この初夏ロンドンにオープンした2つのクィア・アートスペースとは? Queer BritainとQueercircleをレビュー【プライド月間】

6月は、世界各地でLGBTQ、性的マイノリティの権利を啓発する様々なイベントが行われる「プライド月間(Pride Month)」。本稿ではロンドンにオープンした2つのクィア・アートスペース、国立美術館のQueer Britainと、コミュニティスペースであるQueercircleを現地から紹介する。

Queercircleにて、ミカエラ・イヤーウッド=ダン《Let Me Hold You》の展示風景 2022年6月9日〜8月8日 © Deniz Guzel

世界でも画期的な2つのクィア・アートのためのスペースが誕生

2022年初夏、2つのクィア・アートスペースがロンドンにオープンした。ひとつは、イギリスでは初となる国立のLGBTQ+美術館である「Queer Britain(クィア・ブリテン)」。Queer Britainはキングスクロス駅すぐ近くにオープンし、5月5日に一般公開がスタートした。そしてもうひとつは、ノースグリニッチ駅近くのクリエイティブコミュニティ・Design District内にオープンした多目的スペース「Queercircle(クィアサークル)」だ。本記事では、それぞれの施設を実際に訪れ、その様子を写真とともにお届けする。(クレジットのない写真は筆者による撮影)

国立のLGBTQ+美術館「Queer Britain」

Queer Britainが位置するのは、フランスやオランダとイギリスをつなぐ玄関口・キングスクロス駅から徒歩5分程度の場所。ファッションデザインの名門校であるロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズのキャンパスにも隣接しており、活気ある若者たちが中心のエリアである。

Queer Britainの外観 © John Sturrock : Kings Cross

Queer Britainのコンセプトは、「クィアの文化を保存し、探究し、祝福する(preserved, explored and celebrated)」こと。ディレクターのジョセフ・ガリアーノが2017年にテート・ブリテンで開催された「Queer Britain」を鑑賞して以降このアイデアを温め続け、じつに5年の歳月をかけて完成した国立のLGBTQ+美術館だ。

オープニングを飾った展示「Welcome to Queer Britain」では、展示室は主に3つのパートに分かれていた。入ってすぐまず目に入るのは、Queer Britainの公開にあたって昨年新設された「Madame F Award」の受賞者たちの展示だ。第一席に輝いたのは、サディ・リー(Sadie Lee)による肖像画。モデルとなっているのは、キャバレーの世界で活躍するデヴィッド・ホイルである。また、第二席に選ばれたのはポール・ハーフリート(Paul Harfleet)による写真作品。自身を南国の鳥になぞらえ、享楽的なイメージを作り出している。

サディ・リー デヴィッド・ホイル 2021 © John Sturrock : Kings Cross

中央の部屋には、Getty ImagesとM&C Saatchi Collectionが協賛した写真アーカイブと、リーバイス社が協賛した写真プロジェクトが展示されていた。前者は、イギリスにおける同性愛の歴史を1870年代まで遡り、クィア・コミュニティの歴史を振り返ることができるような内容となっていた。1967年に同性愛を部分的に非犯罪化した議員レオ・アブセ、エイズ流行下で陽性患者との交流をはかるダイアナ妃、レズビアンの先駆的な小説『孤独の井戸』の著者であるラドクリフ・ホール、2014年にスコットランドで同性結婚をしたカップル……。それぞれの写真はイギリスにおけるLGBTQ+の歴史の象徴的な出来事を切り取っている。

会場風景 © John Sturrock : Kings Cross

会場風景 © John Sturrock : Kings Cross

後者は、2019年にロンドン中心部・コベントガーデンで行われたポップアップ展示「Chosen Family」を再構成したものである。このポップアップには、ベックス・デイ、クバ・ラインウィッツ、ロバート・テイラー、アリア・ロマニョーリ(Bex Day, Kuba Ryniewicz, Robert Taylor, and Alia Romagnoli)という4人の写真家が参加し、クィアな家族とその絆をテーマに複数の家族を撮影した。「Chosen Family」というタイトルは、イギリスで活躍するシンガーであるリナ・サワヤマの楽曲とも共通している。

「We don’t need to share genes or a surname, you’re my chosen family(遺伝子も苗字も共有してなくていい、あなたは私のChosen family)」という楽曲の歌詞の通り、Chosen Familyとは、生まれ持った性別や法制度に規定されるのではなく、強い精神的つながりによって結びついている関係性のことを指している。これは特にLGBTQ+コミュニティに寄り添うコンセプトだが、国際結婚をしたカップルや養子を迎えた家族など、現代社会における多様な家族の形態も同様に祝福するだろう。性別や人種の壁を乗り越えて「家族」となった人々の姿は、クィア・コミュニティの明るい未来の可能性を見せてくれる。

アリア・ロマニョーリの展示
アリア・ロマニョーリの展示

なかでも、アリア・ロマニョーリ(Alia Romagnoli)によるシリーズは、南アジアにおける家父長制に挑戦的な視線を投げかけている。インド・カルナータカ州出身のロマニョーリは、インドの伝統的なテキスタイルと神話、そして80年代のボリウッド映画から作品のインスピレーションを得た。彼女は「生物学的な家族があなたの進む道を認めない時でも、あなたは家族を持てる。あなたが彼らを選び、彼らもまたあなたを選び、家族になることができる」と語り、クィア当事者のポートレートを撮影している。

最後の部屋に展示されていたのは、アリー・クレウェ(Allie Crewe)による「You Brought Your Own Light」シリーズだ。まるで合わせ鏡のように展示された2枚の写真のうち、片方はトランス女性、もう片方はトランス男性のポートレートである。クレウェは長年トランスジェンダーのポートレートを撮影し続け、写真を通じて彼らの個人的な物語を伝えている。トランスジェンダーの人々は、公共の場での嫌がらせや医療サービスを受けるうえでのケアの不足など、性的マイノリティのなかでもさらに困難な立場に置かれることが多い。クレウェの写真が国立美術館に展示されていることは、クィア・コミュニティのなかでもその存在が可視化されにくいトランスジェンダーの身体が、芸術的な文脈で祝福されるひとつの節目となるだろう。

アリー・クレウェ「You Brought Your Own Light」シリーズの展示風景

いっぽうで、展覧会のキュレーションについてはいくつかのメディアから疑問が呈されもした。たとえば、ハフィントンポスト紙のエラ・ブレイドウッドはGetty Imagesによる写真展がいくつかの重要な歴史的事実に言及していないことを指摘する(*1) 。たとえば、ダイアナ妃がエイズ陽性者をねた美しい瞬間を切り取ってはいても、その時期に何千万人というゲイ・バイセクシュアル男性が命を落としたことには触れられていない。また、イギリスで唯一オープンリーゲイのサッカー選手として活躍したジャスティン・ファシャヌが「MAKE SPORT EVERYONE’S GAME(スポーツはみんなのもの)」というプラカードを掲げてプレイした試合の様子は展示されているが、彼がたった37歳という若さで命を絶ったことには言及がない(*2) 。また、ガーディアン紙のオーウェン・ジョーンズは、展覧会全体を通じてクィアのセクシュアリティを表現したコンテンツが少なすぎることを疑問視してもいた。オーウェンは「このスペースは家族向けでもあるため、真正面からのヌード写真などを展示する必要はないだろう」と前置きしたうえで、LGBTQ+コミュニティの経験を語るうえで性愛の問題を避けては通れないこと、東ロンドンにあるダルストン・スーパーストア(Dalston Superstore)など、いくつかのスペースではすでによりラディカルな展示が実践されていることを指摘している(*3) 。

実際に会場を訪れてみて、筆者も彼らに近い感想を抱いた。加えて、「Chosen Family」シリーズのアリア・ロマニョーリ作品を除けば、東アジア系・東南アジア系の人物が可視化されている例が非常に少なかったことにも気がついた。インドや香港との関係を考えれば分かるようにイギリスにはアジア系が多く暮らしており、当然そのなかにはアジア系クィアも存在しているはずだが、その存在をとらえた写真は多くない。今回の展示の半分をGetty Imagesのアーカイブ展が占めていたことを考えれば、報道記録写真のなかでもアジア系の姿がとらえられにくく、透明化されていたと言えるかもしれない。

しかしながら、LGBTQ+を専門にした国立美術館がオープンしたというその事実は、それだけで歴史的に大きな一歩であるといえる。展示内容に関しては前述のような批判が起こったものの、文化芸術の発展にはこのような議論はかかせない。今夏以降も、Queer Britainは新たな企画展やイベントを計画しているという。いまは小規模な美術館だが、今後ますますコンテンツがブラッシュアップされることに大きな期待ができる。

安全な祝祭空間を目指すコミュニティスペース「Queercircle」

対して、Queercircleが位置するノースグリニッチは、中心部からは多少離れているものの、現代的な街並みが印象的な街だ。駅を出てすぐに広がる「Design District」は、SelgasCanoやHNNAといった8組の有名建築家が手がける16の建物からなるクリエイティブコミュニティである。スタートアップ企業のオフィスやデザインスタジオが立ち並ぶ一角にQueercircleはある。

ディレクターのアシュリー・ジョイナーは、この場所を選んだ最大の理由として、最寄り駅およびスペースが完全にステップフリーで、車いすでもアクセスしやすいことを挙げている(*4) 。2016年の発足以来、Queercircleはアーティスト、キュレーター、ライター、コミュニティオーガナイザーたちと様々なワークショップやイベントを開催し、LGBTQ+コミュニティのニーズに応えるプログラムを開発してきた。かねてより熱望されていたギャラリースペースをオープンさせた彼ら。一般公開日は、偶然にもイギリスのプライド50周年記念日と重なった。

ノースグリニッチ駅前の様子。現代的な建築に囲まれ、近くには巨大コンサート会場O2も

こけら落としを飾ったのは、ミカエラ・イヤーウッド=ダン(Michaela Yearwood-Dan)によるサイトスペシフィックインスタレーション「Let Me Hold You」だ。ギャラリースペースの壁面を大胆に使い、スツールやベンチを携えた空間は、クィア・コミュニティにとっての憩いの場所となる。柱には植物があしらわれ、壁面の絵画にも植物のモチーフが登場しているのが印象的だ。

イヤーウッドによれば、あえて自然をイメージさせる植物を使ったのは、クィアの人々は「不自然」だという世の中の偏見に対抗するためだという。作品に添えられたメッセージ「Don’t Forget to Breath(息をするのを忘れるな)」は、社会のなかで無きものとして扱われてきたクィアの存在を私たちに訴えかけているようである。

Queercircleにて、ミカエラ・イヤーウッド=ダン《Let Me Hold You》の展示風景 2022年6月9日〜8月8日 © Deniz Guzel

Queercircleにて、ミカエラ・イヤーウッド=ダン《Let Me Hold You》の展示風景 2022年6月9日〜8月8日 © Deniz Guzel
Queercircleにて、ミカエラ・イヤーウッド=ダン《Let Me Hold You》の展示風景 2022年6月9日〜8月8日 © Deniz Guzel
Queercircleにて、ミカエラ・イヤーウッド=ダン《Let Me Hold You》の展示風景 2022年6月9日〜8月8日 © Deniz Guzel

このインスタレーションと並行し、Queercircleではアーカイブ写真展「The Queen's Jubilee」も公開された。この展示は、スチュアート・フェザー率いるGay Liberation Frontのクリエイティブ部門とアシュレイ・ジョイナーによってキュレーションされ、イギリス初のプライドパレードに参加したドラァグクイーンたちを称えるためのものだ。また、展示室は同時に図書室としても開放されている。誰でも無料で入場することができ、クィアや芸術に関する書籍を自由に閲覧することができる。

Members of the Gay Liberation Front demonstrating outside Bow Street Magistrates Court in 1971, supporting Women’s Liberation on trial for protesting Miss World Competition © PA Images / Alamy Stock Photo

Gay Liberation Front, Radical Drag Queens arrested at Festival of Light Demo, 1971 © Mirror Pix/ Alamy
図書室の様子。アートやジェンダーに関する書籍が並ぶ
図書室の様子。アートやジェンダーに関する書籍が並ぶ

Queercircleは、Queer Britainとは異なり、美術館ではなく「コミュニティスペース」とし運営される。現在行われているようなインスタレーションのほか、アーティストインレジデンスやプライベートスタジオの運営、トークショーなどに利用できるイベントスペースなど、今後もマルチな機能を持って発展していく予定だ。このようなクィアのための空間は、当事者にとってのセーフスペースとなることはもちろん、アライ(性的マイノリティの支援者)にとっては学びを深める場所にもなる。ディレクターのジョイナーは、「アートセクターやメンタルヘルスサービスの予算が大幅に削減され、メディアや政府によってトランスの人々が攻撃されているいま、私たちは愛のある場所から問題に取り組むことが重要です。私たちは、コミュニティを保持するための安全な祝祭空間を作りたかったのです」と語り、コミュニティのさらなる発展に意欲を見せている(*5) 。

LGBTQ+を専門とするアートスペースが2つもオープンしたことは、世界でも例を見ない先進的な事例である。コロナ禍にありながらも国立美術館や地域密着型コミュニティスペースを新規開設することは、クィアへのサポートを一時的なものに終わらせず、長期的に継続していかなければならないという矜持でもあるだろう。本稿で紹介したスペースはどちらも公式グッズの販売やクラウドファンディングなどを行っており、今後ますますその規模を拡大することを目指している。最新情報は公式ホームページからチェックできるので、今後もその動向に注目したい。

*1──Ella Braidwood, “Inside Queer Britain, The UK's First National LGBTQ+ Museum,” Huffingtonpost, 5 May 2022, accessed 15 June 2022, https://www.huffingtonpost.co.uk/entry/inside-queer-britain-first-uk-lgbtq-museum_uk_62729face4b0b7c8f07ec420
*2──これらの問題を指摘するのはハフィントンポスト紙だけではない。ガーディアン紙のオーウェン・ジョーンズは、ロンドン警視庁の警官がプライドパレードの参加者とハイタッチする写真を問題視する。なぜなら、ロンドン警察庁は2014年に起きたある連続殺人事件(ゲイコミュニティで人気のアプリの名をとって、Grindr Killer事件と呼ばれている)で、ホモフォビックな態度で捜査をすすめたことが既に指摘されており、同性愛者コミュニティから批判されていたからだ。
*3──Owen Jones, “‘This is for everyone!’: inside Britain’s first ever LGBTQ+ museum,” The Guardian, 28 April 2022, accessed 10 June 2022, https://www.theguardian.com/artanddesign/2022/apr/28/inside-queer-britain-first-lgbtq-museum
*4──“MEET THE TENANTS: ASHLEY JOINER, FOUNDER OF QUEERCIRCLE,” Design District, accessed 15 June 2022, https://designdistrict.co.uk/journal/meet-the-tenants-queercircle/
*5──同上。

齋木優城

齋木優城

齋木優城 キュレーター/リサーチャー。東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻修士課程修了後、 Goldsmiths, University of London MA in Contemporary Art Theory修了。現在はロンドンに拠点を移し、研究活動を続ける。