倉森京子インタビュー:展覧会とは違った切り口で、美術のすそ野を広げたい

東京のアートイベント情報の現在とこれから − 多くの人が、美術を人生の仲間とするために

In 特集記事 by Xin Tahara 2017-06-07

Tokyo Art Beatでは、数年に一度TABユーザやアートイベント(以下、イベント)に足を運ぶ人を対象としたアンケートを行ってきました(2011年2014年)。2016年は、イベントに足を運び見に行く人々=「Art-goer」の、情報収集から鑑賞後までの行動を調査するため、オンラインアンケートとインタビューからなるリサーチを行ないました。インタビューでは、イベントを開催する側やメディアなどの関係者に、広報についての取り組みや考えを訊ねました。その結果を報告書『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』より抜粋して掲載します。
2020年を控えた東京で、今後より多様な「Art-goer」がアートイベントに足を運び、その体験から豊かさや刺激を得るために、Tokyo Art Beatは発信を続けてまいります。

『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』企画インタビュー第二弾
倉森京子インタビュー:展覧会とは違った切り口で、美術のすそ野を広げたい

――はじめに、倉森さんの現在のお仕事の内容について聞かせてください。


倉森: NHKエデュケーショナルというNHKの関連会社で、特集文化部(美術)という部署の部長をしています。ここはEテレの美術番組を制作している場所で、「日曜美術館」(Eテレ 毎週日曜午前9時放送)や「美の壺」が代表番組ですが、現在前者に関しては村山(淳)という同僚が主に指揮していて、私はプロデューサーとして関わっています。また近年は、美術の枠や視聴者層をどう広げるかという仕事を主にしていて、たとえば、名作を歌で紹介する「びじゅチューン!」(Eテレ 毎週火曜午後7時50分放送)や、映像表現がテーマの「テクネ 映像の教室」を立ち上げました。

「日曜美術館」スタジオでのトーク風景

――今回はその中でも「日曜美術館」をメインにお聞きしたいと思います。この番組は一人の作家や作品を45分間で扱う本編と、開催中の展覧会を何本か紹介する「アートシーン」で構成されていますが、番組が始まった経緯は何だったのでしょうか?

倉森: 日曜美術館は、「NHKに定時の美術番組を」との企画で、1976年に始まった番組です。最初の頃は、現在のように展覧会場でロケをするスタイルではなく、スタジオに作品のレプリカを用意して、著名な文化人が「私と◯◯」という切り口で作品とのエピソードを語る内容でした。たとえば岡本太郎さんは「私とピカソ」、武満徹さんなら「私とルドン」という具合です。その後、番組名も良かったのか、徐々に定番番組化していき、1988年からは展覧会に出演者が訪れ会場で収録するスタイルが始まりました。

――視聴者はどの層になるのでしょうか?

倉森: 視聴率調査をすると、60代以上の方に多く見ていただいています。ただ、司会に俳優の井浦新さんを起用しているように、若い人にも見てもらえる工夫をいつもしていますね。その開拓がないと、今後10年単位で見てもらえなくなる危機感があるので。

――扱う作家や展覧会の選択は、どのように行うのですか?

倉森: 制作にあたって、提案会議をしています。本編もアートシーンも、心がけているのはジャンルや地域のバランスです。アートシーンならば、年の初めに各美術館の広報さんに「とくに力の入った展覧会を教えてください」と聞き込みをして、扱う館が偏らないよう、できるだけ公平に取り上げています。また本編では、「なぜいまこれを扱うのか」という視点も重要です。「展覧会が開催中」というのは、そういう意味では一番分かりやすいですね。「時を超える」対象を扱う美術番組とはいえ、やはりテレビなので「いま起きていること」は意識します。

「日曜美術館」が目指すもの

――近年は日本美術を扱う回がやや多いですが、それもそういった意識から?

倉森: そうですね。最近は伊藤若冲をはじめ、社会的にも日本美術への関心が高い。また井浦さんの興味の領域や、2020年の東京オリンピックに向けた意識もあります。それと少し前の時代においては、「日曜美術館」では現代の作家を扱わなかったんです。というのも、番組で紹介すると、変な言い方ですけど、マーケットに関係してしまう。そこには相当、気をつけているんです。その一方で、1990年代には「美と出会う」というアトリエ訪問の番組をやっていて、そこで現代作家を扱っていました。

――それは知りませんでした。


倉森: しかし、その後はアトリエ訪問の番組もなくなり、「日曜美術館」も現代に生きる作家をやるべきだという判断から、徐々に扱うようになりました。作家の選定にはたいへん配慮しています。たとえば2001年には、奈良美智さんが横浜美術館で、村上隆さんが東京都現代美術館で個展をやられたのを受けて、彼らを一人ずつではなく、同時代の旗手として二人同時に扱いました。こうした作家の選択も、展覧会との関係もそうですが、何かの広報にならないよう、きちんと番組単体として成り立つものを作ろうとしています。どちらが主従ということではなくて、展覧会と並び立つような、相乗効果を生める番組になるのが理想形ですね。

開かれた入口と、ひとつの結論が必要

――展覧会に足を向かわせることが目的ではないというお話でしたが、実際、番組を見て展覧会を訪れる方も多いと思います。そうした反応を耳にすることはありますか?

倉森: ありますよ。美術館の方から「おかげさまで(放送後の)午後から、すごく人が入りました」と言われたりすると、番組が行動を喚起したんだと純粋に嬉しいです。でも、それが出発点ではないですし、何人が足を運んだかという特別な調査はしていません。日曜美術館は北海道から九州の人までがご覧になっていて、高齢の視聴者も多いので、展示を見に行けない人も多い。なので、番組内で内容が完結していないといけないんです。

「日曜美術館」より、クラーナハ《ヴィーナス》を見る井浦新と伊東敏恵アナ

――専門のメディアとは違い、テレビは意図せずに見てしまう場合がありますよね。そのとき、有名ではない作家の世界に引き込むために、入口としてどのような点に着目されるんでしょうか?作家の人生なのか、作品の謎や美しさなのか、時代なのか。

倉森: むしろ、たまたま見る人に向けて作っている部分があります。それがないと、番組が広がらない。最近では、たとえばクラーナハなんかは、はっきり言って多くの人は知らないですよね。そんな場合は、彼が関わった宗教改革の話や、作品に少し角度をつけたナレーションを足して、引き(見どころ)を作っています。あの回は「謎のヌード クラーナハの誘惑」というタイトルを付けたのですが、好評でした。また、ゴッホのように教科書に載っている定番の人なら、人生を網羅的にやるのではなく、一枚の絵の謎に迫る構成にしたりする。どんな場合も提案会議では、「切り口があるのか」を繰り返し検討します。

――制作されている方たちは、もともと美術史などを学ばれていた方が多い?

倉森: 私は美術史を勉強していましたが、真面目な生徒ではありませんでしたし(笑)、スタッフには美術史を専門的に勉強してこなかった人の方が多いです。だからその都度、一から勉強するわけですが、その方がいいんですね。やはり、初学者として自分が引っかかった部分は、視聴者にも引っかかる可能性が高い。最近の円山応挙の回では、取材中に根津美術館の展覧会には出品されていない彼の遺言に出会い、それを軸に、うまく作っていました。スペシャリストであるより、ジェネラリストである方がよい、という面もあります。

――テレビでアートを紹介するには、どんな人でも入っていける内容にしないといけない。

倉森: そうですね。なので、「日曜美術館」だけでなく、ナレーションは中学生が聞いても分かる言葉で書くように、と教えられます。これは中学生をバカにしているわけでも何でもなく、多くの人は電話や家事をしながら、テレビを見流していますよね。本のように読み返せないから、スッと入る言葉じゃないといけないんです。

――入口の作り方と同時に、終わらせ方も難しいように思います。「◯◯はこういう作家である」と一種の結論を作るのか、視聴者に委ねるのか、どちらなんでしょうか?

倉森: 作り手としては、一回の番組としての結論を出すことを目指しています。たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチなどは、数年に一回は取り上げている。そのたびに、彼の人生をなぞって結論を視聴者に委ねていたら、くりかえし番組を制作する意味がありません。なので、今回はこの側面を押し出そうと決めたら、それを積極的に謳っていきます。そのことで、視聴者にやっと何かを残せると思うんです。もちろん、視聴者が何を受けとるのかは視聴者の自由だと思いますが。

多くの人が、美術を人生の仲間とするために

――一方で、「びじゅチューン!」や「テクネ」の企画意図とは?

倉森: 「本物を見てほしい」ということを目指しているという点で言うと、「日曜美術館」より「びじゅチューン!」の方が強いかもしれません。あの番組は、アーティストの井上涼くんが「テクネ」に登場した際に「小人ピザ」という謎の歌を映像に合わせて作ってくれて、それが頭から離れなかったことから生まれました。そこから、こんな歌をお子さんが歌って、いつか美術や歴史を勉強したときに思い出し、本物を見てみようという気持ちになったらいいなと。題材としては、「日本」と「西洋」、それに洋の東西問わず「立体」という三つのジャンルが均等になるように作っています。1年くらいでネタが尽きると思っていましたが、尽きないですね。

「びじゅチューン!」関連グッズ

――「びじゅチューン!」は、グッズも多く出していますね。

倉森: LINEスタンプやDVDブック、ぬいぐるみなど、関連グッズを200近く出しています。メディアミックスをして、どんどん広げたいですね。一方、「テクネ」を始めたのは、音楽のPVのような、多くの人が親しんだ映像表現を扱う番組がなかったこともありますが、裏テーマとしては、私が現代アートの映像作品に、うまくハマれなかったこともあります。多くの人が映像の見方を学べる番組を作りたいと思ったんです。

――そうした番組と、「日曜美術館」のつながりはどのようものなのでしょうか?

倉森: 最終目的は「日曜美術館」を見ていただくことなんです。2017年1月1日には、「ゆく美くる美」という、注目の美術館や2016年の展覧会の来場者数を調査した番組を放送しましたが、「日曜美術館」を見てもらうために何ができるんだろうと、手を変え品を変え、やってみているんですね。じつは私が20代の頃、異動で「日曜美術館に行きたい」と言ったら、「美術なんて40歳を過ぎてからでいいじゃない」と言われたんです。でもやはり、若い作り手の感性も必要だと信じています。どうすそ野を広げるかをいつも考えて、番組にしています。

――今後のアート番組の動きで、注目する点はありますか?

倉森: 大きいと思うのは、「8K」の登場です。いま、試験放送で、8Kの映像でルーブル美術館を撮るという番組をやっているんですが、やはりいろいろ映るんです。たとえばダヴィッドの《ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠》という絵がありますが、ナポレオンの後ろの茶色い柱に鏡のようなものがあって、ナポレオンの冠が写っている、ように見える。でも、現物を見てもよくわからないんです。それは、見ることの喜びを感じる経験でしたし、ほかの絵ももっと見ようと感じさせた。映像技術の進化で、美術番組のあり方も変わると思いますね。

――それがまた、アートに関心を持つ出会いになるかもしれないですね。

倉森: そうですね。アートだけじゃなく、スポーツでも音楽でも、生きていくなかで関心を持てる仲間のような存在があると、人生は豊かになると思うんです。私は、美術もその一つになれると信じていますし、単なる知識ではなく、心が動く経験がそこにはあると思う。そんな仲間に、美術も加えてくれる人が増えるように仕事をしたいと思っています。

収録日: 2016年12月17日

倉森京子(NHK「日曜美術館」プロデューサー)
くらもり・きょうこ|NHKエデュケーショナル特集文化部(美術)専任部長。1987年NHK入局。ディレクターとして岡山放送局に赴任。その後、生活情報番組部を経て、96年からはNHKおよびNHKエデュケーショナルで「日曜美術館」を中心に美術番組を担当。NHKスペシャル「桂離宮」、4K番組「三宅一生デザインのココチ」、「ビューティフル・スローライフ」などを手がける。2016年、NHKとルーブル美術館初の8K共同制作による番組「ルーブル永遠の美(59分)」を制作。


インタビュー: 杉原環樹、富田さよ、田原新司郎
構成: 杉原環樹

報告書冊子『東京のアートイベント情報の現在とこれから Tokyo Art Goers Research』(PDF版)のダウンロードはこちらから。
本調査は、公益財団法人テルモ生命科学芸術財団の助成を受け実施しました。

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Xin Tahara

Xin Tahara. 北海道函館市生まれ。Tokyo Art Beat PR・セールス、ソーシャルメディア、ニュースの編集も。都内を中心に自転車でアートスペース巡りが趣味。写真と料理と多肉植物も。 ≫ 他の記事

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