風景画の誕生と展開

ウィーン美術史美術館所蔵作品から、西洋の風景画の形成にせまる

poster for The Genesis and Development of Landscape Painting from Kunsthistorisches Museum Wien

「ウィーン美術史美術館所蔵 - 風景画の誕生 - 」展

渋谷エリアにある
Bunkamura ザ・ミュージアムにて
このイベントは終了しました。 - (2015-09-09 - 2015-12-07)

In レビュー by Natsuki Morooka 2015-12-04

* このレビューは、TABlog 英語版の抄訳です。

現在では美術のいちジャンルとして確立しており、まるで絵画と同時に誕生したかのように思える「風景画」。しかし、例えばクレタ島の宮殿壁画やポンペイの中のフレスコ画といった例外を除いては、実際には17世紀まで一つのジャンルとして確立していませんでした。Bunkamura ザ・ミュージアムで12月7日まで開催中の「ウィーン美術史美術館所蔵 風景画の誕生」展では、ウィーン美術史美術館の70作品を展示しています。

展示風景

展覧会は、初期ルネサンスである16世紀初期から始まります。まだ風景は宗教的・神秘的な場面の背景にすぎず、新緑に覆われたなだらかな丘や、銀色の川、低い山々など理想化された姿です。遠方に街が描かれることがあっても、人が住む実在の街と判断できるものではありません。また、復活したキリストの頭の上に山が配置されているなど、人間の行動規範や人間の運命が自然の姿とはっきり呼応しています。

アドリアーン・イーゼンブラント《エジプトへの逃避途上の休息》1520〜30年頃

こういった作品を生み出す画家たちは、風景のなかで遠近感を生み出すためにより明るい描影法を用いるようになりました。アドリアーン・イーゼンブラントの《エジプトへの逃避途上の休息》は、初めて見た瞬間は暖かい色彩によって囲われた前景の青い色といった色彩や形態の配置に目がいきますが、その後は真ん中にいるキリストを抱くマリア、つまりこの絵の中心となるモチーフに視線が移ります。
しかし第一印象は消えるわけではなく、マリアの薄い青の着衣は、淡い青で描かれた地平線となる山々に視線をつなぎます。このような特徴は同時期の絵画に多く見られます。

マルテン・ファン・ファンケルボルフ《東方三博士の礼拝(1月)》1580〜90年頃レアンドロ・バッサーノ《1月》1580〜85年頃

展示の中で大きな面積を占めているのが、月暦画の世界を堪能できるカレンダー・ペインティングです。オランダ人画家のマルテン・ファン・ファルケンボルフ(ピーター・ブリューゲルの伝統を引き継いでいる)やイタリア人画家レアンドロ・バッサーノ(ティントレットの影響を受けている)などのシリーズが紹介されており、ともに宗教改革から反宗教改革の間の作風の違いを表しています。また、ヨーロッパの原風景とも言える月々の営みが描かれた時祷書や月暦画について、『ベリー侯のいとも豪華なる時祷書』(ファクシミリ版)などの参考資料で解説されています。

マルテン・ファン・ファルケンボルフのような暖かい共同生活を描いたシリーズを見た後には、バッサーノの作品を見ると少し不調和な感じがします。夏の季節にさえ、空は濃く、緯度の高い地域での冬の日が短い時期と同じくらい暗い色が使われています。それぞれの労働者はステージの上の俳優のように画面前面に闊歩している一方、彼らの後ろの空間に描かれているで都市または地方なのか、平面的で寂しい感じがします。彼らは一緒に働いているけれども、仕事は強制的なもので楽しくなさそうに見えます。各々の絵画の中では、希望は独りの緑色の服を着ている人物によって象徴されています。

宗教的な作風の変動は、風景画の誕生を手助けしたが最終的には経済的要因によって確立しました。宗教画や歴史絵画の貴族的なジャンルとは異なり、16〜17世紀に風景画はアントワープの前資本主義的な環境で成熟しました。ほとんどの絵が屋外芸術市場で、下層階級とブルジョアジーに売られることになりました。これらの階級の人々は、壮大な人間味溢れる伝統的場面ではなく、当時より下位のカテゴリーとされていた静物や風景といった風俗画的な絵画を欲しがりました。
歴史家のジョナサン・イスラエルによれば、この芸術的な潮流が一番栄えた17世紀、1640〜1660年の間に130万ものオランダ絵画が生産されました。これらの絵の市場の誕生によって、アーティスト間の競争が自然に生じ、さらなる専門化に至り、この頃から、複数のジャンルで作品を継続的に制作するオランダ人画家を見つけることは難しくなりました。これら風景画には田園生活の静かな雰囲気があるが、同時に競売人の叫び、コインを鳴らす音や群衆のざわめきも作品から感じることができます。

ルーカス・ファン・ファルケンボルフ《夏の風景(7月または8月)》(1585年)

ルーカス・ファン・ファルケンボルフの《夏の景色》において、小麦の束が載せられたワゴンが村落に向かい降りている一方で、一帯の所有者は丘の頂上の上に立ってその繁栄を示しています。この絵の所有者は、おそらく有力なブルジョワジーなのでしょうか。例えば労働者や農民といったこの絵を大衆的なものにした登場人物たちは、他のアーティストの絵画で人気があるからという理由だけで採用されていました(実際、この絵はブリューゲルの《穀物の収穫》からかなり引用しています)。


しかし、17世紀の前半のブームのあとオランダの芸術市場は衰退の一途を辿りました。レンブラント、ファン・ホイエンらは破産に直面し、フェルメールは1675年に没後、妻を滞納状態で残します。
この期間の風景画は楽観的なものではなく、終わりへ向かう時代の雰囲気があります。豊満な広がりを見せていた風景には、ある種の憂鬱さが混ぜ合わされています。酔っ払いや労働者は姿を消し、彼らがいたところにはぶらついているだけの孤独な人たちがいます。ロイスダールの《渓流のある風景》(1670-1680)では、影の重さや地平線の閉塞感、孤独な男によって動揺と諦めのはざまの雰囲気を描き出しています。

文・写真: パーカー・トーマス
抄訳: 諸岡なつき
TABlog 英語版より)

Natsuki Morooka

Natsuki Morooka. 福岡県生まれ。2015年5月よりTokyo Art Beatで「ミューぽん」担当に。美術館を中心にPRコンサルタント。アートブックやTokyo Art Mapの編集にも携わってます。アイス大好き! ≫ 他の記事

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