公開日:2017年7月1日

吉本光宏インタビュー:文化の集積地・東京を体験するための、情報のプラットフォームづくりを

東京のアートイベント情報の現在とこれから − ロンドンオリンピックに学ぶ文化プログラムの作り方

Tokyo Art Beatでは、数年に一度TABユーザやアートイベント(以下、イベント)に足を運ぶ人を対象としたアンケートを行ってきました(2011年2014年)。2016年は、イベントに足を運び見に行く人々=「Art-goer」の、情報収集から鑑賞後までの行動を調査するため、オンラインアンケートとインタビューからなるリサーチを行ないました。インタビューでは、イベントを開催する側やメディアなどの関係者に、広報についての取り組みや考えを訊ねました。その結果を報告書『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』より抜粋して掲載します。
2020年を控えた東京で、今後より多様な「Art-goer」がアートイベントに足を運び、その体験から豊かさや刺激を得るために、Tokyo Art Beatは発信を続けてまいります。

『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』企画インタビュー第三弾
吉本光宏インタビュー:文化の集積地・東京を体験するための、情報のプラットフォームづくりを

東京の文化イベント情報は誰がどう入手している?

――東京のイベントに関する情報流通の状況を、どうご覧になっていますか?

吉本: 私は仕事柄、海外への出張も多いのですが、ほかの都市に比べて東京のイベント情報の環境が劣っているかというと、必ずしもそうは感じません。むしろ、東京の方が充実しているようにも思える。ただ、情報の入手経路には変化も見られます。たとえば私の研究所で劇場の観客の情報入手経路を調査していますが、かつてなら年齢が上がるにつれ、新聞や行政の広報誌を頼りにする人が多かったけれど、最近は高齢の方でもインターネットを入口とする割合が増えています。加えて口コミや、ネット情報の中でもモバイルからのアクセスが急速に増えているという傾向もあります。

――吉本さんご自身は、普段どのように展示情報を集めているのでしょう?

吉本: 僕の場合、職場に届くDMで自然に入ってくる感じです。本当はもう少し主体的に情報を集めたいのですが、DMをいただいたものの中から、これはというものに足を運ぶだけで精一杯というのが実情でして(笑)。反対に言うと、僕が属するような「男性の40〜50代のビジネスマン」というのは、アートにもっとも無関心な層だと思うのですが、彼らにとって黙っていてもアート情報が目に入ってくるような媒体が無いということなのかもしれません。

――吉本さんは「企業メセナ協議会」の理事もされていますが、ビジネス上で実際にお金を動かす権限を持っているのは、そうした層のビジネスマンでもあるわけですよね。ならば、彼らにアピールする経路を持った方が、アート業界にもプラスは多そうです。

吉本: メセナ協議会のメンバーや、文化に関わる行政関係者の多くは、仕事ということもあり、自分で情報を得ようとしています。ただ、一般の層が訪れる展覧会をどのように決定しているかといった分析は、もっと必要だと思います。研究所が行っている劇場の調査では、「主演女優が好き」「作品がおもしろい」「劇場が好き」などの答えがある。美術にも、そうした動機があるはずなんですよね。もし今後、アート情報の充実を図るなら、そのような動機の細かな分析の上で、ターゲットを絞った発信が重要なのだと思います。

――加えて、ジャンル横断的な紹介も課題だと感じています。TABの場合も、アートやデザインは広くカバーしていますが、舞台芸術や音楽には手が届いていません。

吉本: とりあえずアクセスすれば、その情報の中から選択できるといった総合的なメディアがないんですね。そう考えると、かつてあった情報誌の「ぴあ」は偉大でしたね。週刊であらゆる情報をフラットに掲載していて、まさに文化の時刻表だった。ある日付の演劇のページを見れば、その日に見られる舞台の情報がバーッと載っている。一覧性を確保できる紙媒体だからできたと思うのですが、いま見直してみるとおもしろいかもしれません。

――TABでは日英併記を続けており、実際、海外旅行者の利用も多いです。今後、東京オリンピックに向けて、多言語での発信の充実も必要ですか?

吉本: それは、オリンピック以前に国際都市として、必須だと思います。しかし、英語以外となると、とたんにハードルが高くなりますよね。最近、聞いた話なのですが、東アジアの旅行者が東京に来たときに、公園で制作しているアマチュア画家の絵を高額で買っていくことがあるそうです。要するに、日本ほど絵を描く趣味が広がっている国も珍しい。ほかのアジア圏の都市に比べても、東京の文化の集積度は圧倒的だと思うんです。そんな集積地としての発信を、まずはアジア圏に向けてできないか。

――東京の人に東京の情報を届けるだけでなく、日頃から広い視野で発信していく。

吉本: たとえばTABを訪れたら、最低でも中国語、韓国語、英語で、あらゆるジャンルの文化情報が得られる。そんな入口が作れたら、すごく利用されると思います。でも、それはもはやNPOの仕事を超えている。なので、観光庁や東京都など公的な機関に期待したいですが、動きが鈍い。最近の観光は「爆買い」のようなモノ中心ではなく、体験中心にシフトしているという話もありますよね。いまはチャンスだと思います。

東京オリンピックの文化イベント、その現状

――オリンピックに関しては、リオが終了した昨年夏以降、東京でも2020年に向けた「文化プログラム」が本格始動したと聞きます。いま、どんな状況なのですか。

ニッセイ基礎研究所所蔵の米田知子作品と

吉本: オリンピックは文化の祭典でもあり、開催年の4年前、つまり東京で言えば、2016年から本格的な取り組みが始まることになります。ただ、2020年の文化プログラムに関する構図は非常に複雑であり、十分に整理されて発信されているとは言えません。主なプレイヤーは三つで、「オリンピック組織委員会」、文化庁をはじめとした「国」、そして「東京都」。個々に文化プログラムを推進していますが、まだ十分な連携ができている状態ではありません。

――吉本さんは、その三者とも仕事をされているお立場です。一般の目からは、なかなか分かりづらいかと思いますが、それぞれ、どんなことをやっているのでしょうか。

吉本: 組織委員会は「参画プログラム」という、国民みんなが主体的にオリンピックに関わることを目的とした枠組みを設けています。「スポーツ」「教育」「復興」といったジャンルに分けられ、その中のひとつに「文化」がある。またこの参画プログラムは、組織委員会が認めた、主に国や主催都市、公式スポンサーが関わる「公認参画プログラム」と、それ以外の「応援参画プログラム」に分かれます。何が違うかと言うと、「公認」だと、オリンピックのエンブレムのついたマークをチラシなどに使えますが、「応援」の方はエンブレムのないマークを使うことになります。組織委員会は自身では企画を行わず、たとえば、地方自治体などが提案したものの中から、要件を満たしたプログラムを認証しています。いまは70~80件ほどのプログラムが認証されています。

――公認となるには、厳しい基準があるんですね。

吉本: たとえば、公式スポンサー以外の企業が協賛していたら認められません。ビール会社なら、アサヒビールは公式スポンサーなのでOKだけど、それ以外のビール会社が関わっていたら認められないし、そのメーカーのビールを会場で売ることもできない。でも、そうした条件に合致しないプログラムも多いので、国は組織委員会とは別に「beyond2020」という枠組みを作ってカバーしています。4年間で20万件の文化プログラムを行うという文化庁の目標も、この枠組みの中で想定されています。

――東京都はどうでしょうか。


吉本: アーツカウンシル東京という組織を中心に、2015年から「リーディングプロジェクト」と称して、日比野克彦さんが監修する「TURN」や野田秀樹さんが監修する「東京キャラバン」などのプロジェクトを行なっています。また、東京の芸術文化団体やアートNPOなどに助成金を支給したり、アイデアを公募して東京都の事業として実施する方法も検討しています。このように三者がそれぞれ動いているのですが、全体を統一するビジョンや動きはまだ十分には整っていません。

「レガシー」となる情報のプラットフォームづくりを

――近年の文化プログラムでは、2008~2012年に行われたロンドンの事例が成功例として語られることが多いですが、そこでも同じような問題は起きたのでしょうか?

吉本: ロンドンの場合も、当初は同じく混沌としていたのですが、このままではいけないと、文化オリンピアード開始から2年が経った2010年に、組織委員会の中に「カルチュラルオリンピアボード」という理事会を設置し、ルース・マッケンジーさんという芸術監督を指名しました。そして、オリンピック期間の前後12週間にわたり、「ロンドン2012フェスティバル」と称して、全英でプログラムを展開しました。ロンドンの事例が、ある程度の質や発信力を持てたのは、そこにルースさんのキュレーションが入っていたからです。

ロンドン五輪「フェスティバル」公式ガイドブック

――東京でも、三者を横断するような取り組みができるどうかがポイントになると。

吉本: そうですね。情報の点で言うと、ロンドンでは「フェスティバル」の公式ガイドブックを作っています。注目プログラムや全国のイベント情報が掲載され、街中で無料配布されました。また、専用サイトも作って、自宅の郵便番号や芸術のジャンルを入力すると、近隣のプログラムが検索できるようになっていた。日本の文化庁もこうしたポータルサイトは作るそうですが、現在のところ三者の取り組みを一覧できる場はありません。

――どこから手をつけるといいのでしょうか?


吉本: 本来、つなぎ役は組織委員会なので、彼らがどれくらい文化に対して積極的に行動するかにかかっています。ただ、組織委員会も財源や体制が限られていますので、民間が協力すべきだと思います。僕は、それこそTABなどが参加して、そうした文化イベント情報のプラットフォームづくりそのものを、文化プログラムのひとつとするアイデアもあり得ると思うんです。

――なるほど。統一的に参照できるメディアがあれば、一般の人もオリンピックに愛着や親近感をより持てそうですよね。スポーツ競技と文化イベントをリンクさせるのもおもしろいです。

吉本: たとえば、何かの競技のチケットを買ったら、「その競技を見るなら、何日か前に来て、この文化イベントもご覧になりませんか?」というメッセージが自動配信されるとか。それだけで、だいぶ違った体験になると思うんです。文化プログラムは、いまはイベントが中心になっていますが、この機会に情報のインフラを作れば、オリンピック後にも「レガシー」として生きるシステムになるかもしれない。情報のプラットフォーム整備は今後の大きな課題ですね。

収録日: 2016年12月14日
インタビュー: 杉原環樹、富田さよ、田原新司郎
構成: 杉原環樹
写真: 田原新司郎

吉本光宏(株式会社ニッセイ基礎研究所研究理事)
よしもと・みつひろ|早稲田大学大学院(都市計画)修了後、社会工学研究所などを経て89年からニッセイ基礎研に所属。97年セゾン文化財団の助成で米国コロンビア大学大学院に留学。文化施設開発やアートワーク計画などのコンサルタントとして活躍するとともに、文化政策、文化施設の運営・評価、アートNPO、クリエイティブ・シティ、アウトリーチなど、幅広い調査研究に取り組む。

報告書冊子『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』(PDF版)のダウンロードはこちらから。
本調査は、公益財団法人テルモ生命科学芸術財団の助成を受け実施しました。

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第一弾:白石正美インタビュー:アートの価値は、アートに関わる人すべてによって作られる
第二弾:倉森京子インタビュー:展覧会とは違った切り口で、美術のすそ野を広げたい
第四弾:平昌子 + 藤井聡子 インタビュー:美術のPR・広報に、観客数だけでない評価軸を

Xin Tahara

Xin Tahara

北海道生まれ。 Tokyo Art Beat Brand Director。