に、ボウラーは自分が「手に入れたい、この姿になった自分を見たい」と思う体のギブスを作った。ボウラーは、自らの理想とする身体の鋳型を作ることと、実際に自身の身体にメスを入れることを並行することで、これらのギブスがまるで自分自身を映す鏡のように感じた、と語る。ボウラーが最初にGP(イギリスの国民医療制度によって運営される地域の医療施設)を訪れたのは2016年、トップサージェリーが完了、傷跡が完全に回復したのは2022年のこと。この間に新型コロナウイルスの流行やBrexitが重なったこともあり手術には多大な時間を要し、この期間にボウラーは大きな不安と期待、様々な感情の揺れ動きを経験した。舞台上で彼はそのギブスを現在の自身の身体にあてがってみながら、まるでスタンドアップ・コメディのように軽妙な語り口で自身の経験をシェアしていく。

ガーディアン誌のインタビューでボウラーは、自身の作品はトランスジェンダーとシスジェンダー、どちらの観客にも等しく情報を提供し、「あなたが払いのけるか、あるいは存在してほしくないと思っているこの存在を見つめる(look at this thing that exists that you either brush over or that you don’t want to exist)」(*8)ことを目的としていると語る。また、パフォーマンスのすべてが徹底的にボウラー自身の個人史に根差していることは、自己の経験と、ほかのトランスのそれを同一化しないためであるとも述べている。ひとことで「クィア」「トランス」といっても、その存在は一枚岩ではない。その主体がトランス男性なのかトランス女性なのか、アジア人なのか黒人なのか、障がいを持っているかいないか……トランスの経験には様々なレイヤーがあり、それぞれが異なっているということを忘れたくはない、というのがボウラーの考えだ。彼は、あくまでひとりの「白人トランス男性」として、美術史のなかにクィアの存在を組み込むことに挑戦している。

皆が集うマーケットも。「開かれた場所」としての美術館で行われた祝祭

「QUEER AND NOW」が開催されたのは快晴の土曜日で、テート・ブリテンの中庭にはフードトラックが立ち並び、ビールを片手に友人と語り合う人々の姿がたくさん見られた。パフォーマンスや映像上映を鑑賞するためには当日券が必要だったが、昼頃に美術館に行くと、チケットを求めて入り口の外まで行列ができていた。また、美術館の最上階のスペースで行われた「Queer Marketplace」には、ZINEや自作の洋服、アクセサリーなどを販売するクィアたちが集い、賑わいを見せていた。パフォーマーとして舞台に立つ者から詩や文章を通じて自己表現をする者、あるいはデジタル技術によって新たなクィア文化の発展を実践する者まで、このイベントのなかでは、様々なかたちで自己表現をするクィアたちが集い、互いに交流できる祝祭的なエコシステムが生まれている。

2017年には「英国史上初」だったクィア・アートの展覧会だが、現在のイギリスでは性的少数者のアーティストを取り上げた展覧会が数多く開催され、専門のアートスペースや公立美術館もオープンしている(*9)。しかし、歴史に目を向けてみれば、この国ではほんの数十年前まで、同性間での性行為は違法とされていたのだ。イギリス社会が包括的なものへと変化していくスピード感には、日本も学ぶべきところが多いだろう。もちろん、このことはイギリスがパーフェクトに包括的な社会であることを意味しない。素早い社会の変化に抵抗を覚えるものがいないわけではないため、「QUEER AND NOW」のような公のイベントでは、つねにクィア当事者が攻撃される可能性が含まれている。テートは、2017年の第1回開催時より、このイベントに「バイブ・チェッカー(Vibe Checker)」という役割を設けている。会場内で排他的・差別的な言動が確認された時や、不快に感じる状況に遭遇したとき、バイブ・チェッカーのスタッフたちがパフォーマーと鑑賞者を守ってくれるのだ。今回も、名札を下げたスタッフが会場内に何人も常駐していた。残念ながら、いまのイギリスの社会でも、特定の属性の人々を排除しようとし、攻撃する人は存在する。しかし、包括的な社会への第一歩のためには、公の機関が一丸となってそういった攻撃に「NO」を言うことが必要不可欠であろう。バイブ・チェッカーたちの雇用を通して、テートはクィア・コミュニティが絆を深めあえる場所を提供するとともに、差別的言動に徹底して反対することで、公機関として「アライ」的な態度の実現に努めようとしているといえる。

2023年現在、日本ではまだ同性婚をめぐる法整備は整っておらず、「マジョリティ」に属さない人々が生きやすい社会にはまだまだ遠い、というのが現状である。しかしながら、今回紹介したようなイギリスの事例は、日本における安全なクィア・コミュニティの形成に多くのヒントを与えてくれるだろう。形式的にレインボーフラッグを掲げるだけでは、クィア・コミュニティが守られるとはいえない。インターセクショナルな視点を持ち、排他的言動に本気で対抗することで、初めて包括的な空間が生まれ得るのだ。

本稿で紹介したアーティストたちは、今回のイベントに参加したうちのほんの一部にすぎず、この記事がイギリスのクィア・コミュニティのすべてを可視化しているとはいえない。今回は、本文だけではなく註にもクィア理論を理解するためのキーワードを簡単に解説しているので、より深い理解のためにぜひチェックしてもらえるとうれしい。この文章を通してひとりでも多くの人がクィア・アートに関心を持ち、どんな人にとっても生きやすい社会を私たちの手で拓いていけることを願う。

*1──この事件についてはネット上のいくつかの記事でその詳細を確認することができる(実際の事件詳細およびトランスヘイトの状況について言及しているものも多いため、閲覧は無理のない範囲で)。Smith, Raven. 2023. “What We Know about the Murder of Brianna Ghey.” British Vogue. February 15, 2023. https://www.vogue.co.uk/arts-and-lifestyle/article/the-murder-of-brianna-ghey.
*2──ジェンダーとセクシュアリティについて考えるとき、重要な基本的要素として「身体的性、性自認、性的指向、性表現」が考えられる。「身体的性」とは染色体の組み合わせなどによって出生時に割り当てられた性別、「性自認」とは個人が認識している自身の性、「性的指向」とは恋愛感情や性的な関心が向く性、「性表現」とは服装や振る舞いなどを通じて個人が表現する性を指す。
*3──クィア・コミュニティとパフォーマンスを語る上で非常に重要なのが、「ヴォーグ・パフォーマンス」である。ヴォーグ/ヴォーギングとは、ファッション誌「VOGUE」を語源とするダンスパフォーマンスの技術のひとつであり、1960年代にアフリカ系およびラテン系アメリカ人によるLGBTコミュニティで定期的に開催されていたBall(ボール)と呼ばれるダンスパーティーで生まれた。ファッション誌のモデルのようにポーズを決める手の動きが特徴で、マドンナの楽曲「Vogue」のなかでこの振付が披露されたことをきっかけにメインの音楽シーンにもその存在が広まった。
*4──インターセクショナリティとは、性別、人種、民族、階級、性的指向、障害、宗教、年齢などの要素が個人の経験や社会的地位に影響を与えることを指すキーワードである。例えば、性的少数者の中でも、さらに人種的マイノリティ、障害を持っている場合など、異なる属性やアイデンティティが相互に重なり合うことで、その人の経験や社会的な差別の経験などに影響がある。
*5──昨年のターナー賞にノミネートされたヴィクトリア・シン(シン・ワイ・キン)は、ドラァグパフォーマンスの中で白人女性に扮することを求められる圧力が存在すると語っている。“ヴィクトリア・シン:アジア系女性ドラァグ・クイーン,” I-D, 26 Dec 2016, accessed 05 June 2022, https://i-d.vice.com/jp/article/3kb87v/talking-race-and-intersectionality-in-drag-with-victoria-sin.
*6──エイブリズム(Ableism)とは、「能力がある者が優れている」という評価方法を指す。この考え方は、特定の能力や機能を持たない人々が社会的な排除や不平等に直面することを意味している。社会におけるエイブリズムは、身体障がい者への無理解や差別的な言動に加え、建築物などへの物理的アクセス制限(エレベーターがなく車いすでは入れない場所など)も含まれる。
*7──トランジションとは、自分が自認するジェンダーに合わせて生まれ持った性別から移行することを指す。トランジションには、メイクや髪型の変化、乳房や外性器の手術など、身体的な見た目を性自認に近づけるための移行と、人称代名詞を変更したり、周囲の人々にこれまでとは異なる性の個人として接することなど、社会的な相互承認によってもたらされる移行がある。性別移行手術を行う前には「RLE」(Real Life Experience、実生活体験)と呼ばれる期間を設け、自分が希望する性別として生活することで社会的な性別移行を経験することが推奨されている。例えばボウラーの場合、外見的トランジションの第一歩は自身の髪の毛を剃ることだったという。トランジションは、1度の手術で簡単に実現することではなく、数多くの社会的・身体的な変化を経て実現されるものであり、この移行過程にある当事者には周囲からのサポートが必要不可欠である
*8──Moore, Sam. 2022. “Claye Bowler: ‘I Want to Put Trans People on the Map in Sculpture.’” The Guardian. October 26, 2022. https://www.theguardian.com/artanddesign/2022/oct/26/claye-bowler-i-want-to-put-trans-people-on-the-map-in-sculpture.
*9──ロンドンにおけるクィア・アート施設や美術館の開設については昨年公開されたこの記事にくわしい。また、このほかにも大英博物館の「Desire, love and identity」、ロンドン博物館の「London's LGBTQ+ History」など、ロンドンだけでも複数のクィア・アートの展覧会が開かれている。

齋木優城

齋木優城

齋木優城 キュレーター/リサーチャー。東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻修士課程修了後、 Goldsmiths, University of London MA in Contemporary Art Theory修了。現在はロンドンに拠点を移し、研究活動を続ける。