公開日:2017年11月11日

銅像が部屋の置物に、手湯が露天風呂に!? 「西野 達 in 別府」がヤバい

in BEPPU第2弾として、西野達が5つのプロジェクトを12月24日まで展開中。その実態とは? 夜間特別鑑賞体験の申込は11月10日まで

いやはや、まさか、温泉観光地・別府の駅前で入浴し、銅像と寝食を共にすることになろうとは…。シンガポールでマーライオンを囲ってホテルにしたり(《The Merlion Hotel》2011年)、ニューヨークでコロンブス像を囲ってリビングルームにしたり(《Discovering Columbus》2012年)してきたアーティスト・西野達が、こんどは大分県の別府駅前の銅像と(足湯ならぬ)手湯を囲み、別府の歴史を視覚化した《油屋ホテル》を完成させた。

油屋熊八の銅像があるメインルーム
油屋熊八の銅像があるメインルーム

JR別府駅の海岸方面の東口に出るとすぐ現れる白い箱の中は、高級旅館のような設え。エントランスを抜けると、まずメインルームに「別府観光の父」として知られる油屋熊八の銅像が鎮座しており、その意外な大きさに圧倒される。油屋熊八の銅像は設置されて今年で10周年。片足で両手を挙げ、マントには別府地獄めぐりの小鬼が取りついている。制作した彫刻家・辻畑隆子によると、「天国から舞い降りた熊八が『やあ!』と呼びかけているイメージ」とのこと。今回はいつもと違う目線でもう一匹の小鬼の存在に気づいたり、マントの温泉マークに気づかされたりも。ベッドルームは先ごろ閉館した老舗・花菱ホテルから移設したもので、羽織には「油屋ホテル」と刺繍が。

花菱ホテルから移設したベッドルーム
花菱ホテルから移設したベッドルーム

思いのほかしっかりした洗面所&シャワールームの先に、いよいよ手湯を改装した露天風呂がある。ひのきで造られた浴槽にはもちろん天然温泉が惜しみなく注がれ、複数ある西野のホテル作品の中でも、ここまで風呂が充実したものはなかったはず。駅前に集う人々の声や駅の電車のアナウンスを聞きながらの入浴には、妙な興奮を感じざるを得ない。

手湯を改装した露天風呂。電車などから見えるおそれがあるため、水着の着用が必要。効能は、きりきず、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症など
手湯を改装した露天風呂。電車などから見えるおそれがあるため、水着の着用が必要。効能は、きりきず、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症など

パブリックなものをプライベートに変容させることで日常的な観念を壊し、鑑賞者に強烈な刺激を与えるという西野節は健在なのだが、今回はそれだけではない。別府にはそもそも、温泉地としてさまざまな人を受け入れてきたり、住民が洗面器を小脇に抱えサンダルをつっかけて路地をゆき「共同湯」で他人と交流したりといった、多様さを受け入れるゆるさがある。パブリックとプライベートの境界の曖昧さが魅力なのだ。そこにドイツ的なはっきりした境界をもつ作品を持ち込むとどうなるのか……。結果、別府が、私たちが、そのよき曖昧さを失いつつあることを感じさせた。おそらく他の地での同様のプロジェクトより、その意味は一層強まったのではないだろうか。

《油屋ホテル》の外観
《油屋ホテル》の外観

ちなみに銅像のモデルになっている油屋熊八(1863年〜1935年)は、別府の観光開発に尽力し、温泉保養地・由布院の礎を築いた実業家。日本初の女性バスガイドによる案内つきの定期観光バスを運行させたり、「山は富士 海は瀬戸内 湯は別府」のキャッチコピーを刻んだ標柱を富士山に立てたり、主要都市の目立つところに「亀の井ホテル建設予定地」と嘘の看板を立てたり(?)、飛行機からビラをまいたり(??)と、アイデアに満ちて破天荒、そして別府に魅せられてしまったという人物像は、誰かさんと重なる。

別府タワーに顔を描き、よだれかけをかけて地蔵にした《別府タワー地蔵》
別府タワーに顔を描き、よだれかけをかけて地蔵にした《別府タワー地蔵》

さてその誰かさんはこの他、観光塔・別府タワーを装飾して地蔵に見立てた《別府タワー地蔵》、発砲スチロールの家にある仕掛けを施した《残るのはいい思い出ばかり》、この地から離れたくない彼の気持ちを表現した《別府の魅力から逃れられるか?》など計5プロジェクト8作品を中心市街地に点在させており、回遊しながら別府の街を新しい角度で楽しむことができる。

「in BEPPU」は別府市で3年に1度開催してきた別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」に代わる後継企画として昨年スタートした個展形式の芸術祭。昨年の「目」の別府市役所全体を使った作品も秀逸だった。今回も作品鑑賞は無料で、抽選で当選した一組2名が夜間から早朝まで《油屋ホテル》に滞在できる。その夜間特別鑑賞体験の応募は11月10日(金)まで。入浴できるのは夜間特別鑑賞体験者だけなので、お見逃しなく。

なお、西野は熊本県津奈木町のつなぎ美術館の企画で《ホテル裸島》も12月5日まで展開している。こちらはモニュメントそのものを囲った作品ではないが、すごい光景を目にすることができるので、できればあわせて体験していただきたい。
http://tatzu-hadaka.asia/

■開催概要
名称:西野 達 in 別府
主催:混浴温泉世界実行委員会
会期:2017年10月28日(土) ~ 12月24日(日)
会場:別府市内各所
http://inbeppu.com/

Sayuri Kobayashi

Sayuri Kobayashi

雑食系編集/ライター。ヴェネチア・ビエンナーレ、恐山、釜ヶ崎のドヤ街、おもしろいものがあるところならどこへでも。