平昌子 + 藤井聡子 インタビュー:美術のPR・広報に、観客数だけでない評価軸を

東京のアートイベント情報の現在とこれから − 変わりつつある、美術業界の広報業

In Main Article 1 特集記事 by Xin Tahara 2017-06-24

Tokyo Art Beatでは、数年に一度TABユーザやアートイベント(以下、イベント)に足を運ぶ人を対象としたアンケートを行ってきました(2011年2014年)。2016年は、イベントに足を運び見に行く人々=「Art-goer」の、情報収集から鑑賞後までの行動を調査するため、オンラインアンケートとインタビューからなるリサーチを行ないました。インタビューでは、イベントを開催する側やメディアなどの関係者に、広報についての取り組みや考えを訊ねました。その結果を報告書『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』より抜粋して掲載します。
2020年を控えた東京で、今後より多様な「Art-goer」がアートイベントに足を運び、その体験から豊かさや刺激を得るために、Tokyo Art Beatは発信を続けてまいります。

『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』企画インタビュー第四弾
平昌子 + 藤井聡子 インタビュー:美術のPR・広報に、観客数だけでない評価軸を

変わりつつある、美術業界の広報業

――平さんは「パブリシスト」として、フリーの立場から展覧会や美術イベントのPRに携わっていらっしゃる珍しい存在です。「PR」や「広報」という仕事に馴染みがない読者も多いと思いますが、一体、どんなお仕事だと考えればいいのでしょうか?

平: 平たく言えば、展覧会やイベントといった「コンテンツ」の情報をメディアに発信して、それを売り込む方法を考える仕事です。ただ、広報とPRの仕事は異なっていて、広報は多くの場合、組織の内部で予算を持ち、その使い道を考える役割ですが、PRは自分では予算を持たず、フリーなど客観的な立場から、いかにコンテンツを広めるかを考える仕事です。私の場合、最近ではともに大型の国際展である「岡山芸術交流」「PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭」などに、外部PRとして関わりました。

――我々が目にする展覧会や芸術祭の情報に、平さんが関わっているんですね。

平: ほかにも、美術の組織の情報流通のためのプラットフォームづくりや、企業の文化支援をPRするという仕事もやっています。前者では、都内近郊の美術館や文化施設などの広報に携わっている方たちを集めた「芸術文化団体広報ネットワーク会」という勉強会の事務局としてアーツカウンシル東京のお手伝いをしています。後者の例としては、大日本印刷さんが美術鑑賞をテーマにした支援活動をされていたのですが、その試みを広めるため、「感覚をひらく」という広報誌を制作しました。これは、一般的な広報の仕事からは逸脱するものですが、そうした自由な発想で企画を提案しています。

――平さんのように、フリーでPRをやっている方は日本にいるのでしょうか?

平: 最近は多いですが、私が活動を始めた2000年代半ばは、現代美術を専門にした方は少なかったです。そもそも美術業界では、美術館も含めて、広報の専門家という存在は20年ほど前までいなかった。以前は、学芸員が広報業も兼務していたんですね。

藤井: その背景には、日本の美術館における展覧会の特徴も関わっていますよね。私が広報として勤める横浜美術館も含め、日本の美術館では、大型の展覧会は新聞社やテレビ局との共催という形式が主流です。この場合、メディアの事業部と学芸員が展覧会を一緒につくるのですが、主催のメディアが自社媒体を使って告知ができるというメリットがある。また大型展では、通常PR会社に広報事務局を委託します。なので、美術館に広報部署がきちんと設置されてこなかったのかもしれません。

――自主企画は細々とやり、大型展は一般の大手PR会社に頼むという体制だったと。

藤井: それが2000年代に入って新しい美術館ができるなかで環境も変わってきました。たとえば、2003年に森美術館が開館した際には、しっかりとした広報専任のチームが置かれました。最近では、国立の美術館が民間企業のマーケティング経験者を採用するなど、広報に力を入れる美術館が増えました。

平: 広報は宣伝だと思われがちですが、一種のブランディングだと思うんです。だからこそ本当は、その美術館のことをつねに考えている人がいないといけない。海外では以前から、広報の専門家が広報を担当し、アート専門のPR会社と手を組むなどされているそうです。最近では日本でも、多くの美術館が独自の特色を打ち出そうとしていますよね。

――平さんは最初、どんな動機からこのお仕事を始められたんですか?

平: もともと設計事務所で働いていたのですが、建築家の仕事が社会にぜんぜん認識されていないと感じていたんです。彼らの役割を語るメディアも少なく、職能がほとんど知られていなかった。その魅力を、専門用語を使わずどうにか伝えたいと考えたのが最初です。昔からアートは好きだったのですが、その後、運良く「KPOキリンプラザ大阪」という文化施設の広報に関わらせていただいたり、「横浜トリエンナーレ2008」や村上隆さんが主催する「GEISAI#10」のPRをやらせていただいた。このとき、広告代理店の仕事や企業の文化支援のあり方を知れたのが、いまにつながっていますね。

メディアを考え直す、丁寧に使い分ける

――近年、現代美術を専門にしたPRの方が増えている理由とは何なのでしょう?

藤井: もともとメディアとの共催展では、現代美術は印象派などと比べ動員が難しい分野とされてきたんです。だから展覧会の数自体も少なかったんですね。だけど近年は、少しずつ、現代美術にも出資していこうという動きがある。現代美術は特性があるので、これまでコンペで決めていた一般のPR会社だけではなく、平さんのような現代美術に長けた方にお声掛けする流れが生まれたんです。近年の芸術祭の増加も、一因かもしれませんね。

平: 従来のPR会社との一番の違いは、やはり情報の多さです。近年の現代美術の展示では、その作家の過去の作品や、いまの芸術祭や現代美術の流れを踏まえた作品が作られることが多い。全体の文脈を理解していないと、根本的にPRをやりにくいんです。

藤井: インスタレーションや新作が多いという特性もありますね。たとえば古い時代の名画展の場合は、作品はすでにあり、資料を基に広報活動をすることができます。しかし現代美術は、当日までどんな作品が出てくるかわからないことも少なくない(笑)。作品がないなか、同時進行でPRしていく必要があります。

平: そうですね。なので、そうした大型の芸術祭の場合は、企画の初期段階から内部に入って、企画者の方々の動きを見ながらPRのあり方を考えることが多いです。たとえば作家にインタビューをして、その内容をPRに生かしたり。その意味で、TwitterなどのSNSは、状況をリアルタイムで人々と共有できるというメリットはあります。

――多くのメディアがありますが、横浜美術館ではどんなメディアからのアクセスが多いのですか?

藤井: アンケートなどを見ると、どこかのサイトやウェブ広告を経由するのではなく、展覧会名などを検索エンジンに直接入力する、いわゆる「オーガニックサーチ」で来ている人が多い印象です。おそらく屋外で交通広告などを見たり、ご紹介いただいたメディア記事などを目にして展覧会名で検索した方ですね。また、チラシ経由もある程度多い。一方で、雑誌を見たという方は以前ほど多くなく、かつてはすごかったテレビの影響力も少し減っている状況です。

平: メディアについては私も日々、悩んでいます。紙媒体がこれだけ減ったなか、掲載数をただ稼ぐという発想でいいのか。雑誌や新聞に載れば嬉しいですが、はたしてそれを見てどれだけの人が足を運んでくれたのかと思うこともあります。

藤井: 美術業界の人は紙媒体が好きですし記録にもなりますが、それで観客が動いているかというと実際はよくわからない。直接的な動員よりは、潜在的なファンを作ったりオーガニックサーチにつながるタッチポイントを増やす感覚でしょうか。新聞記事は、いまも高齢者を中心に影響力がある印象です。作り手側の問題意識としては、根本的に情報の発信者である我々と受信者であるお客さまとの間で、年代による細分化や乖離が起きている印象がある。たとえば最近は、PCブラウザよりモバイルからのアクセスの方が多いですが、そんな若い人の生態や関心を、私たちがきちんと把握できているかといえば、そうではない場合もある。両者の認識の擦り合わせが、必要だと思います。

平: 一方で、昨今の盛り上がりを見て、クライアントはみなさん「SNSをやりたい」と話されるのですが、「このイベントにはいらないのでは?」と思うこともあります。それに、もしもSNSをやるのなら、内部のチェックをやめるべきだとも思います。

藤井: うちもSNSに上げる前、文面を3人でチェックしてから上げています(笑)。

平: (笑)。でも、それは少ないほうですよ。SNSでは、ライブ感が重要ですよね。

藤井: 究極的には、展覧会ごとにお客さまの特性を把握しメディアをどう使い分けるかだと思うんです。同じ分野を扱う美術館であれば、リピーターがある程度は予想でき、比較的ブランディングもしやすいと思うのですが、横浜美術館の展示は日本画から近代絵画、現代美術までと多岐に渡り、展覧会ごとにお客さまの層がかなり異なるのが悩みどころです。でも横浜美術館の良いところは、都市型の美術館として、あるジャンルに興味がある人に、他のジャンルの展覧会も紹介することで、お客さまの興味の幅を広げられること。実際には難しいですが、メディアを丁寧に使い分けることで、そんな価値も生み出せると思っています。

観客数に還元されない、経験や感想という評価軸

――美術に関するPRや広報の世界において、これからの課題は何だと感じますか?

平: ひとつは、いまの展覧会や国際展の評価軸は、来客数やメディアの掲載数にあることです。私が関わった「PARASOPHIA」も、展覧会は素晴らしかったですが、結局、観客数の少なさから続きません。ほかの評価軸もあっていいと思うんです。芸術祭の場合、夢のような目標観客数を掲げて、達成できないと続かないとなりがちです。むしろ、美術が本当に好きで訪れてくれた観客を育てていくという発想の方が、結果として伝達するものがあると思うんです。

――観客の定量化できない経験が、残るかもしれない。

平: 「札幌国際芸術祭」の例で言えば、札幌にはそもそも現代美術に触れられる場所がほとんどなかったんです。しかし、あの試みがあったことで、地域の人がこうした領域に気付いたり、札幌市資料館という場所が現代美術の拠点になったりした。そうした場所ができたことはすごく大きくて、そこから次の動きが生まれるかもしれないですよね。

藤井: 数にこだわるというのは、これまで美術の世界に、マーケティング的な観念を持っている人が少なかったことの裏返しなのかもしれませんね。美術の持つ社会的なインパクトや教育的価値は、数値化しにくいですものね。

平: そうですね。なので、とにかく触れる人の数を増やすということと、それとは別の価値基準を持つという、そのふたつをバランスよく持つことが求められている。

――そのためには、どんな仕組みがあったら良いと思いますか?

平: 私が一番必要だと思っているのは展覧会評です。いまは圧倒的に少ない。展覧会に来てもらったあと、その展覧会がどうだったのかを語る場を用意する予算を、事前に入れるべきだと思うんです。新聞や雑誌の展覧会評はどうしても文字数が限られているので、主催者側が全体予算に入れて、場を用意することも必要なんじゃないかと。

――アーカイブとしても残りますね。展覧会によってはウェブサイトも無くなることがあるけれど、批評が残れば後の世代が展覧会を評価するきっかけになります。

平: Twitterなどに上がる感想も、よりきちんとアーカイブ化できたら面白いと思います。そのときは良い評価だけではなく、悪い評価も入れるべき。なかなか難しいとは思いますが、新しい評価軸を築いていく上では、そうした動きを作ることも課題です。美術のPRの世界は、まだまだ発展途上だと思うのですが、発展途上だからこその可能性もあるはず。若い人には、どんどんこの分野に関わってほしいと思います。

平昌子
パブリシスト、TAIRA MASAKO PRESS OFFICE
たいら・まさこ|設計事務所、建築プロデュース会社、アートギャラリーを経て、自身の経験を生かした分野を中心としたPR業務を請け負う仕事をめざし、TAIRA MASAKO PRESS OFFICEを主宰する。建築では2007年「リスボン建築トリエンナーレ」、アート分野では「横浜トリエンナーレ2008」、国内のトップギャラリーが集結したアートフェア「G-tokyo」に代表される国内各地のアートフェアのPRなどアートと建築のジャンルでPR業務を行う。

藤井聡子
横浜美術館広報
ふじい・さとこ|広告代理店、雑誌出版社、国際協力NPOを経て、2011年より横浜美術館広報担当として、各展覧会や横浜トリエンナーレの広報を担当。

収録日: 2017年1月12日
インタビュー: 杉原環樹、富田さよ、田原新司郎
構成: 杉原環樹
写真: 田原新司郎

報告書冊子『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』(PDF版)のダウンロードはこちらから。
本調査は、公益財団法人テルモ生命科学芸術財団の助成を受け実施しました。

その他のインタビューはこちら
第一弾:白石正美インタビュー:アートの価値は、アートに関わる人すべてによって作られる
第二弾:倉森京子インタビュー:展覧会とは違った切り口で、美術のすそ野を広げたい
第三弾:吉本光宏インタビュー:文化の集積地・東京を体験するための、情報のプラットフォームづくりを

Xin Tahara

Xin Tahara. 北海道函館市生まれ。Tokyo Art Beat PR・セールス、ソーシャルメディア、ニュースの編集も。都内を中心に自転車でアートスペース巡りが趣味。写真と料理と多肉植物も。 ≫ 他の記事

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